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群れたがる同人。

【1.私たちのほうが売れていた】

「一生懸命にオリジナル設定を考えて書いたプロ作家個人よりも、他人のキャラクターを無断利用した私たちのほうが売れていた」

という自慢話は許容範囲を超えています。人数がアンフェアです。発想が根本的にマジョリティです。

じつは、群れたがる人というのは孤立を恐れる人なわけで、なぜかというと、自分自身が群れに属して、孤立している人をイジメていたからです。逆の立場になることを恐れるわけです。

イナゴでも構いません。仲間とともに最新流行のアニメを追いかけて、本人が楽しかった分には構いません。が、自他を比べて優越感を得るという差別意識は「おぞましい」というのが本音です。

せめて個人として「本当は栗本先生のようになりたかった」というなら、男性の中にも、ゲイボーイの中にも「俺も若い頃には小説家になりたいと思ったよ」と云ってくださる方があるでしょう。

でも、同じ創作の道を歩む者として、云ってはならないことがあります。

当方がずーーっと怒ってるのは(怒ってるのです)、二次創作したことではないのです。

群れにまぎれて弱い者イジメする心です。自分の実力ではないものを鼻にかけ、条件の不利な若い人に配慮できず、道なき道を切り開いた先達を尊敬することができず、弱った人を笑いものにする根性です。

それでどうして自分だけ「私もマイノリティだから配慮してほしいワ」と云えるのか。

【2.母子共依存の再現】

もし、同人の一部が「私たちは大学の先輩を通じて許可をもらった」と云えば、高卒同人は窮地に陥ります。

全体を視野に入れた話ができないなら、おそらく「私たち」とか「みんな」とかいうのも、3・4人です。

いつも一緒に繁華街またはコミケに出かける仲良しグループ。その顔ぶれを思い浮かべながら、母親に向かって「いつものみんなと一緒だから大丈夫だよ」と報告する心。

自分だけ「じゃあいいよ」と云ってもらいたい。自分と周囲のわずかな仲間だけを母親に認めてもらいたい。友達の家に上がり込んで自分もおやつを出してもらえることを勝手に期待する心。

すべてが母子関係に還元されてしまうというパーソナリティ。実家の居心地の良さが忘れられず、他人と話しているのに、お母さんと勘違いして、甘ったれてしまう。

「同人やっていた」人の中には、時折そんなタイプがいるのかもしれません。

【3.ゲイは同人がきらいです】

孤立を恐れる人は、どこにでもモグリ込もうとします。モグリ込むことができると自慢します。先輩が便宜を図ってくれるとか、誰々と友達になったとか。

でも、GLBTは同性愛を「ネタ」として扱われることを嫌うので、「二次創作BLでカネもうけ!」という話を許しません。

「どうせゲイは優しいから何を云っても大丈夫」という先入観は、弱い者イジメと根っこが同じです。

同人が同人を訴えることはあり得ない。

仲間意識の影に隠れて、一般社会の差別を利用し、弱い相手に言葉の暴力をふるっても大丈夫、と高をくくっているわけです。

【4.情けは人のためならず】

もし、プロ創作家が「GLBTの皆さんにも楽しんで頂けるように、心をこめて描きました」と云えば、根本的には自分の保身のためですが、GLBTにとっても悪い話ではありません。

いっぽう、「女性の自己表現」や「アニメキャラクター愛」を主張すれば、女性ではない人・アニメファン(少なくともキャラクターファン)ではない人が口出しする筋合いではないという意味になります。

が、「カネ、カネ」と騒げば、「カネがほしいだけならアニメの著作権を侵害する必要はない。原作者に失礼だから、すぐにやめろ」という結論にしかなりません。

「カネ」と云えば許されると思ってしまっている人は、どこでそのような態度を身につけてしまったのか。おそらく新宿二丁目にも同じ理屈を持ちこむのです。

「ドリンク券を買ったからいいじゃん」という理屈で、どこにでもモグリ込む。女性客には増えてほしくないという店へ「友達」を連れ込む。

「みんなも来てみれば!?」と観光ガイド気取り。店を繁盛させてやっているつもり。

実際には、女性客によってゲイバーが占拠され、本来のお客様が居場所を失くすだけです。彼らには、他に行ける街がないのに。

札ビラで他人の顔をはたく人は、バブル時代が忘れられないのでしょう。

確かに、女性は社会的地位が低いことが多く、肩書きに乏しく、役得という経験をできることが少ないものです。

おカネだけが頼り。おカネがあればなんでも出来ると思うと嬉しくて仕方がない。買い物依存症・カード破産といった問題も、この心理に根ざしているでしょう。

でも、おカネがあるからといって何をしても良いわけではありません。売れているからといって、何を云っても良いわけではありません。

SNSは同人誌即売会ではありません。バブル時代に利用していた固定電話回線でもありません。発言の前にフォロワーさんの顔を思い出しましょう。

勘違いする人が多いのですが、ゲイはガールズトークの仲間ではありません。

彼らは女性にまったく共感しない男性にすぎません。彼らは女の甘えを許しません。彼らは「女同士で群れて陰口を云っていた」という話を決して喜びません。

もし若い人が「私もノンセクだから新宿二丁目へ行ってみようかな!?」と思っているようなら、思いとどまってください。

同人界では、何十年も前から、新宿二丁目へは行かない約束です。絶対にゲイを怒らせない約束です。

BLしか読めないノンセクシュアルであれば尚のこと、ゲイを見物に行く必要はありません。

確かに女装するタイプのゲイ男性が、父権よりも女性に親しみを感じるみたいなことを云ってくれることはあるのですが、そういう人のほうが少ないと思っておいたほうがいいです。

彼らのため以上に、女性自身がやらかしちまわないためです。

【5.他人の身の上話に便乗するのもやめましょう】

世の中、ほんとうに実の親による虐待をのがれて家出せざるを得ず、風俗に身を沈め、義務教育も中断したままという人もいます。

同人のなかには、そういう人と自分を混同して「女が一人で生きていくためにはエロを売るしかないんですよ!? 警察が取り締まってもいいんですか!? 権力の横暴ですよ!」

みたいな気分になっちゃう人もあるようです。

でも、自分のものを売るのと、他人のものを無断利用するのは、わけが違うのです。

まして、「私は親に学費と学生マンション家賃を出してもらって大学へ通いながらコミケで小遣いかせぎすることに夢中だったんですよ!?」

というのは誰も同情しちゃくれません。バーチャルリアリティで頭が一杯の同人およびアニメファンがモラトリアムと呼ばれるのはだてではなく、実社会の苦労なんてしていないに等しいのです。

ゲイたちは繁華街の「お水」の一員として、リアル虐待被害およびその救済運動の当事者として、女性の人生裏模様も聞き知っています。

他人のついでに悲劇のヒロインぶっても、同人お得意の「イメージ利用」が通用する相手ではありません。

同人に云えるのは「表現の自由」、それから「絵を描く仕事がしたい」くらいです。

【6.小説派の独善】

じつは、パロディ同人には2種類あります。小説派と漫画派です。

小説家よりも売れていたと自慢する人は、自分も小説を書いていたわけで、漫画派の苦労を分かっておらず、発言が自己中心的ということがあります。

そもそも、高性能PCが普及する前には、漫画を描くというのは大変な作業だったのです。

まず専用の道具をそろえなければならない。ベタを乾かすために原稿を部屋中に広げておかなければならない。スクリーントーンは1枚ずつ高価だし、削ると散らかるし。

削ったものが静電気でくっついて来て、他の部屋にも運ばれるのです。基本的には現在でも同じことで、手描きでコツコツ仕上げている人は大勢います。

だから「同人」の中でも漫画を描いている連中は、親の目を盗んでカネもうけ、ということではないのです。

幼稚園時代から、お絵かきが得意だった。中学も高校も美術部だった。親には「絵を描く仕事がしたい。漫画家になりたい」と話をつけて上京させてもらっている。

二次創作のことを訊かれれば「著作権問題は存在しないから安心してくれ」と云ってある。だから彼らは「大目に見てもらってる」なんて話が出ると、すごく慌てます。「そんなつもりでやってるんじゃありません!」と抗議する。

この漫画派の苦労と覚悟を、小説派が分かってないことがあるのです。自分は気の向くまま(もしかしたら授業中)に文字を書き連ねていただけなので、軽く考えているのです。

口先で「少女漫画家になりたかった」なんて云いながら、二十四年組の内容も確認していない。

創作の誇りとか、漫画・アニメを心から愛しているとか云われると「イタイ」と思ってしまう。「カネのためよ」と云ってしまう。

だったら、そのうち二次元じゃ我慢できなくなるということです。

創作なんかめんどくさくなって、コピーを売り始めるということです。

もともと「お話を作りたい」とか「創作家になりたい」という動機がないのです。「漫画を描くなんてめんどくさい」と思っているのです。

露悪趣味を満足させたいだけ。「エロ、エロ」と騒ぎたいだけ。不良っぽいことをしてみたいだけ。

さらには「大目に見てもらえる」という気分、自分だけ特別あつかいされているという気分そのものを味わうために、わざと二次創作という技法を選んだのです。

【7.女流が二次創作を許さないわけ】

女流漫画家が自作の二次創作を許さないのは、女流の先輩として「ちゃんと自分の頭でオリジナル漫画を考えて描く練習をしなさい。私はそうやってデビューしたのよ」と云わざるを得ないからです。

とくに二十四年組は、すでに「彼女たちのせいで男性漫画家・作家に迷惑をかけることになった」と思われてしまっているわけです。

でも彼女たちは、オリジナル美少年漫画の元祖であって、アニメキャラを無断利用することの元祖ではないのです。

まして「漫画家になりたい」と云いながら小説を書いている連中は、漫画家から見れば許しがたい嘘つきです。

だから「私自身はパロディ同人活動を応援しているわけではありません」という姿勢を示す必要があるのです。

もし、パロディ同人が「本当は少女漫画家になりたかった」と云うなら、彼女たちの肩身のせまい気持ちも理解し、申し訳ないと思うことができるはずなのです。

そして実際に、昔の同人はそのつもりで自分たちの作品を自虐したのです。自分たちの作品を目立たせまいとしたのです。

なのに、プロとパロを混同してしまった人は、同人の仲間でもなければ、漫画家になりたい人でもなかったのです。

業界人ぶりたいだけの、自慢ごっこだったのです。

【8.少女の弱者特権という暴力】

女性の先輩は女性の後輩に厳しいが、男性漫画家に対してだったら、男性が女性の自由を抑圧してはいけないという「弱者特権」を主張できる。少なくとも本人がそう思っている。

だから女性同人のほうが天狗になりやすいのです。「同人は大目に見てもらえるのよ! そんなことも知らないの!?」と威張ってしまうお間抜けさんが出てきちゃうのです。

で、この意識を他の場所へ持ち込むと、過度な男性批判になったり、人権侵害になったりするのです。

だったら弱者特権という考え方そのものを見直さなければなりません。女の子だからといって、他人を傷つけても良いのではないのです。

でも、当然ながら、同人界は「人権侵害の青田だ」と思われることを恐れます。だから「同人はフェミとは別」と云うのです。

自分たちの作品がテレビ局または個人プロデューサーから訴えられないように、プロ漫画家に迷惑かけないように、目立たせまいとして自虐した1970年代の先輩の心を理解できずに、「女の子だから大丈夫。編集部がついてるから大丈夫」というデマを広めてしまった1980年代の中学生は、同人界の鬼門です。

でも、出展を続けている現役は、注意事項を共有しているはずなので、あまり自分から悪びれたりはしないものです。本当に仲良くやっている人々も多いものです。

困るのは、挫折した人です。弱者特権だけを利用し続けたいので、不良少女ごっこを続けてしまうのです。「お母さんのせいだから」と云い続けたいのです。「私のことかしら?」と思う人が自戒なさってください。

「M」のせいで同人誌即売会参加者全体が悪いイメージで見られるようになったことを悔やむ・恨む人が、みずから同人について悪いイメージを強めるなら、泣かされるのは、本当に若い現役たちです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。