フェミからゲイへ、奇妙な逆クレーム。

  24, 2016 10:19
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1994年、ゲイコミュニティは「若い女性がゲイバーまで来て、我々に向かって無礼な質問を乱発するので困る」というクレーム文書を発しました。

その際に、彼らはそのような女性を総称して「やおい」という呼称を用いました。

そのクレーム文書を受け取ったのが「フェミニズム」を研究する女性たちだったんだそうで、彼女たちは「『やおい』は私たちのものです。男が読んではいけません!」と返答しました。

会話がおかしいですよね?

ゲイ側のクレームは「創作物と現実を混同して、我々実在者に迷惑をかけている不心得な読者がいるから自粛させてくれ。フェミニズムの先生たちは、女性の責任者として迎えに来てくれ」という話なのに、研究者たちは被害者を逆差別したのです。

1998年になると、榊原史保美という女流作家が『やおい幻論』という著作を上梓しました。その中で、自分はトランスゲイだが、差別されているので、現実逃避のためにやむを得ず「やおい」を書いていると、カミングアウトしました。

ただし、彼女が主な作品発表場所としていた1978年創刊の市販雑誌『JUNE』誌上で、その奇妙な隠語が使用されたことはありません。

その後、やむを得ず創作物に現実逃避しているトランスゲイのための人権団体が立ち上げられた様子はありません。社会が人権被害に即応した様子もありません。

『JUNE』は彼女がカミングアウトした後も、少女読者を対象にする雑誌として、2006年まで存続しました。

この前後に、社会学者・評論家といった人々は「コミケ」という催事に参加する「やおい少女」の深層心理研究に夢中になりました。

コミケは1975年から開催されておりますから、1990年代の参加者には、かなりの人数の成人が含まれていたはずですが、研究者たちは自らを含めた成人女性を無視しました。ゲイバーで(酒を飲んで)暴れているという「少女」を補導に行くこともありませんでした。

社会学者たる者が、実社会に対して、なんの関心もなく、事実を直視できず、有効な提言もできなかったのです。以上が基本的な知識。

かくのごとき経緯に対して、当方は、プロ創作家・その作品を表す用語と、パロディ同人・その作品を表す用語の分離を提唱するものです。

さらに、混同の背景にゲイ差別意識があることを指摘するものです。自覚は克服の第一歩だからです。

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