40代の人は、よく知らないのです。

  04, 2016 10:21
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今年49歳になる人は、1967年生まれです。

さすがに小学生の内から、保護者が娘だけで上京することを許すとは思えないので、女子だけでイベントに参加できるようになったとすれば、中学校へ入学してから。すなわち(遅生まれなら)満13歳になる年です。

1967+13=1980

すごく単純な足し算です。今年で40代最後の歳を迎える人は、コミケ(に準じる同人誌即売会)に参加できるようになった時、すでに1980年代に入っていたので、1979年以前に起きたことを、よく知らないのです。

隠語が同人界に初めて紹介され、広まり始めたとされる1979年頃に人気のあった原作はテレビオリジナルアニメであって、その著作権者はテレビ局または個人プロデューサーであり、漫画雑誌の編集部はなにも助けちゃくれないのです。

誰にも助けちゃもらえないから自虐したのに、そんな先輩たちの心を知ろうともせずに、編集部が大目に見てくれるとか云って天狗になった挙句に、プロ作品を指さして「どうせみんな」とか「私たちのほうが売れている」とか云っちゃう1980年代組(の一部)は、すかぽんたんなのです。

【沈黙の50代】

本当に何が起きたか知っている人があるとすれば、50歳以上。

ただし、50歳以上の女性が、二次創作者として40年間出展を続け、首都圏で悠々自適の一人暮らしをしており、気さくに昔話をしてくれる確率というのは、限りなく低いです。

「1980年頃には、本当に萩尾や竹宮に憧れて漫画を描いていた。時代の流行だからと思って、アニパロも出品してみた。でも3年くらいで夢が破れて帰郷した」

といった人のほうが圧倒的に多いはずです。

同人誌即売会が、それだけで食っていこうという人にとって甘い世界ではないことは、経験者が骨身に沁みて知っていますね?

しかも、この世代は、総務省の統計を見ると分かるのですが、全体の人数が少ないのです。

逆に、1967年以降の世代というのは出生数が多く、第二次ベビーブームに至って頂点を迎えるのです。

だから、もともと人数の少なかった50代の内の、ほんのコンマ数パーセントに過ぎなかった同人が1985年頃までに引退した後は、圧倒的に多い多子世代が流入し、バブル景気の大フィーバー(あえて古い流行語で)に至る。

この時代に(勘違いまで含めて)現在のコミケの骨格が形成されたので、じつは1985年から後の話というのは、あんまり意味がないのです。多くの人が、肌で知っているからです。

【1990年は五代目くらいです】

「アニパロ」の素材として人気のあるテレビ番組って、2年くらいで移り変わっちゃうもので、1990年頃に流行していたものは、1983年のブームから見ると、五代目くらいです。

1983年以前に人気があった素材(の主流)はテレビオリジナル番組で、原作漫画が存在しないので、編集部も編集者も関係ありません。

さらにさかのぼって、日本で初めてアニメファンクラブが立ち上げられたのは1972年頃のことだそうで、この時の著作権者は明らかに個人プロデューサーです。

したがいまして、「私たちは1990年に編集者から連絡をもらった」という話は、自分(たち)だけ助かりたい人の言い草です。

1972年に、既にアニパロが発生していたかどうかは定かでないのですが、常識的に考えて「お正月が近いから好きなキャラクターに着物を着せてみた」といったような、アイディアあふれる似顔絵というのは存在したことでしょう。

テレビから聞こえてきた台詞をもじってジョークにするというのも、実写映画・ドラマのファンも行うことですから、ごく自然にやり取りされていたと思われます。

それから数えれば、1990年の人は十代目くらい。末席も末席です。

もともとは本当に(ビデオデッキの普及していなかった時代にオンタイムで視聴した)アニメ好きな人々による軽いジョークの応酬だったものが、偏った進化を見せ始めたのが1980年以降。

1979年4月に有名なアニメ番組の放映が始まっていますが、既に「同人やっていた」人がこれに即応したとして、それを見て「私もやってみよう」と思い立った人が出展してくるのが1980年。この世代の人数が年を追うごとに漸増したのは上述の通り。

しまいに「コミケ」そのものが分裂します。

一般社会において、実在ゲイ男性による人権運動が(エイズの媒介者として迫害される恐れに対抗して)活発化し、彼らのための専門誌の存在が目立つようになり、同人作品がこれを参考に過激化したのが1985年以降。

それから更に5年も経過していれば「アニパロといえばこれしかない」というふうに定型化していたのは当たり前です。

なお、1983年のブームの際には、まだ本当に複数の会員が在籍する「サークル」の実態を保っていたと云えるでしょう。

すでに年長者(30歳くらいの男性)は、一本独鈷の状態になってしまっていた人もいたようですが、女性は中学・高校の仲良しグループの延長で、楽しくやっていたように思われます。

だからこそ「カップリング論争」なんてのも過熱化したのです。

カップリング論争が成り立つためには、一応原作(アニメ)の設定を取り込んだ上で、どちらがどの役柄に相応しいか勘案するわけで、平気で原作を無視する人からは生じません。

原作どころか、その設定の背景となった時代考証まで調べた上で、丁寧に描いた二次創作というのも存在したものです。

なぜ、何も知らない新参者が、1990年だけを基準に「同人誌とはアニパロです! アニパロとはエロです! 金目以外の目的はあり得ません! 原作なんか無視するに決まっています! キャラクター愛などありません! サークルとは個人です! 売上金を独占したかったからです! 誰も信用できません! 同人は悪い奴らです! その他は認めません! 仲の良いキャラクターファンなんて存在するはずがありません!」

と、叫んでしまうのか。自分=世界基準だと思っているからですね。

自分だけ助かりたいのは本能ですから、それ自体はかまいません。「私は過激BLしか読めない偏った人間ですが差別しないでください」と主張する権利もあります。

が、他人を否定してはいけません。わざと余計なレッテルを貼って尊厳を傷つけてもいけません。自分一人を基準に「どうせみんな同じに決まってる」と断定する権限もありません。

自分にはそれらの権限があると思っている人を「マジョリティの横暴」と云います。もし、本人が「私も性的マイノリティだから配慮してほしいわ」と主張する時は、残念ながら、疑ってみましょう。多様性ということを理解できない人ですから。

【一つの悪事で全てが解散することはありません】

どこの業界にも横領する人や蒸発する人がいるものですが、だからといって全ての銀行や市役所が解散するわけではありません。多くの人が、その後も真面目に勤務を続け、信用を取り戻すものです。

たった一件の持ち逃げ事件の発生によって、全てのサークルが疑心暗鬼に駆られ、一斉に解散したということはあり得ません。事実として、現在でもグループ活動している人々も存在します。

個人参加が増えたのは、たんに「最初から個人でやるものだ」と勘違いしたまま参加して来る人が増えちゃっただけのことです。

自分自身の勘違いを、数十年前にまで遡って適用してはいけません。

本当のことをよく知らないからといって、思いつきの「こじつけ」によって、同人全体をおとしめてもいけません。仲間を信用することができなかったのは、あなた自身です。

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