1965年、内田吐夢『飢餓海峡』東映東京

  08, 2016 10:20
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それは、日本のどこにでも見られる海峡である。

製作:大川博 原作:水上勉 脚本:鈴木尚之 撮影:仲沢半次郎 照明:川崎保之丞 音楽:富田勲 特撮:上村貞夫 助監督:山内柏

水上勉原作なんて聞くと「うっ純文学。むずかしそう」という怯えが走るわけですが、云ってよければたいへん面白く、見ごたえのあるサスペンスです。

青函連絡船層雲丸転覆事件裏面史。事件と捜査の経過を時系列順にじっくりと。北海道から下北、東京、舞鶴。長期現地ロケ大敢行。高いところからの構図は吐夢流「神」視点でしょうか。

昭和22年完全再現。丁寧に用意された捜査報告書も含めて、地味に費用かかってます。堂々3時間2分ですが緊張感が持続します。受賞歴がすごいです。富田音楽は前衛ふう。

どうも戦争の傷跡が残る世界から離れられませんで、とくに心がけて選んでいるわけではないものですから、昔の日本映画がその要素を抜きにはできなかったのでしょう。

原作が「戦後最大の問題作」と呼ばれた頃が懐かしいというべきか、いま見ると難しい話ではありませんが、そう感じられるのは、もちろんこっちの見る順序が逆転してるせいで、おそらくここから社会派サスペンスのプロットとしても、映像術としても、ステレオタイプが発生したのです。

東映W106撮影方式。モノクロ。オープニングクレジットを見て「特撮!?」と思ったら船の模型撮影と、遣らずの雨に泣く恐山でした。見事です。

人物がレリーフのように見える現像処理だけは、他の監督があんまりやってないので、内田吐夢の二番煎じと云われることを恐れたか。たんに手のかかる技術なのかもしれません。

序盤は「な、仲沢さんカメラを固定してください……」と云いたくなるほどの現場からの独占実況生中継タッチ。

三国連太郎は恐ろしいように立派な演技派俳優になりました。民俗色を取り入れた恐怖の演出は、1970年代のカラー洋画を思い出すような印象もありますが、暗い情緒で日本人の心に沁みます。

中盤はじっくりと静かなワンカット演出的女性映画ふう。構図とカメラワークの工夫で見せます。

水上文学の映像化に必要なのは演技力のある女優さんで、愚かな女の純情さと愛欲が神がかりな域にまで高まっていく傍らで、戦後の街は復興して明るさを増し、女の服装も変わっていくのでした。

高倉健の登場は1時間48分。まだ若くて可愛い顔してますが、演技への熱意がにじみます。じつは不器用じゃなかった人。

老骨、お役に立ちましょう。

後半は、哀れな女の生き様をしっかり見ていてくれた男たちの誠意が、実直な刑事たちの正義感に火をつけるのでした。

描写が時系列順ということは、まず事件を起こす人が最初に登場するわけで、観客の感情移入もこの人に固定されるわけです。彼とともに恐山に怯え、彼とともに行きずりの女に慰めを見出し。

それから、女の人生模様。捜査陣がそろうのは後半、と。

この頃の高倉は、ややファナティックな眼つきが印象的な、危険な香りのする男で、高圧的に犯人を追いつめる。本来はこっちが正義なのですが、観客の心は叙述トリック(の一種)によって、善悪が逆転して感じられるのでした。

私の話を、聞いてもらいまひょ。

そして自らの人間性を問われる捜査陣。ほぼ東映オールスターの中に東宝から藤田進が入って、台詞まわしは下手なままなんですが、演じるともない不思議な個性で、実在感が重いです。

台詞が互いに裏を突いたり、序盤で示された小道具が終盤で効いてきたり、六尺の大男であることが最後の最後へ来て意味を持ったり。まずは原作が上手いんでしょうけれども、編集のドライさも冴え渡ります。

弓坂さん(伴淳三郎)が十年ぶん老けたのは、メイクさんの腕の冴えだと思われますが、役作りに苦労なさったという話もあるので、リアリズムを超えた現実そのものなのかもしれません。撮影の裏側にはいろいろあって、関係者のその後にも影響したりしたようです。

戻る道ないぞ。帰る道ないぞ。

裏で何があろうとも、日本映画は果てしなくレベル高かったです。そして三国連太郎はやっぱり恐ろしいようにいい男でした。

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