1977年、森谷司郎『八甲田山』

  22, 2016 10:20
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二人とも、冬の八甲田山を歩いてみたいとは思わぬか。

製作:橋本忍 野村芳太郎(松竹) 田中友幸
企画:吉成孝昌 佐藤正之 馬場和夫
監督:森谷司郎 原作:新田次郎「八甲田山死の彷徨」(新潮社版)より
脚本:橋本忍 音楽:芥川也寸志 撮影:木村大作 照明:高島利雄 演奏:東京交響楽団(指揮 芥川也寸志) 後援:青森県

きみの祖国は日本と呼ばれ、豊かな四季があります。水の惑星の水は、ときに水の形を取らず、雪となり、吹雪となって、人を白い闇に閉じ込めることもあります。

「天は我々を見放したッ……」という台詞が有名ですが、そっから後です。見届けてやってください。

たいへんな長尺ですが、編集ぶりが見事で、テンポよく見ることができます。くり返し流れる芥川メロディーは、歌謡曲的な抒情性と交響曲の格調を両立しており、感動的な酩酊感を誘います。

序盤は、腹の底に地元民の「そんな馬鹿者はいねェよッ」という叫びをそのまま響かせた主演二人の、真情の通い合いと意地の張り合いが共存する男の友情をしみじみと。

高倉のほうは、仁侠映画で鍛えた反骨精神と危険な雰囲気をそのままにじませて、丹波を圧倒しており、かたや北大路のほうは上品なインテリ青年で、もう明らかに三国の下で損をする役回り。良い対比です。

出発すると、すみやかに凄まじい絵が続きます。CGではありません。マット画でさえありません。どうやって撮ったもこうやって撮ったも、俳優たちも本当に追いつめられていく様子が分かります。

作中には(無線もなかった時代に)連絡の取りようがないという場面がありますが、撮影陣が俳優に演出をつけるのも大変だったろうと思います。でも切り方が潔く、各シーンごとに見せすぎ感のないところが立派です。

紺色の外套を着て、つねに数を唱えているのが高倉(徳島大尉)率いる弘前三十一連隊。白っぽい外套で人数が多く、隊列の乱れぎみなのが北大路(神田大尉)が率いる……はずだった青森五連隊。

人間の賢明さを研ぎ澄ますと一個の機械のようになり、人間の心の弱さを自ら律することができないと生ける屍になる。

三国は(例によってというべきか)悪役です。なまじ責任感があって、自分も現場に出るというので話をややこしくしてくれる上官。たいへん困ったタイプですが、この人がいないと映画としては単調になってしまうのでした。なお、この要素はフィクションだそうなので「こういう軍人がいるから日本は……」というふうに怒らないであげてください。

敗戦の国の監督・脚本家たちは、軍人をそれぞれに合理的な判断力も感情もあるものとして描くことに長けており、将校はきちんと自分なりの意見を述べ、下士官以下は軽口も云えば愚痴も云うのでした。

道案内に立った女の声は、女神の声のように響いて、男心を一瞬和ませる。それっきりロマンスも何もない、本当に実直に任務遂行する男たち。

話の流れには「男の意地や義理」という伝統美を活かした脚色が入っているのですが、多数の犠牲という根本的な要素が慄然たる事実であるという重みの前に、映画人としても「これで当たらなかったらどうすんだ」という、ギリギリ崖っぷちの禁欲主義を貫いたのが賢明な判断でした。

高倉の少年時代を演じた子役が良い顔です。自然光を活かした撮影とフラッシュバックの技の冴えに泣かされましょう。

弔うとは、くり返し思い出すことです。こういうことがあったと語り継ぐことが、実際に存在した人々の鎮魂となるのです。

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