1980年代『花とゆめ』のBL化と、「禁断の愛」のハッピーエンド化。

  14, 2016 10:21
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1980年代前半、白泉社の少女向け漫画雑誌『花とゆめ』に連載されていた女流作品が途中からBL化したという現象は、確かにあったのです。

もともと金髪美少年を主人公に、二十四年組の二番煎じ要素を持っていた作品が、3本くらい。多くはないです。『花とゆめ』そのものについては以前に詳述しましたが、たいへん多彩な連載陣・作品をそろえた意欲的な雑誌でした。(今もあります)

そのうちの3本くらいが該当作品にすぎません。1960年代以来のベテラン女流や男性漫画家は大丈夫だったんですが、1970年代末以降にデビューした若手女流で、もともと(絵柄からいって)1980年代初頭の同人界の流行に触れたと思われる人々が、案の定というべきか。

それについて論じろと云われてもですね……そのレベルではないのです。竹宮作品のように最初から「男性社会の裏側を描く」という明確なテーマ設定を持って、遠大なプロットを構想した上で制作に取りかかったというのではなく。

とりあえず少女を中心にしたラブコメや、前代に流行したスパイアクションにトリビュートした不定期連載を見切り発車させておいて、シリーズが長引いて、話が行き詰まった頃にBL化した、と。言葉の本来の意味における退廃現象といっていいと思います。

これは当時の当方の感想としても「ああ、やっちまったな」とか「それ描いちゃおしまい」というものでしかなかったのです。

だから現代の読者の中に「BLにエロは要らない」という声があるのも分かるのです。

ストレート女性読者にとって、「イケメン」が二人も出てくれば、お買い得感があるのは当たり前で、彼らの間にその気があるのかないのか、様子を見守っている間が楽しいという情緒。

少女漫画なら、結ばれるのかどうかハッキリしないまま、30年間も連載やってることがあるわけですから。

ただし、途中からBL化というパターンが好きだという人もいる可能性はあるのです。ついにその時を迎えたという感動も、やっぱりあるわけで、「あの頃は本当にワクワクした」という思い出話なら、それはそれでいいのです。

ただし、それならそれで一貫していてほしいのです。

そういう趣味の人が「最近は過激BLと少女漫画にハッキリ分かれちゃってて面白くないですね!」って云って来るなら良いのです。

あの頃は出版社も漫画家も、同人界の急成長を意識しながら、読者の反応を見ながら、手探り状態だったはずなので、BLとしてカテゴライズが確立した今となっては、少女漫画だと思って読んでいたらBLになっちゃった・漫画家自身もビックリしたという現象は、もう起きないのです。

だからこそ「またああいうのが雑誌に載るといいですよね!」という人がいるなら分かるのです。

でも、こちらの話を勝手に勘違いして「市販雑誌でエロを読みたいなんて変よ!」と云って来るようだと、なんのこっちゃなわけです。自分自身は途中からBL化することに大いに期待して、お友達とともに読みふけっていたと云う人が、他人は読んじゃダメよって。

自分自身は市販漫画で目覚めたと称する人が、自分が同人活動を始めた途端に、市販雑誌に客を取られたくないので、市販雑誌に過激作品が載ることを阻止しようって。

そもそもそういう話ではなく、「エロは要らない」という人のために、プラトニック作品の掲載が増えるといいですねという話なのに、勝手に勘違いするほど、市販雑誌を目の敵にしているのです。あげくに栗本薫作品の「移行」を非難するなら、野妻作品においてそういう展開を心待ちにしていたという自分をどうするのか。

同人界は、いつからこんな自分勝手をのさばらせるようになったのか。

ここで当方としても「同人怖い~~! 早く規制して!」と云って終わりにできれば、それはそれで楽なんですが、もっと冷静で公平で友好的な同人さんを何人も知っているものですから、彼らに不義理はできんのです。いろんな個人がいて、いろんなサークルがあって、いろんな目的があって、いろんな作品があったのです。今もあるのです。

ほんと云うと、偏見だらけ・自分勝手だらけ・自分一人を正当化したいだけという人は、そのせいで同人界から弾かれちゃったんじゃないかな、と思います。

【退廃と耽美】

まことについでのようですが、かつてのBL作品が退廃・耽美と称されたのは、未成年者を玩具にしながら親の金で暮らすという貴族の生活を描いていたからです。

その貴族の子が入学した先にいるのも、当然ながら富裕階級の子弟で、それが勉強もせんと悪い遊びをしているという話だったから、退廃なのです。

精神が退廃すると同性愛になるんじゃなく、共学校が退廃すりゃ不純異性交遊が始まるのです。

少年を主人公にした退廃青春物語が「禁断の愛」なら、少女を主人公にした退廃青春物語も同じ名前で売ってみりゃ良かったのです。

同性愛だから禁断だと思い込んだのは、そう思った人自身がもともと持っていた差別意識のせいで、冷静に考えてみると、少女が学校で……という話なら禁断ではないってことはないのです。

でも、それは当時の出版社社員である男性たちにとって、まさに「私たちのもの」であって、少女に読ませるものではなかったのです。でも、たぶん、やってみると意外なほど後者の需要が多いのです。

ケータイ小説の流行は、要するにそういうことだったのです。社会は、抑圧された少女がBLに逃避すると思い込みましたが、その陰で、もっと抑圧されていた少女たちがいたのです。

BLを読める子・描ける子は、むしろイケてる。流行の最先端にいる。コミケで遊ぶことができる。でも私たちには行くところがない。そういう少女が自主性を発揮したらケータイ小説になったのです。

BLは、少なくとも戦前の男性作家が書き遺した物語世界において、少年ばかりが閉じ込められた場所では必ずあることとされながら、少年漫画として描くことはできない(から女流が描く)という「ブルーオーシャン」だったのです。

でも本当は、禁断の少女漫画を少女が読むという発想こそ、盲点だったのです。(だから今ごろやってるのです)

BLに戻すと、1980年代の「少女」が起こした新しいムーヴメントがあったとしたら、若者同士の関係を(学業に飽きたゆえの)一時的な退廃・悪い遊びとはとらえず、活発に運動にはげむ若者たちの、未来へ向かう人間関係の構築として描き得たことだったのです。

そこから性愛の要素を除くと、入学試験の問題としてさえ通用する青春スポーツ物語が生まれて来るのです。かつて女流が男性同士の心の交流を描くという作品世界は想像もつかなかった。男性編集者も、女流自身も、女性読者がそれを読みたがるとは思っていなかった。

同人(の少なくとも一部)が「ヤマもオチもない」という言葉の陰で、自らその先入観にとらわれることなく、二次創作に真顔で取り組んだことには、確かに意義があったのです。

でも、萩尾・竹宮作品では、若者たちの人生が途中で断たれてしまった。だから切ないのです。幸せになるはずの子たちだった。読者(の少なくとも一部)は、ハッピーエンドを願っていた。なのに……と思うから切ないのです。

萩尾たちにおいて、第二次性徴を迎える前に人生を停止し、美の象徴となった(漫画家自身にとっての)異性キャラクターが何を意味するのかというのは、やっぱり伝統的な深層心理分析的批評の出番じゃないかと思いますが今は深入りしません。

二次創作に戻すと、1983年のブームが、その担い手とともに成長して、二次創作そのものの続編・長編化を産み、原作とは違うキャラクターの成長後の姿を描くまでになり、固定ファンを得て、今に至る。それは、プロ漫画を退廃させたいっぽうで、創作界全体の次のステージを用意した、ビッグバン的な現象ではあったのです。

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