1957年、シドニー・ルメット『12 ANGRY MEN』MGM

  15, 2016 10:20
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This is one of the reasons why we are strong.

原作・脚本:レジナルド・ローズ 音楽:ケニオン・ホプキンス 撮影:ボリス・カウフマン 製作:ヘンリー・フォンダ、レジナルド・ローズ 

アメリカが強い理由はここにある。

『青い山脈』と『飢餓海峡』を観て、なんか似たような話で大事な作品をまだ観てないぞと思い出しまして、借りて来ました。作品選びも「ご縁」みたいなものが必要で、これでも手当たりしだいというわけではないのです。

ARS GRATIA ARTIS。特撮もアクションもロケハンも映像処理も有名主題歌も何もなく、脚本術で押しまくる約1時間35分の密室劇。「名探偵みんなそろえて『さて』と云い」を逆手に取った格好。

I have a reasonable doubt now.

裁判の判決をどうするか、陪審員が話し合うという、ただそれだけのことなんですが、じつにカメラワークが憎いです。

たぶん台本だけ読むと素っ気ないのです。英語は簡単な文章で、むずかしいこと云ってるわけではないのです。それをここまで味わい深くしたのはキャスティングの妙と役者の理解力、そしてその撮り方、編集のしかた。映画作りのお手本のようです。

撮り方としては、まさか実際にはそんなこともありますまいが、全篇ワンカットと云いたい濃密さで、俳優たちのシャツに素で汗がにじんでおります。

おっさんばかり12人で、絵的には地味で地味でどーーしよーーもないわけですが、展開はひじょうに早く、語弊を恐れずにいえば、たいへん楽しく見られます。

わりと重要なのは、重要な議論の間にはさまる雑談で、これがちゃんと描けているから、各人の個性が分かる。いつの間にか12人全員に感情移入させられてるんだから、すさまじいです。

なお、英語で「偏見」は prejudice で、先入観とも訳せるようです。

それにつけてもアメリカ人は話し合いがうまく、熱くなる奴がいると、必ず抑える奴もいる。じつは陪審員長が毅然としていることも重要。議論の間にインターバルを自然発生させているのも憎いところ。13人目の気分になります。

そのアメリカでさえ、実際にはなかなか起こらない奇跡の逆転劇だから尊いので、これを見て法律家になることを決意した学生なども多かったのかもしれません。(ミステリ作家かな?)

言葉の二義性を最大限に利用した掛け合いの面白さは唸るばかりですが、もっとも感動的なのは、この議論を成り立たせているのが、被告も自分も同じ人間だという基本的人権の意識であること。そして「人のふり見て我がふり直せ」という内省の意識。

もし先入観と差別意識にとらわれていたら、そういう人間は他人の目からどう見えるか?

I don't care whether I'm alone or not. It's MY right.

俳優の表情が変わった瞬間、音楽もなにもないのに画面の中で雰囲気が変わる。空気読むって本来こういうことだと思います。

劇中の登場人物というのは、もとより観客に人間性のサンプルを提示するわけですが、ここでは他の登場人物が典型的な人物を見て、みずからの姿を知るわけです。「逆手」は作中でも重要なポイントとなる要素ですが、脚本家自身が芝居というものの本質まで逆手に取ってしまいました。

なお、男性ばかりであることがわりと重要じゃないかと思われます。おなじ男だからこそ「お前みたいにはなりたくない」という意識が働く。ここにご婦人が加わっていると、またちょっと話のテーマがずれちゃうわけです。

1957年。女性を排除した映画を撮ることのできたギリギリの時代だったのかもしれません。

展開の面白さで呆気に取られた映画というと『切腹』と『ユージュアル・サスペクツ』『L.A.コンフィデンシャル』でしたが、これは……

話は分かってるわけです。有名だからというのもありますが、物語の落ちていく先としては、これしかあり得ない。そこへ至るまでの演技を拝見するわけです。

あらすじではなく、まさに細かい部分が重要なわけで、云ってしまわないほうがいい映画の典型かと思われます。

ジョゼフ・スウィーニーの、とぼけっぷり最高。最後の台詞の味わい深い素っ気なさは、結局のところ事件そのものはどうなんだという観客の大団円を期待する心に軽く喰らわせたジャブかもしれません。

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