バブルごっこはコミケの中だけにしましょう。

  21, 2016 10:20
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【29万余票の行方】

政府与党も29万余票を見過ごしにするほど間抜けではありませんから、取り込みにかかるでしょう。

すなわち、しばらくの間は、二次創作やコミケそのものを規制するといった話は出なくなります。が、政府と社会は改憲とオリンピック開催に向けて走り出します。

清く正しく美しい国ニッポンというイメージ戦略・同調圧力は、耐えがたいまでに強まるでしょう。

だからといって、権力を敵視する必要はありません。政府と同人で「落としどころ」を探るという、おとなの関係になります。基本的には準備委員会の賢明な判断に俟てば良いと思います。

だからこそ、一般利用者が社会の反感を買うような言動を取らないように気をつける必要があります。現代の政府が最も恐れるものは「世論」です。若いネットユーザーの失言はご愛嬌ですが、「いい時代」を知っているOBの現状認識不足は鬼門になり得ます。

とくに女性は「若く見られたい」という気持ちが強いもので、もう1980年代が終わったことも忘れて、不良少女ごっこしてしまうことがあります。

今回の選挙で明白になったことは、二次創作関係者の少なくとも一部が有権者であることです。未成年者でも、引きこもりでも、禁治産者でもありません。外出でき、文字を書くことのできる教育を受けており、責任能力を有する成人です。

それが駅頭で、イベント会場周辺で、墓地で、SNSで、新宿二丁目で、マナーを守らず、他人への思いやりがなく、自分たちで決めたルールさえ守ることができないようなら、著作権法とは違う法律・条例で取り締まることも可能になります。

そう思わせてしまうかどうか。こっからが正念場です。

【1.全共闘コピーのコピー】

じつは、1980年代の同人というのは、全共闘の雰囲気を引きずっているのです。

映画『野生の証明』序盤に登場したような新左翼は「プロレタリアートの名において」老幼を巻き込む人質事件を起こしていますが、自分では労働したことがありません。親の金で大学へ通っていた者が学業に落ちこぼれて、世直しごっこで現実逃避していただけです。

あれが内ゲバで終わった後、頭角を現してきたのが「フェミニズム」で、こっちは自分では母親の手伝いもしたことのない女子学生が「自称シャドウワーカー代表」になっちゃったものです。

1980年代の女性同人というのは、その真似をして「男に遠慮するな」とか云っていたもので、やっていたことは1970年代の同人活動のコピーですが、本人の存在自体がフェミニズムの劣化コピーなのです。

フェミニズム自体が新左翼(全共闘)のコピーですから、80年代同人少女は、全共闘のコピーのコピーです。だから、なにかと「権力の横暴だ」と云う癖がついているのです。政府の老人や、教育委員会のオバサンを目の敵にして「権力の横暴だ、自由の抑圧だ」と被害者意識を強調するのです。

70年代の闘争の雰囲気と、80年代の強気と、90年代の不況をぜんぶ知っていて、自分も就職弱者だという気分になっているので、まるでヤクザ者のような口調で弱者特権を要求するという過激派みたいのがSNSに現れちゃうわけです。

でも気をつけましょう。現代同人の本当の相手は、政府でも警察でもありません。

【2.今年で46歳以上になる人は愕然としましょう】

今年、1971年生まれが45歳になるからです。

1971年に生まれた人は、大卒見込の22歳で就職活動したとき、1993年でした。バブル崩壊後、自分たちの人数が多かったので、就職氷河期当事者になっちゃったのです。

1975年以降に生まれた人は、人数は第二次ベビーブーマーより少ないですが、成人する頃からバブル崩壊の影響が本格化したので、親のリストラによって大学を中退した・大学進学を諦めた・高校を中退したという人がいます。

だから、1970年以前の生まれで、フルカラー同人誌を知っているという人は、愕然としてください。もう、バブル時代の武勇伝を披露しても誰も喜んでくれないし、愚痴を云っても誰も同情してくれません。

生まれながらに就職氷河期で、一回も「うまくやる」なんて経験をしたことのない若い人々が、中年がバブル時代の(フェミの)理屈をふり回して勝手なことを云うのを、「絶対に許せない」と思いながら、すごく冷たい眼で見ているのです。

【3.なぜ疑われるのか】

そもそも、なぜ同人は疑われるのでしょうか?

「モラトリアム」だから、社会性が低く、善悪の判断ができないので、そのうち漫画を描くよりも悪いことをするに違いないと思われているからです。

1990年代に、そういうイメージで報道され、社会に悪い印象が広まってしまったことを知っている人が、そういう社会を挑発してやるつもりで、わざと過激ぶって、甘ったれた言動を続ければ、泣かされるのは本当に若い現役たちです。

もう、1980年代ではありません。「そこんとこよろしく~~。なんちゃって」と云っても、誰も笑ってはくれません。

今や、相手は日本的お約束の通じない国際社会でもあります。

【4.国際社会の自衛意識】

かつて、安倍首相は「百年前の英独と同じですよ」と云いました。ご本人としては周囲の人々に「あるある~~」とか「完全に一致www」とか云って、笑ってほしかったのです。

でも海外記者団の反応は「開戦準備を始めたということですね」「本国政府に打電してもよろしいですね」「株価が急落してもよいということですね」というものでした。

次の一手を考える、三手先までその場で考えるというのが国際社会です。自衛のために素早く準備しなければならないからです。

同様に、創作活動についても、国際社会は日本経済の都合なんか考えちゃくれません。自分の国の知的財産と子どもが可愛いだけです。

【5.ダンスクラブの例】

ダンスクラブが急に摘発されたのは、周辺住民から「店の外で騒いでいる連中がいるので、次に何をされるか不安だ」という通報があったからです。

店の外で騒いでいることそのものが「うるさい」というだけの問題ではないのです。そのうちダンス仲間以外の住民に怪我をさせたり、家屋に放火したりするのではないか? と疑われたのです。

もともと麻薬取締りのために踏み込みたかった警察が、住民側の過剰防衛心を良い口実にしたというのが、ダンスクラブ摘発の構図です。じつは「踊ってはいけない」という問題ではないのです。

同様に、同人活動も、じつは表現の自由の問題ではないかもしれないのです。

「描いてはいけない」という問題ではなく、それにまつわる道義心の問題ということがあり得るのです。駅で騒いでもいい、落書きしてもいい、前日から行列してもいい、まだ「女子」だから大目に見てもらえる、編集部が庇ってくれる……

【6.SNSは同人誌即売会ではありません】

ツイッターは「つぶやく」と云いますが、実際には文字情報です。「書いて、アップロードする」ということを、わざわざやっているのです。

発表相手は、ワールドワイドです。日本語だから外人には読めないということはありません。

日本人は「日本語は世界でも特殊な言語だから外人には理解できない」という島国根性を、敗戦国のなけなしの自尊心として過大評価してしまう傾向があり、日本語で云った(打った)ことは世界には聞こえないと思ってしまいがちですが、日本語を勉強する外人さんは増えています。

グーグルさんは、自動翻訳サービスを提供してくれています。

日本語でツイートしたことは、日本の政治家も、アメリカ上院議員も、国連調査委員会も、海外新聞の特派員も、海外のPTAも、海外の人権団体も、読むことができます。

LINEはリアル人脈が基盤ですから、ツイッターは相対的にリア友少ない派が自己承認欲求を暴走させる場所と考えることができます。

だから先輩ぶって「あら、同人は大目に見てもらえるのよ。そんなことも知らないの!?」と、変な威張り方をしてしまう人が出てくるのです。

【7.自分だけ若いつもり】

バブル時代の即売会という閉鎖的空間を忘れられない中年は、自分のことを「まだ若い」と思っているくせに、インターネット時代について来ることができず、SNSと同人誌即売会を区別することができません。

TPP関連と実在関連の表現規制という巨人が、ダブルで言葉の壁を超えて来たという窮状を理解することができません。甘ったれたことばかり云っています。

法律に照らしてどうなのかという話をしている時に「カネのためなら何でもやる」と云うなら、そのうち海賊版も売るんだろうという結論になります。

カネが絡んでいるなら遊びじゃすまないという話をしている時に「どうせ遊びだから許可は要らないw」と云って笑い出す人があるなら、何をやっても遊びと云えば大目に見てもらえると勘違いしている連中だということになります。

問題が著作権だけだった時代には、自分自身はアニメオタクではない・原作なんか気にしていない・勝手な思いつきを書いてるだけだと云うことが有効だった可能性があります。依拠性が低いと著作権侵害とは見なされないからです。

だから「アニメファンとは別と云っておけば大丈夫よ」という噂が共有されていた可能性はあります。が、実在関連が絡んで来ると、真逆の意味になります。

だからこそ、現代の若い人々は、自分から「二次元コンプレックス」とか「友達少なくても仕方がないほどアニメが好きです」と云うのです。そして、実際にそれで楽しくやってるんだから、彼らは本当にアニメが好きなのです。

中年だけが、カッコつける方向性を間違えるのです。バブル時代のヤクザ者(のイメージ)を真似して「世の中ゼニじゃ」と云えば、なんかイケてると思っちゃうのです。

でも、若い人に「うまくやる」などという話を聞かせるものではありません。

ニートとは、自分が年金もらえぬだけではありません。他人の老後を支えることもできません。同人稼業だけで50年間生き延びて、介護保険料を納めることは、ほぼ不可能です。あっちゅーまに淘汰されるからです。多くの人が骨身に沁みて知っている通りです。

若い人々に「同人やれば就職しなくてもいい」と思わせてしまえば、あなたの人生が終わります。

【8.前期高齢者と中年】

ほんと云うと、1975年に大学生以上として「コミケ」初開催に関わった人々は、今では60歳代になっているわけで、彼らは「みんなで渡れば怖くない。そこんとこよろしく。イエ~~イ」とか思われちゃ困ると思っている可能性があります。

もともとそういう所じゃなかったと思っている可能性があります。

でも、それより15歳くらい若くて、バブル真っ盛りを知っている世代が、若い人を煽動してしまうのです。

モラトリアム気分とは、自分の中で時間が進まない心です。社会の変化を無視する心です。だから自分より昔の話も知ろうとしない。歴史の流れの中に自分自身を置いて客観視することができない。1989年なら1989年のまま、前にも先にも行けずに、時間が止まっているのです。

【9.これからのブルーオーシャン】

これからの若い皆さんは、バブル組の偏見を受け継ぐ必要はないです。

もともと、1970年代中頃までに、プロ作品が爛熟してしまったのです。児童向けアニメを安価に生産するリミテッド方式もあったし、成人向けアニメラマもあった。真っ白に燃え尽きた若者もいたし、男装の麗人として生涯をまっとうした女もいた。しまいにゃ男の玩具になる少年まで描かれてしまった。

もうプロとして描ける要素は殆んど残っていないというところまで来てしまった時点から、急速に同人界の動きが活発化したのです。アニパロ(としてのエロス)とは、プロが描くことのできない「ブルーオーシャン」であり、まさに処女地だったのです。

だからこそ、それが行き着くところまで来た以上、また次の戦略を試してみる価値がある。ハーレムには飽きた・エロは要らないという声があるなら、ハーレムではないものを描けば第一人者になれる可能性がある。

べつに、ハーレムを描くかたわら、他のものに挑戦してみたって構いません。別ペンネームを使ったって良い。「何しか描いてはいけない」などということはありません。もともと、コミケとは『COM』なき後の漫画の可能性を探る挑戦そのものだったのです。

パロディ同人の作風を意図的に利用するようになったのが、1990年代の出版社で、これはまァ、もともと一蓮托生と云える。

明治時代の昔から、日本画・洋画の人々も、それぞれに何々会・何々展を組織しては新しいムーブメントを興していたわけで、それが社会の評判になると、出版社・新聞社が「画集を発行しませんか」とか「スポンサーになりましょう」とか云ってくる。これでやって来た。

社会の動きを追いかける記者は「ハイエナ」とまで称されることもあるけれども、出版社・レコード会社なども、基本的には(流行の発信者のような顔をしていますが)無名のアマチュアの自由活動の後追いなのです。

それを発掘する「スカウトマン」としての眼が彼らの生命線。だから、出版社にとって「同人は青田」なのは当たり前です。

偏見を持ってしまった人は、自分の偏見に足をすくわれる。他人のふり見て我がふり直しましょう。そして、会場と公共交通機関利用のマナーを守ってください。

総理大臣を代表とする大人の動きは、大人の言論によって牽制することができます。でも若い人自身がマナーを守らず、世論が炎上してしまえば、抑えようがないのです。

【10.テーマパークの約束】

現代の学生は、磁気カードとコンピュータで出席管理され、代返などあり得ず、サボることができません。

だからこそ「ゆるい」時代の学生に憧れ、モラトリアム気分を味わいたくて、コミケに集まるのかもしれません。だてに夏休み・冬休みに開催しておりません。

コミケというところは、ジュリアナ東京と同様、バブルが崩壊した後で有名になり、規模を拡大したのです。そこは、デフレ時代だからこそ、バブル気分・モラトリアム気分を味わうことのできるテーマパークの一種として機能している可能性があります。

それはそれでいいのです。昔っから「吉原大門」のように、治外法権的な遊興の場というのは存在したのです。

だからこそ、会場の外では騒がない約束です。

もし同人誌即売会参加者が、他人に対して思いやりがなく、自分たちで決めた約束事さえ守ることができない連中なら、次は何をしでかすか分からないので、社会は警察に頼んで取り締まってもらうことになります。

この社会とは、頭の固いジジ・ババではありません。若い人々です。

でも、コミケが1975年以来、長続きしてきたのは、意外なようですが、そこに集まる人々が、礼儀正しく、平和と安全を愛する日本人の代表であるからです。

同人は、行列を守ることができ、約束を守ることができるのです。

もともと「オタク」というのは、彼らがお互いに「てめェ」とか「この野郎」とか叫びながら暴力沙汰を起こしていたからではなく、「お宅はどちらからおいでになりましたか?」という言葉遣いをしていたからです。

教育の高い、温厚な中流家庭の出身者です。戦争に駆り出されるよりも絵や詩を描いていたほうがいいよという穏健派。どんなにやさぐれたように見えようとも、1950年代の純文学者たちの末裔です。

参加者みずから、忘れないようにしましょう。

なお、政府・首相の強権をもって、法律に特例を設けるという考え方は危険をはらんでいます。「表現の自由は認める。しかし……」というふうに、簡単にひっくり返る可能性がありますので、注意しましょう。政府が五輪開催前に完全決着をつけようとしている可能性も、ゼロではありません。

政治家は(ああ見えて)裏の裏を読み、歴史の流れは皮肉なものです。歴史に詳しいヒロイック・ファンタジー系の同人は、そういう知識を実際の現状認識にも活かしましょう。勝って兜の緒を締めよと昔の人も云いました。(勝ったとも申せませんけどもね)

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