これからの新宿二丁目と女性。

  20, 2016 10:21
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女性は「どうせ男も女も同じ人間じゃん」という理屈で社会進出して来ておりますので「どうせみんな同じじゃん病」に罹患しやすいのです。

しかも、つねに男女を比較して「まだまだ女のほうが不利だわ。もっともっと弱者特権を主張して行かなければならないわ」という、被害者意識がひっくり返った優越感・自分優先意識という、ややこしいものを抱えてしまうことがあります。

これを「私が一番可哀想病」と名付けることに致します。

なお、この「病」とは比喩であって、どこの医師が診断を下してくれるというものではありません。

【BLの場合】

上記の精神をBLに適用してしまうと、「どうせホモだからみんな同じじゃん」というわけで、創作物と新宿二丁目の区別ができない人になっちゃいます。

また同人活動に適用してしまうと「名古屋の奴らってテレビ放映が遅れてるから笑えるーー」といって天狗になっていた人が、新宿二丁目へ来ると「ゲイはいいなァ。私のほうが可哀想よ」と云っちゃう人になってしまいます。

ゲイも女性も同人も、いろいろなのが本当ですが、団体名で比較することが習慣になっている人は、根本的にマジョリティです。個別対応を求める「ダイバーシティ」運動の意味が分かっておりません。

これからの時代は、1980年代フェミニズムに裏打ちされた優越感がひっくり返った弱者特権意識と、それを口実にした弱者同士の連帯ごっこが各地で猛威をふるう可能性があります。

結婚しなかった人が今ごろになって寂しくなってしまうというだけが、きっかけになるのではありません。子育てを終わらせた人が、若いゲイの世話を焼くことを自分の使命のように勘違いしてしまう可能性もあるからです。

【中年の老後】

1970年代の日本では、すべての女性が二十四年組などによる美少年漫画を読んでいたと思っておけばいいです。少女漫画と一緒の雑誌に掲載されていたからです。

だから、いまだに「いつから同性愛になったの? 美しい人に出会ってしまったの?」という勘違いロマン派が存在する可能性があります。

また「青春時代のいたずらが基で同性愛になってしまったのなら、お医者さんに行って治しましょう」というタイプの勘違いも、まだ存在している可能性があります。

政治家や教育委員会の口から、時々そういう偏見が漏れることもありますね。

かえって過激路線を手がける同人のほうが、この点では安心で、「実在とは別」をモットーにしている同人さんのほうが多いものですけれども、なまじそういう世界に関わらずに生きて来たので、40年間情報更新できていないという人が、これから、やっちまう可能性があります。

新宿二丁目としては、客商売でもありますから、バリケードを築いて防ぐこともできませんので、ここで申し上げておきます。

新宿二丁目自体は良いところです。女性をこころよく迎えてくれるお店もあるそうです。だからこそ、女性のほうでマナー違反しないように致しましょう。

実在ゲイ男性は漫画ではありません。あなたの自己満足の道具でもありません。彼らに説教は必要ありません。彼らの身の上話を無理に聞かせてもらって、泣いてあげる必要もありません。

あなたの人生がままならないのも、彼らのせいではありません。

たとえ彼らが女性のステレオタイプを利用して、彼らなりに楽しんでいるとしても、あなたを苦しめるのは、それをさらに利用するストレート男性です。

漫画を読む人が悪いのではなく、真似して事件を起こす人が悪いのと同じです。

まさに自分自身が漫画と現実を混同する人が、新宿二丁目へ説教しに行っちゃうのです。そうです。「真似する人がいたらどうするんですか」と云ってるあなたこそ「真似して事件を起こす人」です。

喧嘩の相手を間違えてはいけません。殴り込む玄関を間違えてはいけません。

【近代化の弊害】

基本的人権として、みんな同じであることと、それぞれの権利を尊重することを、両立する必要があるのです。

みんな同じ人間だからこそ、違いを認めるのです。みんな同じだからこそ「個」の間の一線を越えてはならないのです。

この逆説が日本で理解されにくいことには、歴史的な要因があります。

日本は近代化した時に、世界が帝国主義の時代だったのです。しかも、なまじそれについて行くだけの底力があった(江戸時代の間に蓄えられていた)もんですから、近代化することと軍事教練を受けることを混同したのです。

それに儒教倫理と武士道精神がくっついて、裏から補強したので、それ自体は美化されてるもんですから「あやまちはくり返しませぬ」と云ったはずの戦後民主主義も、同調圧力大好きなのです。

こういう「人間精神の歴史的な成り立ち」というのは、自覚することが克服の第一歩となります。

【女性がゲイに人生相談できるとは限りません】

「ゲイは男心も女心も分かるから人生相談に使える」

これを云い出したのは、1990年代のテレビ芸能人の男性だったと思うのですが、まず「使える」という発想自体が差別的であることをわきまえておきましょう。

そのうえで、実際に彼らが人生相談を得意としているのかどうか考えてみます。

そもそも、芸能人男性には、手前の男心なら分かるわけです。また交際相手の女性が男を立てて、話を合わせてくれるタイプなら、「俺ァ女心が分からねェ」と悩む必要がない。じゃ彼は何をゲイに相談したいのか。

めんどくさい女と別れる方法です。

ストレート男性が、ゲイとひそかに共同戦線を張っている時には、女性に都合の悪い話をしています。

それに気づかずに、女性が「男女平等だから私もゲイに相談できるはずよ」と思っちゃうと、ゲイが腹の底ですごーーく冷たい眼をしている可能性は、かなり高いです。

彼らは「女心に調子を合わせてくれる女っぽい男」ではありません。「女の甘えを見抜く女の目を持った男」です。職場のお局さまや、お姑さんに近いと思ったほうがいいです。女同士で「なに、あの女」と陰口を云う感じに近いと思ったほうがいいです。笑ってるのは顔だけです。

なぜなら、彼らにとって、女性はストレート男性をはさんだライバルだからです。

彼らだって、有名な芸能人男性とお近づきになりたいわけですから「貴男を困らせる女なんて本当にバカよね。めんどくさい女は本当にめんどくさいわよね。いいわ、私がアドバイスしてあげる」って云いたいわけです。

べつに全員がそうだというわけではありませんし、敵愾心を燃やす必要もありませんが、女性のほうでそのように思って自戒したほうが、自分自身が赤っ恥をかく確率が低いという話です。

【戦後民主主義ってやつ】

子どもの運動会の徒競走で順位をつけるのは良くないというので、手をつないでゴールインさせた時代もありました。そういう完全平等主義は、ときに女性自身にとって両刃の剣となります。

男女に優劣をつける必要はないですが、立場の違いがあることはわきまえておきましょう。

とくに、ゲイを女性の仲間だと思うことは、もう何回でも云いますが、女性自身にだけ都合のいい勘違いです。


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