1986年3月、永原和子・米田佐代子『おんなの昭和史』有斐閣選書

  05, 2016 10:20
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「わたしたちはベトナム戦争の共犯者になりたくない。ではどうしたらいいか。このとき八○歳になろうとしていた平塚らいてうは、気力をふりしぼって北爆をやめさせ、アメリカのベトナム侵略を日本の婦人の手でくいとめよう、と訴える。」(p.248)

A5版、約300ページ、ソフトカバー。基本的には母性を尊重し、生活実感を共有する立場から、簡潔・平易な文章で、戦後女性史・婦人運動史を概説した、まっとうな歴史書。

豊富な引用による実証につとめ、女性が戦争に進んで協力していった歴史からも目を背けない、真摯な学問的姿勢が誇らしく、好ましく、歴史的事実の日時や法律の正式名称などを確認するためにも、座右に置いて繰りかえし参照したい、一家に一冊というべきハンドブックです。公立図書館の「ご自由にお持ちください」コーナーにあったので貰ってきました。

(なお「座右」って云いますが、右利きのばあい、座席の左側に置いて、右手でメモを取りたいですね)

執筆者たちが「昭和一ケタ」と自称する通りで、文章に戦前教育の基礎の確かさが感じられ、「ジェンダー」などの生煮え感のある外来語を用いていないところが好印象です。これ自体は、丁寧に読んで「道半ば」の思いを新たに致しましょう。

1986年1月の脱稿ですが、1985年に総理大臣による靖国参拝、日の丸・君が代の強制が始まり、国家機密法が成立したことに言及しております。さらに、その80年代の「経済」を陰で支えたのが中高年女性によるパート労働であったことも。

爾来30余年が経過したわけですが、あれっきり「パラダイム」が変化してないんだなと改めて思ったことでございます。

重要なのは、これだけ読んで「男性社会は横暴だわ!」と興奮してしまわないこと。

大企業による人権蹂躙的な労務管理・オイルショックの際のモノ隠し(販売価格の吊り上げ工作)、自民党を筆頭とする保守勢力による婦人運動を「赤」と見なしたいやがらせ・脅迫・不当解雇・法案の骨抜きなど、まごうかたなく横暴なんですが、それを言い訳にして女性のほうから何をやってもいいわけではない。

新宿二丁目だけが知っている、女権運動の陰の側面みたいなものがあるわけでございまして、男性中心社会の横暴によって傷ついた女性の一部が、そのことを口実に、彼らを利用し、依存していることも疑いない。

でも、ゲイボーイ達にも母がいて、都会へ送り出した息子たちの幸せを願わない日は一日もないはずです。その反省を忘れない柔軟さこそ、真の女性の誇りではないかと思われます。

あと気になるのは、吉本隆明が「戦後民主主義はくだらない」とこぼし、佐伯彰一が「神道は誤解されている」と憤り、堀切和雄が『きけわだつみのこえ』が編集・改竄されていることを指摘して、「きみたちは何をしたのか」と問うとき、この「きみたち」というのが女性を指しているのではないかと思われることです。

彼らも「近頃の女どもと来たら」などといえば非難轟々なのは分かっておりますから云いませんし、排他的に女性だけを念頭に置いているのでもないでしょうけれども、どうも、女性が主導した戦後の平和主義運動の欺瞞的な部分を暗示しているように思われます。

「戦争は、いきなりみなごろしの戦火とともにやってくるものではなく、しあわせにみえる日々の生活のなかに、人びとの感覚を麻痺させながらしのびこむようにしてやってくる」(p.298)

両方の立場を知っておく。さらに「第三の性」からの訴えにも耳を貸す。そういう「大きな共同体感覚」を忘れたくないものだと思います。

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