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BLはフェミニズムだが、同人はフェミとは別。

まず、「女性の表現の自由」なのに「フェミとは別」って云われると、奇妙な感じがしますね? この奇妙さの原因は、フェミニズムという言葉の捉え方にあります。

もともと、婦人参政権運動・女権拡張運動というのは明治時代からありました。

少女に教育を与え、屈辱的な性産業から解放しよう、『女工哀史』のような劣悪な労働条件も良くないといった運動は、ずっと昔からあったのです。これに反対する女性はいないと思います。

ウーマンリブって言い方はアメリカから来たもので、日本では1970年11月に「ウーマンリブ大会」が開かれたそうです。奇しくも三島由紀夫が市ヶ谷で腹を切ったのと同年同月。

それまでの婦人運動は、子どもを守るために公害や戦争に反対する、子どもを育てながら女性が働く権利を確保するといったもので、結婚・育児が大前提でした。

この頃から「それでは結局、家庭に縛りつけられているだけで、本当に女性自身の自由とか権利が保障されているとは云えないんじゃないか?」という考え方が出てきたようです。

だから1970年代の漫画を見ると「リブの闘士」みたいな台詞が出てくると思います。

池田理代子『ベルサイユのばら』(1972・73年)に登場した男装の麗人は、その最も美化され、人気を得た成功例で、女性が社会で充分に活躍することを、結婚・出産を否定することとセットで考え、「女を捨てて、男として生きる」って言い方をしました。

ここから、女権運動の捉え方そのものが複雑化したわけで、産みたい人のために職場環境を整えることもフェミニズム、子どもを守るために漫画表現を規制しようという人々もフェミニズム、結婚したくない女性が漫画家として自立して生きていくために、どんな漫画カテゴリも規制されるべきではないという人々もフェミニズムということが起きちゃってるのです。

ここで、呼び方が違えば混乱が生じないわけですが、現代において婦人運動全体を指して「婦人の連中め」とか「女権め」とか「リブめ」って言い方をすることは、ほとんどありませんね?

現代では、すべての婦人運動を指して「フェミニズム」という外来語が使われていると見てよいでしょう。

しかも、一般の人々が婦人運動に基本的に賛成であるかぎりは、わざわざ「フェミの連中め」みたいなことも云わないわけです。

「俺、戦争へ行くのいやだから、うちのオカンが『うちの息子を戦場へ送らないでください』って言ってくれるなら有難い」というだけです。

日米安保を廃止し、国軍を強化して、美しい国・日本を取り戻そうという人々はいます。でも「今すぐ戦争やりたい。東京が空爆されればいいと思う!」って人はあんまりいないわけです。

日本中どこへ行っても安心して「ポケモンGO!」で遊べる国がいいわけです。灯火管制や電力制限されて、スマホを充電できないようだと困るわけです。

「うちの庭が公害で汚れてほしい! 明日から避難所で生活したい!」って人もあんまりいないわけで、婦人団体が戦争反対・公害防止を訴えているかぎり、危険視も問題視もされないのです。

危険視するのは、公害で訴えられた大企業だけです。

いっぽう、一般人によって、フェミニズムではなく「フェミ」という略称が使われ、「うるさい連中だ」という印象をもって語られる時は、行き過ぎだと感じられた時ですね。

とくに、フェミニスト自身が復讐的になってしまっており、政府や大企業ではなく、個々の市民男性のやることをいちいち非難して、自分のことは棚上げしているという時。

また、母性尊重タイプから見れば、結婚・育児したがらない女性は異常だということになり、そうなってしまった原因があるはずだと考える。

男性が協力的でないのが悪いんだから、男性が協力的になってくれれば、もう変な漫画を描く必要もなくなるという結論になりやすい。

だから、男子を家庭科に参加させ、女性の肉体と自己決定権を尊重すべきことを教え、男性料理教室を開き、女心を察して会話を成り立たせる努力を教える女性陣は、一見すると若い女性の味方だけれども、返す刀で「これだけ準備してやったんだから貴女も漫画に逃避してないで早く結婚しなさい」と来る可能性がある。

当然ながら、このタイプのフェミニズムは、同人をはじめ、漫画ファンにとって、めんどくさいオバサンというふうに感じられるわけです。

なお、ホモって言ってはいけないのは、フェミニズムとフェミの語感の違いと同じで、縮めて呼ぶと侮蔑した感じ・あっち行けという差別的な感じになるからです。

【正しいフェミニズムによるBL弁護】

出版社を通じて独創作品を発行し、インタビューなどにも応じ、評論によって自己弁護するプロ作家・漫画家は、立派に自立しているということができます。

彼女たちが「女のくせに」と云われたり、「さっさと嫁に行けよ。産めないの?」と云われたら?

世界中の婦人運動家と一般女性が糾合して「女性の人生を勝手に決めないでください!」ということができますね。

個人的に「BLに協力したかァない」と思う女性もいるでしょうけれども、理念として「女だから、さっさと産むべきだから」という理由で執筆活動を規制するのは良くないと云うことができます。

【自由業はフェミとは別か】

1969年に違憲判決が出るまで、日本の女性の定年は30歳だったそうです。それまでに結婚相手を見つけておけということだったのです。

それを「違憲だ」と訴えたのは、実際に企業勤めしていた大人の女性たちで、いやがらせも受けたそうです。働き続けたい・自分のおカネがほしい・自立したいという声も、当時の少女ではなく、すでに働いていた大人の女性や専業主婦(にならざるを得なかった女性)たちから挙がってきたのです。

そして実際に裁判を闘い抜いた彼女たちは、やっぱり偉大だったのです。

でも、自由業なら定年は関係ないし、育休が取れるかどうかで悩む必要もない。高校生のうちから漫画家になって、さっさと自立すれば、フェミの運動に頼っているわけではないから、私はフェミとは関係ない。

そう云えるでしょうか?

世の中が「女は30歳までに結婚退職するのが当たり前」と思っていれば、30歳すぎた独身の女に部屋を貸してくれる人がないということになります。いや、実際にそうだったのです。

また、どうせ30歳までに「ことぶき退社」するんだから、大学へ行く必要はないと云われれば、大学生として「モラトリアム」を楽しみながら同人活動するということもできませんでした。

それに、同人の先輩が出版社に入って、漫画雑誌の編集者になって、なにかと気を利かせてくれるから大丈夫などと云っても、彼女たち自身は男性社員よりも低い賃金に泣かされ、出世もできない。子ども作るつもりなら途中で育休されると困るから今すぐ退社してと云われる。

今なお出版業界は、一見すると腕力が関係ないから女性に向いている職業のようでありながら、「女性が活躍できる職場ベストテン」に入って来ないのです。

自分は同人だから自分だけ女性の権利運動とは関係ないわと云うことはできません。

【パロディは男女平等】

いっぽう、いわゆる「二次創作」に対して、原作者によって著作者人格権が行使されてしまえば、パロディ同人自身が「女の子」であることなど、なんの免罪符にもなりません。

警察官に向かって「私、アダルトチルドレンなんです! お母さんがトラウマなんです~~」などと云っても聞いちゃくれません。

弁護士を通じて、裁判官に申し出れば、情状酌量してくれるかもしれません。そのためにも、いさぎよく起訴されてください。法廷で会いましょう。

と、なります。

パロディ同人の世界では「女性向けは別」などという甘えは通用しません。同人には弱者特権などありません。原作者が個人的感情によって「二次創作禁止」を宣言すれば、警察が入るまでもなく、ジャンル壊滅です。

くり返します。同人の世界では「女だから」という甘えは通用しません。ベテランほど、骨身に沁みて知っています。

今からパロディに手ェ出してみようと思ってる人は覚悟してください。今後50年の間に国際法が変わらない保障はありません。国際社会は尚さら男女平等です。

インターネットにおける権利侵害の問題は、ますます先鋭化し、各国における調整など通用しなくなるかもしれません。

今から同人やれば、一生楽して食っていける保障など、1パーセントもありません。

【同人がフェミとは別なわけ】

プロとパロを混同して論じられたら、困るのは同人のほうです。プロは何を云われても「女性の自由」を主張することができます。

でも、二次創作だけは、どこをどう押しても「著作権侵害は女性の自由です!」と云うことはできないのです。同人がそんなことを云ったこともないのです。云っても通用しないことを知っていたから自虐したのです。

もう何回でもいいますが、初期のSFアニメの権利者は、テレビ局か個人プロデューサーです。

少女漫画家になりたいから少女漫画の二次はやばいが、少年漫画ならOKとか、そういうレベルじゃないのです。だから読まないでください・注目しないでくださいと云う必要があったのです。

でも復讐的なフェミが「母親がトラウマだから仕方ないんですよ」と言い訳がましい弁護を発表すれば?

社会がまともなら「そんなに少女が悩んでるなら、カウンセリングを実施して救ってやろう。そのためには、まず同人活動をやめさせることだ」ってなるのです。

だって、虐待のトラウマから逃避した子たちが著作権侵害をやめることができないなら、愛を探して何かを求めてさまよう似た者どうしの依存症ってことです。

ここで、プロは再び「女性の権利」ということができるのです。

でも、まさにその権利を証明できない人は、わざと悪いことをして注目を引こうとしているって意味になります。可哀想っぽいことを云う人は、同情を引きたい人です。早くなんとかしてよ~~と泣いている赤ん坊です。

愛に飢えた非行少女には、愛情深く、きめ細やかな対応が社会の急務となります。もちろん、同人はそれじゃ困るのです。実際には(すでに1980年代の時点で)成人なのです。

「きみはどうしてこういうものを描くのかな? お母さんと何かあったのかな? 箱庭療法してみようか」とかいうのに付き合ってる暇はないのです。次の原稿を描かないと、次のイベントに間に合わんのです。

だから「フェミとは別」って云うのです。お母さんとはうまくやっています、ご心配なくって云うのです。

おかげさまで好きな漫画を描いて、満足して暮らしております。日本の平和に感謝しております。自衛隊さんありがとう。個人的に男性とはご縁がありませんが、それも一生懸命に漫画を描いているからこそで、その自由が認められているかぎり、男性中心社会に恨みはございません、よほど暴力的な事件でも起きないかぎり、差し出がましいことは申しませんっていうのが同人です。

同人が腹をくくるってのは、そういうことです。

だから、フェミの言い草を真に受けて、ほんとに不良少女ぶって、被害者っぽさを強調するタイプは、同人全体にとって鬼門になるのです。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。