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1980年、森谷司郎『動乱』

いつの日か、きっと誰かが分かってくれる。

脚本:山田信夫 撮影:仲沢半次郎 照明:川崎保之丞 助監督:沢井信一郎 音楽:多賀英典・星勝・三枝茂章・小椋佳 ナレーター;佐藤慶

きみの祖国は日本と呼ばれ、美しい四季があり、深山の緑は濃く、鳥は朗らかに啼き、貧しい男たちは体を張ってお国に尽くすことを強要され、貧しい女たちも体を張って男に尽くさざるを得ませんでした。

構想三年、撮影一年、製作費十億、日本列島縦断ロケ敢行(予告篇より)

男が男であり、女が女であった時代。昭和十一年二月二十六日未明。そこに至るまでと、その後。『八甲田山』と同じ、硬質な叙情性と、重い緊迫感と、日本の自然と文化への尊敬と愛惜の念が、堂々150分間を満たしております。

森谷らしいというべきか、BGMの使用をギリギリまで抑え、ニュース映画的なナレーションを起用した、挑戦的なまでに実直なリアリズム路線の中に、それとは分からぬようなさりげなさでフィクションの美意識を練りこんであり、製作費十億の使いどころも渋くて、劇場用大作というよりは、NHKで時々見られる良作ドラマのような清冽な味わいです。

ロマンス映画でもありますが、男女パートと男男パートのバランスが良いです。

無駄を排した脚本がすばらしく、各場面が深い抒情を湛えつつ、場面転換はたいへんドライにスピーディーなところも森谷流。高倉の独白をモンタージュに載せていく編集技も素敵。

軍部の腐敗に対する逆賊という、どっちも悪役というべき難しい事件を描いており、『二百三高地』のように主題歌が大ヒットしたわけでもなく、戦車や航空機の大盤振る舞いといった娯楽的な作りでもないですから、あんまり話題にはならなかったような気がしますが、中味は本当にいい出来です。

森谷監督は、1960年代から80年代にかけて、短い期間活躍した監督さんで、この時点で大ベテランというお歳でもなかったんですが、日本の美しさを知り尽くしていました。今回は仁侠映画で鍛えた高倉のカッコ良さも最大限に活かしました。

仲沢のカメラは技術力をフル稼働しております。あまり編集を加えずに、役者のタイミングに合わせてカメラのほうから寄っていく式。フィルム時代ならではの名人芸というべきかと思われます。

三枝のピアノ曲はクレイダーマンふうで、1980年代初頭らしいところです。革命のBGMは、やっぱりショスタコーヴィチふうにしたくなるようです。

日本刀を抜刀する姿が世界一決まる男は、仁侠映画時代とやってるこた同じなわけですが、実年齢相応に役柄と演技が深みを増して、今回は生まれ育った街のためだけではなく、生まれ育った街のためでもあり、弱い庶民のためでもあり、個人的に愛する女のためでもあり、天下国家のためでもあると信じた壮大な殴りこみの責任者。弾薬は実包である。

この時代には軽機関銃が普及していたようで、日露戦争ものでは聞かれなかった連射音が新鮮でした。

主人公は台詞が少なく、演説するわけでもなく、潜入工作するわけでもなく、軍人であるとともに、東京の片隅で日常生活を送る一個人であって、これが高倉じゃなかったら面白くないが、逆にいえば高倉という得がたい個性があったから、この作りが可能だったという、ギリギリのところで成り立っている作品のように思われます。

つまり、とにかく健さんを見る映画なわけで、『八甲田山』は北大路の登場場面が多かったですし、仁侠映画は意外にコメディリリーフの活躍が目立つもので、高倉だけを堪能するってことができないんですが、今んとこ高倉出演作の中では、その外見と演技の魅力を最大限に活かした白眉中の白眉ではないかと思われます。

いっぽう、女らしいのに大胆な吉永小百合は、お雛様のようなおちょぼ口で、本当に伝統的な美人ですが、声が低く、お姉さんっぽくて気品があるのでした。

手を出せないのが男の純情なら、身を投げ出すのが女の純情。鳥取の海の輝きを背景にしたロマンス場面は日本映画史上屈指の名シーンと申したいです。

公開当時の現実は、1970年以来の「ウーマンリブ」運動の時代であって、もうだいぶ女が女でなくなっちゃっていたのでしょう(^^)

ロッキード事件とベトナム反戦運動の記憶が生々しかった頃でもあり、映画も叛乱将校たちの義憤を強調して、全面的に同情的です。

実際には、青年将校たちの主張は、あくまで腐敗した文官を排して軍部が実権を握ろうということであって、必ずしも一般国民の共感を得たわけではないという声もあり、全国から嘆願書が届いていたというのは、軍上層部を悪役として強調し、終盤に向けて観客の心を離さないためと、公開当時の世相を意識した演出かとは思われますが、なによりも「殺すには惜しい男」という高倉の存在感あって成り立つわけで、まだ若い憲兵たちに観客の共感を凝集させたのが、じつに、よかったと思います。

映画公開後5年もすると、現実のほうには、ふたたびと云うべきか、日の丸強制・首相による靖国参拝という時代が来るのでした。

日本帝国陸軍の兵隊は、いったい誰のために死ぬのでありますか。

一切の死者は弔わるべく、英霊に尊敬と感謝の念を捧げるべきであるからこそ、彼らの真の願いがそこなわれない世を望みます。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。