アドラーたちの時代。

  13, 2016 10:20
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民族主義の嵐が吹き始めていたのです。もっと前から帝国主義の時代だったのです。戦争が繰り返されていたのです。若者が徴兵され、植民地(とされたアジア・アフリカ)へ送られていたのです。

その時代に「人生には高邁な目標が必要で、それを達成できない人生は無意味だ」と云ってしまえば、学業半ばで19歳で戦争で死んだ奴は無意味だったということになってしまうのです。

職人修行の途中で民族差別によって15歳で死んだ少年は、最初から生まれてこなくても良かったことになってしまうのです。

そうじゃないはずだ。

アドラーの発想の根本にあったのは、この思いだったと思うのです。

人生は連続する刹那である。生まれて来たことに意義がある。生きていることだけで価値がある。今を生きよう。今日達成できたことを誇ろう。小さな幸せを最大に喜ぼう。種とともに冬をこえ、鳥とともに春を歌おう。どこかへ逃げたいとは云うまい。

アドラーのいう「勇気」という言葉は、並大抵の覚悟から生まれて来たものではないと思うのです。それは短くいうと「死」の恐怖に裏打ちされているのです。

(参考:宮崎駿『天空の城ラピュタ』1986年)


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