性的マイノリティと個人心理学。

  13, 2016 10:24
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「母親がトラウマだから性的マイノリティになった」と、本物の性的マイノリティの皆様の前で云ってはいけません。

「じゃあ、お母さんがもっといい人だったら、私がレズビアンにならなかったってこと!?」
「この子のママはすごくいい人だよ! 私のことも受け入れてくれたよ!」って、なるからです。

新宿二丁目には、レズビアンもいます。トランスFtoMもいます。彼(女)たちは、シス・ストレート女性の甘えがきらいです。

シス・ストレート女性が、若くて可愛い顔したゲイを選んで付きまとい、「ゲイはいいなァ」と言うことがきらいです。

「ゲイはいいなァ」というのは、ゲイにゴマすってるんではありません。シス・ストレート女性よりも差別されていることが分かっている人々よりも自分のほうが可哀想だと主張することによって「私がいちばん! これってスゴくない!?」という不幸自慢です。

一見すると差別してないみたいに見えるとこがミソです。ゲイを忌み嫌って寄りつきもしないのではなく、自分から親しく声をかけることができるから「差別してない証拠よ。私って進歩的~~」という自己満足を得るために新宿二丁目へ乗り込んじゃう女性が時々いるのです。

彼らにとっちゃ男同士の交流の時間を邪魔されるだけです。レズビアンも危機意識を持っています。

たんにゲイに付きまといたいだけの人は「レズが怒っても関係ないわ」と思うかもしれません。でも、自分自身も性的マイノリティであると宣言し、「弱者同士の連帯しましょうよ」と呼びかけたいならば、注意しましょう。

【トラウマはGLBTの慰めにならない】

GLBTというのは、家族の誰のせいでもないことで、家族ぐるみで差別され、悩み苦しんでいます。

彼らは、なぜよりによって自分が同性志向または性別違和に生まれつき、差別される人生を歩まなければならないのか、人生の意味が分からない。

彼らにとって「俺は絶対に認めん」という祖父・父親は、おおきなトラウマかもしれませんが、たとえ和解できたとしても、同性志向や性別違和が「治る」わけではありません。

彼らは「トラウマのせいで同性志向や性別違和になってしまったのだから仕方がない」と考えることによって慰められないので、比較的早期にトラウマ原因論から離れていく可能性があります。

アドラー流は、日本でこそ2014年のブームですが、欧米ではもっと早くから普及していたそうです。欧米だって、昔はプロテスタンティズムでガチガチの窮屈な生活をしており、だからこそ強迫神経症になる人が出てきたので、フロイトが登場して、トラウマ説を唱え、アドラーが登場して、それを否定し、ナチスによる凶行を経て、少しずつ個人主義を確立して来たのです。

GLBTは、日本よりも対応の進んでいる海外を参考にするために、英字新聞や学術論文を読んだりすることがあるので、一般の日本人よりも早くから個人心理学を共有していた可能性があります。

そう考えると、彼(女)らの口から「自分で選んだ道だろ」とか、「あなたの夫は夫の義務を果たしているのだから、あなたも姑さんの先手を取って立派な嫁になりなさい」といった言葉が聞かれるのも、納得なのです。

彼らは他人とは違う人生を受け入れる他ない。他人に依存しない代わりに、他人からも依存されたくない。他人の自己満足の道具として利用されたくない。

「課題の分離」という概念を、彼らは肌で知っていると云ってもいいでしょう。

シス・ストレート女性が新宿二丁目へ乗り込んで、「私のほうが可哀想ごっこ」してしまう前に、このくらいは知っておきましょう。



(※ なお、GLBTという用語は、LGBTと同義です。

後者は、おそらく、レディファーストの意識に基づいた言い方です。前者はGを優先した言い方で、ゲイ当事者が好んで使う言葉です。

当方ではBLとの関連上、排他的にゲイに言及することが多いのと、「BL」との視覚上の語呂合わせによって、採用しております。)



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