アドラーからフロイトへ退行してはいけません。

  27, 2016 10:20
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復讐は甘美な夢ですが、アドラーからフロイトへ退行してはいけません。

「うちの母親は自分の課題と子どもの課題を分離することができず、子どもの課題に介入する自己中心的な人間だったので、私が母親のトラウマから一生のがれられないアダルトチルドレンになってしまい、何歳になっても自他の区別ができないのは仕方がないのです」

じゃダメなのです。アドラーを知った後でフロイトに戻っちゃいかんのです。

だいたいアドラーが云ってることってのは、根本的に「フロイトを言い訳に利用するな。俺の友達はお前の道具じゃない」なのです。

フロイトの『夢判断』の時点では、患者自身が意識していない記憶が「トラウマ」となって、患者を突き動かし、強迫神経症を発症したという順番だったのです。

が、それを知った人々が「自分もトラウマに突き動かされて、ついついやってしまった」って云うようになっちゃったのですが、本人の意識レベルで「あれがトラウマになっている」と認識できている時点で、終わっているのです。

アドラーは「あんた、尻尾が見えてるよ」って云ったのです。

患者がトラウマの存在を認識し、母親なり父親なりが厳しすぎたこと、自分自身が母親なり父親なりに依存しすぎていたことを自覚できたら、次は「よく話し合う」とか「自活の道を見つける」といった課題へ移っていくのです。

そこで挫折して引きこもり、親との話し合いを避けている人は、人生のタスクから逃避し、人生最大の嘘をついているというわけです。でも本人は、そのことに気づいていない。ここがみそ。

アドラーの理論は、古賀が書いた本に出て来た「青年」が自分自身や引きこもりの友人の真意にまったく気づいていなかったことが象徴しているように、「無意識」の存在を徹底的に肯定することによっているのであって、彼の最大の恩人はフロイトなのです。

フロイトは、無意識を意識できた最初の人。人間には、神のお告げでも悪魔の誘惑でもなく、無意識というものが「ある」と名指すことができた人。

アドラーはそれを全面的に了承した人で、彼のすべての業績は、14歳年上の先輩への尊敬と感謝に裏打ちされている。

考えようによっちゃ「リビドー」という概念と、エディプスコンプレックスに自ら捉われていた先輩を、そこから解放してやりたかったのです。

ここで「男はいいよね~~」とか「男の友情って美しいよね~~」とかいう女のルサンチマンを自己承認しちゃうと、自分で自分を救えないほうへ追い込んでいく下降スパイラルにはまっちゃいます。

【女の劣等コンプレックス的ナルシシズム】

女性は「勇気を出せない弱い性」を演じることをナルシシズムの喜びにしてしまうことがあるのです。

勇気づけようとされればされるほど、「私には無理よ。だって女ですもの」と意固地になるわけです。まさにそのことによって「ああ、こんな私でもやっぱり女なんだわ」と感動してしまうのです。

とくに、「心は男」というつもりの人ほど、ときどき女性自認を更新するために、「どうせ女だから」という劣等コンプレックスを表明することがあります。プライドを感じるためにこそ、自分で自分を差別するわけです。男性には理解しにくい境地です。

フロイト、アドラー、岸見=哲人、古賀=青年は、いずれも男性なので、男の人が読むと「俺もがんばろう」と素直に思う可能性があります。が、女性は最後の瞬間に醒めてしまう可能性が、けっこう高いのです。

男に勇気づけられて、男が一人前になろうとする。この「男のホモソーシャル」の誇り高さを眼前にして、女がルサンチマン抱えてしまうことは、けっこう起こりやすいのです。

「男性に対して差異化する」こと自体が女性ナルシシズムの根本ですから、男が「強い・前向き・他者貢献」を強調すればするほど、女は「弱い・後ろ向き・自分中心」を強調するということがあり得るのです。

この基盤にあるのは、もちろん「あれか、これか」の二者択一の発想で、これを防ぐには「男女に違いを設ける必要はない」という平等志向ですが、そうすると今度は「腕力がないし、背も低いし、声も小さいから、男と同じ仕事をまかせてもらえないから、頑張ったって仕方がない」という、本物の劣等感と劣等コンプレックスに悩むことになるのです。

だから、自分と他人を救うために、「自分自身を競争相手として、前向きに他者貢献する」という倫理基準では男性と同じだが、仕事に関しては出来ることを頑張ればいい。必要な時はハンデをもらえばいい。

我々は同じではないけれど対等である。これがモットーになりますが、現実はうまく行くとは限らないので、劣等コンプレックス(=言い訳)に逃げ込みやすい。

女心は、めんどくさいのです。つねに自分を振り返り、微妙な調整を施していく必要がある。女性は、このことに自覚的になる必要があるのです。

【GLBTはリビドー進化説がきらいです】

なお、フロイト達の時代には、女性が親から独立するということは嫁に行くこととほぼイコールだっただけで、現代にあっては、必ずしも「異性愛者に進化することをもって人格の完成とする」という説を信奉しなくてもいいのです。

逆にいえば、フロイト流リビドー進化論にこだわる人は、その途中で挫折したことにしておいたほうが(不幸自慢できるので)都合がいいから、そういう話にしてあるってだけです。

それが自分にとって、唯一の自慢の種になっているのです。

でも、この説によると同性愛者は「病気が治ってない挫折組」ということになってしまい、おおいに自尊心を損なわれるとともに、治療と称する人権侵害を受ける恐れがあるので、ゲイ・レズビアンはフロイトなんか大っ嫌い・トラウマなんか信じない人々だと思いましょう。

したがいまして、彼らの前でトラウマを理由に「私って可哀想でしょ」という顔をすると、彼らがたいへん気を悪くします。気をつけましょう。


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