プロは自虐しておりません。

  13, 2016 10:23
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榊原史保美の奇妙な解説書に漂う悲しさは、自分たちが1978年以来心血を注いで書き上げてきたものが、後から発生した稚拙で粗雑なパロディ作品と混同され、無礼なレッテルを貼られて、自虐したことにされてしまったことによります。

実際には自虐していない人々に対して、あたかも自分から言い出したかのように責任転嫁しつつ、無用なレッテルを貼ることは、差別行為に当たります。

1980年代の吉田秋生も、秋里和国も、彼女たちを売り出した出版社も、自虐語は用いておりません。また『JUNE』は、ジュネです。

榊原の本のタイトルを見たときには「眼を疑った」というのが本音です。1998年なら、すでに「ボーイズラブ」という呼称が使われていたはずですから、せめて『BL幻論』とか『ボーイズラブの系譜』とかにしときゃ良かったのです。

長い文学的伝統を誇る日本は、さまざまな時代・さまざまな地域文化の言葉を混ぜこぜにして用いることに慣れてしまっているので、本来の語義を確認することを怠りがちです。それによって無駄に議論が紛糾したり、ジョークが外人記者には通じなくて大騒ぎになったりするのです。

この「リテラシー」の時代には、旧態依然とした偏見にとらわれず、自分の眼で確かめ、自分の頭で考えることが何にも増して重要です。

説明を聞いたうえで「なるほど……」と考え直すきっかけにするのか、「でも! っていうか私の時代には! みんなゆってたし!」と叫び出してしまうのかによって、自分自身の人間性の評価が変わるのです。

周囲の人々にとっては、「みんな」を言い訳にしてしまう人物と、この先もお付き合いを続けて行くべきかどうか、考え直すきっかけになるのです。



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