Not yet, not yet. やっと観た『グラディエーター』!(*´∀`*)

  23, 2012 21:21
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お疲れ様でしたあああーーーー!!
って立ち上がって八方に挨拶したくなるような、ハイタッチしたくなるような、エキストラで参加した気分になるような。
哀感と爽快感とディテールの細かさとザクっと割り切ったストーリーと野蛮と豪華と血と薔薇と男の体臭がミックスした快作でしたね!

って今更いうまでもないですけども。

2000年度アメリカ作品。リドリー・スコット監督。「General, general」と良い面構えを並べる兵士たち、いいですな。戦争映画の格調は、やっぱ男優の動員数。相変わらず(?)主人公が直接参加していない合戦シーンの描写の細かさよ(笑) 冒頭、ローマ軍が火矢を点火して放つあたりの統制のとれた動きに生唾でたマジで(ノ´∀`*)

あの合戦場はゲルマニアですけどエンドクレジットによると撮影はイギリス南東部だったようで、やっぱりあのロケに耐えられるイギリスの国土がちょっとうらやましい。(貴族が専有してるからとかかもしれないけど) いや、それ言ったらマルタもモロッコも。もうどこまでがセットか遺跡かも分からない。

剣闘士たちを乗せた馬車が向かう道の先、はるかにのぞむ七つの丘よ、ローマの街よ。

円形闘技場の空撮には開いた口がふさがらない思いをしました。よく考えると模型とCGなんだろうけど。外壁には鳩の影が映ってましたな。
動くエキストラまでCGで描ける時代になったんだというのは『タイタニック』の頃にテレビで特集してました。あれが1997年。
と、ここで思い出すのがフェアバンクス版の『バグダッドの盗賊』、なまじ画質がよくなったせいで、トーキー映画があの頃のサイレント映画の持っていた魔術的な魅力を再び獲得するには長い苦難の道のりが(遠い目)みたいな変な感慨。

音楽は後期ロマン派っぽいのがずーーーっと鳴ってましたね。重厚なオーケストラ曲は流行りだったかな、とも思いますが、ローマの闘技場へ初入場した際の「軍神マルス」のリズム(ホルストの『惑星』より「火星」のメインテーマ)は利いてました♪

ラスボス戦(ゲームか)手前、ふいに沸き起こる宗教曲。キリスト教公認前のローマ帝国にコラボさせたら変なのが本当なのに効果抜群、すてきな嘘(*´∀`*)
血の雨のように降る薔薇、黒いダイヤモンド(亀甲隊形)、悪役のほうが純白装束。観客まであの場面だけは黒っぽい衣装でそろえて喪の雰囲気を盛り上げるのでした。

悪役を泣き虫シスコン皇帝一人に絞り込んで、なんちゃってローマ史を短い期間に凝縮したところがよいので、基本的には勧善懲悪の時代劇。主人公の妻子の扱いはあまりに気の毒だけど(´・ω・`) 

父と息子、男と女、昔の恋、家族愛、敵と味方、敵討ち。忠誠、団結。実直な将軍と嫉妬深い権力者。これといってこだわった理屈のない、伝統的な価値観で理解できる範囲の感情のやりとり。いわゆるステレオタイプなんだけどツボにはまる、と。

剣の束をまわすのは拳銃をまわすのを彷彿とさせるようでもあり。かっこいい嘘満載。剣闘士といった挙句の決着は「殴!」 もはや西部劇が難しい代わりにここで発散。
最後の台詞は「Not yet」で「まだだけどな」 未来に希望をもたせて終わりました。

ほめっぱなし。

だって難しいことないし……「他人の血であがなう自由」ってテーマも(まだ)映画としての娯楽の内だし……ものすごく豪華なセットと手の込んだ戦闘シーンを惜しげもなくほんの一瞬だけ見せる豪快にぶった斬ったような編集ぶりとか、要所要所で使われるスローモーションも嫌味でないとか、もう今更だし……1995年設立のSynaulia(古代音楽の研究・再現グループ)による当時の音楽の演奏がフィーチャーされてる(序盤の宴会シーンなどでちょっと聴ける)のも研究成果を取り入れつつ、ロマン派っぽいオリジナルBGMと両立していていい感じだったと誉めるの他ないし……

ああ、『ロビン・フッド』で言い忘れたけど、「これから戦闘に入るぞ」という場面で必ず天に向って屹立する石碑が映されてましたね。今回の闘技場にも連想しやすい形のオベリスクが画面の端にきれいに映し込まれていました。ケルトやローマのリアリティであると同時に男性性の象徴でもある、ってわざわざ言わなくてもいいですか。
女は子供とセットでした。男のナルシシズム万歳映画ですが誰も実際にはあんな暴力の世界を生きたくはないわけで、皆でいい夢をみよう。
惚れた男を最後に「故郷」(嫁さんところ)へ帰してやれたのは、女のかっこ良さでした。

『クレオパトラ』(エリザベス・テイラー主演)を観たとき思ったのが「衣装が以外にちゃっちい」
役者の体に貼り付くみたいにフィットしすぎていて量感に欠けるのですな。今回の特にコモドゥスは豪華でした。
『竹取物語』(沢口靖子主演)で言っていたのが、リアルな裳唐衣ではやはり量感に欠けるので、衣装が自立するくらいに、わざと重く大ぶりに作ったと。同じように、この作品と、あとHBO『ROME』でも(確認しようがないですけども)誇張して作ってるのじゃないかと思います。
ルッシラのドレスもなんちゃってなはずですが、テイラーのそれよりずっと納得感があり、嘘と考証の融合ってことで素敵でした。リボンでおなかの辺りを締めてたのはボンデージっぽくて色っ(以下略

テイラーの時代には歴史物を言い訳にあの当世風(60年代風)ファンタスティックを演出するのがオシャレだったわけで、80年代だと『フラッシュ・ゴードン』みたいに(一応)SFの枠組みで中世ファンタジーを語ったかな(フォン・シドーが出てるからまた観なきゃ)
1991年のコスナー版『ロビン・フッド』は、まだなんちゃって感というかお約束感(中世に関する既成のイメージをなぞった感じ)が強かったので、それから10年、もう一歩考証を進めつつ、豪華なほうへ踏み出してみたと。

「男は死に様で名を残す」って台詞そのまんまのオリヴァー・リードにラム酒で乾杯しつつ合掌。
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