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1967年9月、マキノ雅弘『日本侠客伝 斬り込み』東映京都

男には一生に一度、たった一人でやらなければならんことが、きっとある。

原案:河野英雄 脚本:笠原和夫 撮影:山岸長樹 照明:中山活雄 美術:井川徳道 音楽:斉藤一郎 助監督:原田隆司

シリーズ第7弾。西日本一帯長期大ロケーション(予告篇より)

影を利かせたオープニングが史上最高にカッコいいです。水平に構えたカメラのなめらかな移動が美しく、見せすぎ感のない編集も憎いです。

脚本が笠原の一枚看板になりまして、善玉も悪玉も男も女も帳元衆もチンピラも、粒ぞろいの名台詞ぞろい。シリーズ屈指の(以下略)

やや複雑かつ、ハードな対立の構図に、喜劇役者たちの名人芸を乗っけたコメディタッチ。エキストラを活かした風俗描写も安心・安定のマキノ構図。天津敏も今回は誇張ぎみなキャラ作りで脇役に徹しております。

今回の高倉は、まさかの子連れ狼で、まんまる顔の子役(推定5歳)が最初から最後までいい芝居見せます。

プロデューサーのお嬢さんは、前回とは一転して大活躍。清楚な町娘姿も、艶麗な芸者姿も眼に優しく、娘から妻へ変貌する演技力も確かで、やや地味な「神農」(テキヤ)の世界に花を添えております。

ごめんなさい。女って、そんな眼で見つめられると自惚れて。

ロマンスの展開が早いとこもいいです(^^) その父親役は、スキンヘッドが眩しい石山健二郎。新国劇出身者の間合いと表情の豊かさは、いつ拝見しても感服つかまつります。

永遠の大政(大木実)は、今回は「稼業ちがい」の高倉の兄貴分で、無理なく良い役。この人も不思議な個性で「この人が惚れるほどの男なら、本当にいい奴なんだろうな」っていう、主人公に説得力を持たせる名脇役なのでした。

終盤は、その主人公の紋服姿も凛々しい見せ場が連続すると、急激に男惚れ任侠劇と女の意気地が光る人情劇の豪華盛り合わせになだれ込みます。

マキノさんは、ほんと云うと男同士のなんとやらってあんまりお好きじゃないわけで、盃を交わす儀式なんてのも殆んど描かないのです。

そういう仁侠映画らしい部分は、素っ気ないほどスッ飛ばして、女優とコメディ俳優に活躍の場を与えるのでした。なんというか……京都人らしく「くさみ」をきらうというのか、照れがあるのかもしれません。

そのぶん、高倉の独演が光るわけでございまして、1967年は網走シリーズや残侠伝シリーズと合わせて8本(!)も撮ってるんですが、これは5本目。長い仁義がよく決まりました。

当初は大物ゲストを迎えて二枚看板だったこのシリーズも、高倉を「トップ」に据えた構図となって、物語の流れがシンプルになりました。途中何回か「いったん手打ち」ということになって、進行が止まりかけるんですが、急に違う話が始まるわけではなく、無理なく新展開して、一層の盛り上がりを見せます。原案もいいのでしょうが、長門の個性が得がたいです。

堅気修行のつもりが白刃の出入りという、いつものあれですが、弱い立場の町衆がヤクザ者の腕っぷしを頼りにする様子が明るく描かれており、長門ひきいる若者たちの活躍ぶりも微笑ましく、まだ笠原が任侠路線に飽きていなかったかと思われます。

殴りこみも、ほぼ高倉の眼の高さに合わせてカメラが水平移動する、珍しいくらい見やすい構図です。軍用の大型拳銃が巷間に出回っていたようです(いやいやいや)

エンディングも珍しいほど明るいものなので、仁侠映画最初の一本にしてもいいかもしれません。

【今宵切らせた封印が、俺とお前の幕開きだ】

嫁さんが献身的すぎるわけでございますが、これは当時の男性観客としても「ありゃお前、相手が健さんだからだよ」ってことで、納得して観られるものだったろうと思われます。

もし自分の嫁さんに厭味をいう奴がいたとしても、嫁さんのほうも「あたしだって健さんのためなら」ぐらいのことを言い返すことができる。旦那が「お前みたいなお多福が芸者になれるかよ」と(長門裕之みたいに)言い返して、犬も食わない夫婦喧嘩終了。

日本には「かかァ天下」という言葉もあって、強気の女性もいれば、それを認める男性も、昔っからいたのです。

1960年代は、婦人運動が(より一層)活発化した時代でもありましたが、男たちはそこへ機動隊を投入して止めさせようとはして来なかった。日本の女たちの行動と言論の自由は、基本的に保障されていたのです。

男たちのほうにも「もう戦争はいやだ」という気持ちが残っていたわけですし、すさまじい公害の被害も明らかになりつつあったので、嫁さんたちが戦争反対・公害反対・生活防衛を訴えるかぎり、一般労働者である男たちにとっても悪い話ではないのです。

運動を危険視して、代表を解雇・左遷するなどの弾圧を加えたのは訴えられた大企業と自民党なわけで、庶民vs.金持ちの対立の構図が先鋭化するから、笠原和夫のリベラル魂に恰好のネタを提供すると。

じつは橋本治がある若者から「男女交際がうまくできません」と相談されて「さっさと結婚しなさい」とアドバイスしたんだそうで、なるほど百万人の女性とおつきあして典型例を抽出するなどということをしなくても、たった一人の女性を相手に「うちの奥さんはこういう人だ」と理解すれば困ることはないわけです。さすがにゲイの個人主義は筋金入り。

一般に女性のほうが精神的成長が早いから、結婚が早ければ早いほど、よほど男が粗暴でもない限り、嫁さんのほうがしっかりしている・主導権を握っているという構図になりやすい。

1960年代というと、若者たちはフロイトとサルトルだったかな? 新左翼運動に夢中だったかな? 男女とも晩婚化が進んだからこそ、若い男性が女性を理解する機会をなくして、創作物によるステレオタイプを頼るようになったんじゃないか? これが今に至るまで尾を引いてるんじゃないか? ちょっと思ったことです。

女たちも今さら早婚化したくは(たぶん)ないので、創作物によるステレオタイプに頼らない女性理解を訴え続けていく他ないわけですが、ここで、大学における女性教員の地位というのは、じつはたいへん低いのです。

一般企業が女性の待遇を改善した後も、大学教員の出世レースにおける女性差別は残った。そのことを指摘し、変革を訴えた人がまた男性だった。女性教員はその会議に出ることさえ出来ていなかったのです。(参考:『おんなの昭和史』有斐閣選書、1986年)

というわけなので、大学の女先生たちが一般人の眼には違和感があるほど平等を訴えるとしたら、ちゃんと彼女たちなりの切実な事情があるのです。

で、無理やり映画の話に戻せば、そういう女の時代だからこそ、男同士のなんとやらを称揚する仁侠映画に人気があったのだったでしょう。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。