1966年10月、降旗康男『地獄の掟に明日はない』東映東京

  18, 2016 10:20
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きみは、それしかできないのか。

企画:植木照男・矢部恒 脚本:高岩肇・長田紀生 撮影:林七郎 照明:大野忠三郎 美術:中村修一郎 音楽:八木正生 助監督:寺西国光

タイトルは西村寿行みたいですが、荒唐無稽型ではなく、ロケハンを活かした情緒深い画面、センスの良い音楽、女優の持ち味を活かした辛口ロマンス、ハードかつ複雑な対立の構図、間合いを活かした繊細な心理描写、モンタージュ技の冴えと、まだ早い時点で既に降旗らしさ・高倉健らしさの詰まった傑作です。

「長崎に展開する、男・高倉の新しい魅力」と予告篇で言っているところを見ると、シリーズ化予定だったようで、実際には「地獄シリーズ」としては確立しなかったものの、事実上「降旗シリーズ」の1本目と考えて良いのだろうと思います。

1966年の風俗をそのまま活かした当世劇で、女性の服装や音楽が魅力的です。お話は戦争の記憶を残しつつも新聞報道と市民運動に押されて渡世がやりにくくなった「暴力団」どうしの仁義なき抗争。

白を黒と言いきれない不器用な渡世人が義理に駆られて白刃の出入りっていう、いつものあれですが、鶴田・池部・長門などを配したシリーズと違って、高倉一人を中心に据えた収斂度の高さが降旗流。

その高倉は、若さを残した35歳の男盛りで、比較的めずらしい背広ネクタイ姿を堪能できます。まさかの社交ダンスつき。意外に不器用じゃなかったのでした。着流しヤクザ出で立ちも、ちゃんと披露してくれます。やっぱり似合います。

十朱幸代の、やや野暮ったい顔立ちなんだけれども清楚な魅力を活かしたロマンスでもあって、あの高倉がスマートに女を食事に誘ったりしております(驚)

自分を不幸だなんて思っちゃいけませんわね。

三国連太郎が恐ろしいようにふてぶてしい弁護士になっておりまして、誰が悪役か分からないサスペンスの魅力もあります。

なお「法律は抜け穴がいっぱいだけど、たまたま真実をもひっくり返す実力がある世論にだけは逆立ちしても勝てないので、もっともらしい体裁を作っておく必要がある」そうです(よく聞いておきましょう)

(この当時の「世論」というのは、主婦を中心とする生活防衛運動のことなのかもしれません)

まだ若い男女のたどたどしい会話も、腹に一物どころか、三物くらい秘めた男同士の会話も、ともに味わい深いです。

侠客伝・残侠伝とも、シリーズ開始したばかりで、まだ病膏肓に入った感ではなかった頃ですが、任侠路線の要素をひじょうにうまく社会派現代劇に取り込んでおり、逆に言えば、ボートレース・市民による暴力団排斥運動など、現代にしかあり得ない要素をよく仁侠映画のプロットに落とし込んでおり、わずか90分ほどですが、密度は濃いです。



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