1968年11月、鈴木則文『緋牡丹博徒 一宿一飯』東映京都

  03, 2016 10:21
  •  -
  •  -
今さら紹介する必要もねェだろうが、矢野二代目、お龍さんだ!

脚本:野上龍雄・鈴木則文 撮影:古谷伸 照明:増田悦章 美術:石原昭 音楽:渡辺岳夫 助監督:本田達男

おまたせしましたッ(予告篇より)

さっそく、お控えくだすって、ありがとうござんす。手前ことは九州は肥後、熊本は五木の生まれ、名前の儀は矢野龍子。通り名を緋牡丹のお龍と発します。ご視見のとおりの未熟者にござんす。いく末、お見知りおかれまして、末永く、お引き立てのほど、お願いつかまつります。

シリーズ2本目。美男美女そろい踏み。名脚本家たちの黄金タッグ。構図とカメラワーク、色彩感覚もすばらしく、まばたきを許さぬ良い絵が続きます。明治の中頃、上州冨岡。日本流産業革命。東京は鹿鳴館時代だったようです。

工業化の黎明期への関心を美化することなく基盤に据えて、野上らしいハードな官能描写をアクセントに、レギュラーメンバーによるコメディリリーフ部分は手短に済ませ、暗い緊張感を漲らせた名作です。心に打てないはずの墨を打ったのは、あの人だったのか。

オープニングがミュージカル調で、珍しい雰囲気だな……と思ったら監督が鈴木則文。(あまり下調べせずに拝見します)

今まで監督としての鈴木はあまり縁がなかったので「どうなんだろう」と思いながら鑑賞しばし。

すっっっごい良いです。吐夢、マキノ、沢島、小沢、山下、加藤のいいとこ取りして、名台詞もいっぱいで、堅気衆を巻き込んだ新旧対立の構図のただ中に、お龍さんの持ち味がしっかりと根ざし、真っ赤な花を咲かせております。女侠客どうしの対決もあって、それぞれに趣向を凝らした着物を着こなし、すごく素敵です。

入魂の賭場描写があり、白刃のやり取りも多く、仁侠映画の良さに溢れております。野外ロケーションも美しく、アクションシーンは見せ方の工夫に満ちて面白いです。

このシリーズは、流れ者の位置に藤純子が入って世直し旅をしてるわけですが、いずれもお龍さんが女性であることを勘案して物語がよく出来ており、今回はとくに女同士でなければ出来ない話があって、一段と深みが増しました。

ゲストキャラクター達がそれぞれにハードな前半生を背負っていることの説明が脚本中にさりげなく仕込まれ、侠客として生きることは決していいものじゃないということを象徴する人物が二名。まだ素人気分で、お龍さんに憧れちゃう人物が二名。どうにも悪党の道を突き進む人物が二名。バランスよく配されております。

菅原文太は仕込み杖の用心棒で、危険な雰囲気をむき出しに、天津敏に仕えております。西村晃もまだ若く、これも細面の色男属性で、対比上、つらい役を振られちゃいましたが、意外なほど似合っております。足を洗ってほしいです。(具体的な意味で) 

特別出演の鶴田浩二は、物語への絡み具合がよく、ロマンスの相手ができる物腰の柔らかさと、本当に涙ぐんじゃう熱い侠気という鶴田の持ち味の活かし方では、侠客伝シリーズ・博奕打ちシリーズの上を行っていると思います。『続飛車角』の印象が最も近いでしょうか。

高倉は背が高いので、日本人離れしたヒーロー性が出てしまい、物語の焦点を持って行っちゃうところがあるんですが、鶴田は無理なくお龍さんに寄り添って、枠の中に収まっているような気がします。

天津敏は、いつにも増して悪どい役で本領全開ですが、この人の演技は常に誇張ぎみなので、今回の全体的なリアリズム志向は鶴田の存在感によるものなのかもしれません。

殴り込みに至る道行シーンは男女の情愛を忍ばせて美しく、お龍さんの髪に飾られたおリボンも可愛らしく、珊瑚玉の簪に憧れちゃいますが、殴り込みシーンではお龍さんが従の位置に入ってしまうので、ここだけはお龍さんファンには物足りないかもしれません。

お龍さんの小太刀は富田流だそうですが、鶴田(の役)のほうは独学なのでしょう。リーチの違いを考えると、最強殴り込みコンビかもしれません。このシリーズは、わりに血糊の使用料が多いのですが(「緋」だからか)、天津の最期が印象的です。

終幕も影絵のように美しく、オープニングと呼応した構成・音楽の使い方とあいまって、やや成人向けの、上品とは言いがたい悲劇的な話ながら、シリーズ最高傑作と言いたい思いで一杯です。(もとより仁侠映画は若い人に見せて真似したがらせるようなものではないです)

この暗さの反省が、三本め・四本めへ展開して行ったかと思われます。

なお、小さな子役が自然体で泣かせます。子どもと交流する絵の優しさもお龍さんの持ち味で、殺伐とした仁侠映画のもう一つの小さな花でございます。



Related Entries