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自分の跡を追いかけた1980年代コミケ参加者。

アニパロは「売れるから売る」という人に質問してみましょう。買う人は何が面白くてカネを出すのですか?

「エロいからだ」と答えるでしょう。では、なぜオリジナルよりもエロく感じるのですか?

もう、ここで答えられなくなると思います。人によっては怒鳴り出すでしょう。「昔からそう決まってるの! そんなことも知らないの!?」ってね。じつは本人の中で本末転倒が発生しているのです。

【流行の自己増殖】

冷静に考えると、「パロディのほうが過激」という根拠はないのです。

おなじ漫画家が、同じ顔をした人物を同じポーズで描いて、髪を赤い色に塗れば有名なナントカに似ている(ような気がする)が、青い髪ならオリジナルだといったとき、赤い髪のほうが過激なポーズをしているとは言えませんね? 同じに描いたんだから。

とくに小説であれば、登場人物の名前を差し替えるだけで独創作品として通用します。パロディが原作の設定・展開に依拠しておらず、原作ファンが読んだ時に「話がちがう」と驚くほどであれば、その人物名だけ変えて、そのまま出版社に投稿して、BL作家としてプロデビューしたって良いのです。

にもかかわらず、本人が「アニパロのほうが売れる」と思い込んでおり、アニパロばかり出展するから、そのブースに(友達のよしみで)並んだ人はアニパロばかり買っていくから、それを見て「アニパロは売れる」と思い込む人がいるという、鶏と卵がグルグル回っているだけです。

なぜパロディなのかと問われて、めんくらってしまい、怒鳴り出してしまう人というのは、本人の中で本末転倒が発生しており、そのことに自分で気づいていないのです。

じつは、すでに1970年代の間に、漫画・小説同人の間で、アニメキャラクターを利用した艶笑譚が定型化しており、1980年以降にコミケ(を筆頭とする同人誌即売会)に参加した子ども達は、最初からそういうもんだと思い込んだのです。

それには必ず著作権問題がついて来るので、本来はそのリスクを取る必要がないはずなのに、取られている。その不思議さを問い直すこともなかったのです。わずか5年前には、コミケというところはそういうものばかり出品するところではなかったということも知らなかったのです。

そうです。現在の出生数に倍する多子世代であり、にもかかわらず若者が行きたいようなテーマパークもアウトレットモールも無く、PCもスマホもファミコンさえも無かった時代の本人たちが「コミケ=アニパロ=エロ」だと思い込んで、先を争うように「アニパロ」ばかり選んで購入したからこそ、「アニパロは売れる」という定式が成立したのです。

自分で自分の背中を追いかけたのです。

とくにバブル時代には、桁違いの収益を挙げた同人がいたというのが語り草になっておりますが、どこまでいっても薄い本がドロンボーの商売のように「一冊じゅうまんえん」ってことはありません。すなわち、一冊500円~1000円程度のものが相当数ハケた。つまり、桁違いの人数の購読者が存在したのです。

1967年生まれが1980年に13歳。1974年生まれが1992年に18歳。この年間出生数200万人前後という驚異的な「ポストひのえうま世代」こそ、アニメとアニパロとコミケを急成長させた原動力そのものです。

だからこそ、その年齢が上がって、地元就職し、よくよく考えると毎回あの行列に並ぶ必要ないわ、もともとアニメファンじゃないしと思ってしまえば、市販文庫の時代が来るわけです。

だから、社会学者が解明するポイントがあるとすれば「流行またはデマの形成」というテーマになるでしょう。

すなわち「いかにして『物語の展開にかかわらず、アニパロとしての同人誌のみを選んで買うべき』という噂・行動が伝わったのか。いつ、オリジナル差別が始まったのか」といった辺りです。

【対立の構図はありません】

1970年代末の漫画同人界に「山も落ちもない」という言葉を紹介したとされる『らぶり』というのは、プロ漫画家数人が集まった(実体をともなう)サークルです。彼女たちが発行した同人誌は、アニパロではありません。それは「コミケ」に出展してはいけないものだったということもありません。

そもそも、1975年に開始された「コミックマーケット」とは、市販雑誌『COM』なき後(=発行元である手塚治虫の会社「虫プロ」が1973年に倒産した後)の漫画の未来を模索する、オリジナル漫画同人の集まりです。そこは、断じて最初から「アニパロ」を出品する所だったのではありません。

したがって、この頃を知っているベテラン同人は、プロを敵視していません。また「プロ=オリジナル vs. 同人=アニパロ」という対立の構図も持っていません。

1980年以降に参加した内のごく一部が、自分勝手に「同人誌とはアニパロ以外あり得ない」と思い込んでおり、プロを敵対視しており、「私たちのほうが売れている」などと異様な陰口を云うのです。

【1990年代以降の試行錯誤】

1980年代後半のバブル期には、上記の通り、コミケの出展者・来場者が急増したので、他人と同じアニパロを描いているだけでは埋没してしまうようになりました。

1990年代初頭には、凶悪事件の犯人がアニメ関連物(玩具)を所持していたというだけの理由で、メディアによってアニメファン全体が危険な存在として報道されることが流行しました。

また、社会学(のゼミ生)が女性同人作品をフェミニズム批評の素材として取り上げることが始まり、著作権問題が露見しやすくなりました。さらに、それとは別の経路によって特定作品のBL化が発覚し、原作者によって禁止が宣言されました。

市販雑誌『OUT』がアニパロ特集を組んで10年。潮時ではあったのでしょう。

したがって、とくに女性同人の制作には試行錯誤が発生し、作品が多様化しました。「天井と床」に代表される無機物の擬人化は、技法としてはパロディですが、作品としてはオリジナルです。

すなわち、著作権者は、プロ漫画家でもテレビ局でもなく、アマチュアである同人自身であり、床材メーカーの名前でも出してしまわないかぎり、誰からも親告される心配はありません。

念のため、これらは「真犯人しか知りえない事実」みたいな話ではなく、すでにネット上で公開されている情報をつなぎ合わせただけのことで、誰でも到達できる結論です。

以上のような、誰でも到達できる結論を知らず、いまだに「同人誌とはアニパロです!」と云う人がいたら、本っっっ当に1980年代のことしか知らない人です。

1970年代のことを勉強したことがない。1990年代以降の情報更新が全くできていない。ひじょうに怠慢で、情報収集力が弱く、視野がせまく、思い込みが強く、危険なタイプです。残念ながら、総合職を任せられる人材ではありません。

なお「同人誌」という言葉は、書道の会や、俳句の会も使う言葉ですから、同人誌と聞いただけで「うはッ。ヤバイヤバイ」と騒ぎ出してしまう人は、その人自身がヤバイです。

【幸福追求権】

ありていにいって、うまい同人であればあるほど、パロディである必然性はないのです。オリジナルを仕上げれば、出版界にとってもダイレクトに青田として機能します。でも、それでは困る人がいる。パロディを読みたい人です。

なんらかの動機によって「二次創作じゃなきゃダメなんだ」という若い人々の気持ちを保障するには、最終的には「幸福追求権」くらいしかないのです。パロディ作品を読むことそれ自体の価値を認めてやること。法律の話の分からない中年もと同人が「カネのため」と言い張っても、ほかのものを売ればいいだろという話にしかならないのです。

ほかのものを売られても困る・パロディが読みたいという人がいて、その期待に応えれば他人または家族の世話にならずに生きて行けるという人がいて、そのほかの人は別に怪我させられるわけでもないし家屋を奪われるわけでもないというとき、国費を投じてまで取り締まるほどのことかどうかという話でしかありません。

【差別意識】

1980年代を知る人(の一部)が、自分たちが主体となって流行させたものを守りたいと思うのは当然です。でも、そのためだからといって、他の存在を否定したり、侮辱したりするのは良くありません。言葉がきついのではありません。心が差別意識のかたまりなのです。

自分が所属している(つもりの)仲間が「一番えらい」と信じたいから、他の人々に勝手なレッテルを貼って、人格を傷つけるのです。負け犬よりマシとか、ロリ男よりマシとかいうのは典型ですね。

これ、なんなのかというと、パロディ同人(の一部)だけで「群れ」になりたいわけで、視野のせまい自己愛に基づく縄張り意識です。子どもの仲良しグループ同士の喧嘩を、コミケでやっちゃうわけです。

これを、すでに成人したベテラン同人たちが見たらどう思うか? 「ああいう中学生は迷惑だから出てってほしい」ですね。今と同じです。自分が一番同人に詳しいと思っている人は、じつは自分がその程度の存在だったのではないかどうか、振り返ってみましょう。

重要なのは、だから悪いんじゃなくて、だから自分の立場が相対的なものでしかないことをわきまえて、謙虚な気持ちを忘れないことです。ほとんどの同人は、それが出来ているから黙っているのです。

すぐに「悪いって言われたわ! 心が傷つけられたわ!」という被害妄想に駆られて叫ぶ人は、それが「不幸自慢によって他人を支配する」という自己満足を得るための癖になっていることに気づきましょう。




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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。