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ゴスロリとBLと、中年女性の少女自認。

「金髪の美少年どうしが親睦を深める横に、19世紀のフルドレスを着た美少女がいて、少年たちから同時に(妹として)愛される」

この1970年代美少年漫画におけるキャラクター構成を現実化すると、BL派の女性が豪華なワンピースを着て、おおきなお人形をかかえているという姿になります。

1992年以来、少女漫画・少女小説から独立したレーベルとして顕在化した「BL」の単行本カバー画などには、二人の男性が恋人同士のはずなのに、互いを見つめあっておらず、二人とも「こっちを見ている」というものが多いですね。

つまり、美しすぎるお兄さんたちと、読者女性の三角関係が正当化されているのです。

そう考えると、BLを読みつつゴスロリに装うという趣味の女性たちは、ちゃんと伝統を踏まえているし、自分のことをよく分かっている。センス良いわけです。

でも、こういう話を聞いていられなくて、話の途中で「私が書いた二次創作には男しか出てこないよ! だって私は母親がトラウマになっているから、女性キャラクターに感情移入できないんだもの!」と、わざわざ言ってくる人もあります。

で、ふたこと目には「私は母親がトラウマになっているから、おとなになりきれないアダルトチルドレンなの」と言うのです。

そして「私はアダルトチルドレンだから、新宿二丁目へ行って、ゲイボーイズトークに首をつっこんで、男同士の性愛にかんする質問ができるという弱者特権があるのよ」と勘違いしているのです。

だから、そういうBL趣味の女性における少女自認の源流をたどって行くと、『ポーの一族』のキャラクター構成がイメージモデルになっているという話です。

しかも本人が「私は森鴎外なんか読んだことがない。男が書いた小説じゃなくて、プロの少女漫画家の作品を読んでBLに目覚めた」というならば、当たりでしょって話です。

自分が男になって男子校に入学したいから、男が書いた話を自分のことのように感じながら読んだんじゃなくて、女流のフィルターが掛かった世界を見たってことですよね? あくまで少女漫画の一種として、キャラクター構成に少女が加わっている話を読んだってことですよね?

「少女が誰からも傷つけられないように僕らで守ってやる」という少年たちが、いつBLになるのかしら? と、ワクワクしながら読むのが好きだったんですよね?

そういう、永遠の少女と美少年どうしの三者による世界観が、一般男性の価値観からも、教育委員会のオバサンの価値観からも独立しており、誰からも禁止されないというユートピアを目指してるんですよね?

だから、「ゲイカップルとルームシェアして、彼らの子育てを手伝いたいわ」なんて夢を抱いてるんですよね?

もし、このタイプの女性が「吊橋理論で同性愛に目覚めることって本当にあるの?」と質問するならば、本当もなにも、本人が「もともとストレートだった男性どうしが同性愛に目覚めたという実例を見つけて、そういう人々と同居したい」と思っているだけです。

つまり、生来の同性志向男性が、一般男性からも、女性からも笑いものにされたり、いやらしい質問をされたりして、つらい思いをしながら生きてきたことには、まったく責任を感じていないということです。いままさに見当違いな質問をしているわけですからね。

「同性愛に興味がある」と言っても、ゲイの現実の苦しみではなく、漫画に描かれた「ストレート同士が危険をともにしたことによって同性愛に目覚めた」という奇跡の物語が好きだというだけのことです。それを「母親のトラウマ」のせいにしているだけです。

ゲイは「トラウマ」という言葉を聞いた瞬間に(腹の中で)鼻で笑っているでしょう。彼らは個人心理学の達人です。だから人生相談に乗ってくれるのではありません。女の自分勝手な屁理屈と、言い訳と、甘えを、いっさい許さないのです。

【少女プライド】

「少女というものは、男と老女の夢のなかにしか存在しない」

これはずいぶん昔から言われていることですが、これに対して「私たちはちゃんと生きているのよ」という抵抗運動をくり広げているのが現代の女性で、その象徴が「成人しても女の子を自称する」ことではないかな、と思います。

毎朝テレビでは28歳の女性アナウンサーが「私たち女の子の好みにピッタリです」とか言いながら、化粧品を紹介していますね。

本物の少女は化粧しません。男たちが愛しているのは本物の少女です。

その趣味の良し悪しは別にして、確かに1970年代以来「もう未成年ではないが、まだ大人の女とも言いきれない。親としても嫁にやるにはまだ早いと思っている」という世代をどう呼ぶかというのは、社会も、当事者も、迷ってきたのです。1980年代には「ギャル」と言いましたね。

確か「子ギャル」が高校生で、「孫ギャル」が中学生なので、「ギャル」は高校を卒業した18歳以上の若い成人のことです。

ギリギリで(ジュリアナ東京が閉店した)1994年までは「ボディコンギャル」という言葉が生きていたかと思われますが、その後「癒し」が時代の気分を象徴する言葉になると、「いやしギャル」とは言わなかったはずなので、この頃から「女の子」または「女子」という単語が流行し始めたのだったでしょう。

(遠い目をして思い返しつつ)

ま、確かにギャルというと、いかにも元気が良い感じです。女の子は、もうちょっとおとなしい。基本的な社会のマナーはわきまえている。叱られるようなことはしていないといった雰囲気。

女子というと、学童以上をイメージモデルにしているかと思われます。少しはお勉強もできる。基礎教養がある。腕力はともかく、成績では男子に負けていない。

で、その女の子または女子が「たんなる男の夢」と言われちゃたまらない。確かに私たちは男性とも、オバサンとも違う価値観と存在意義を持って生きているのよという自己主張。これが現在流行している、化粧もするし、カクテルも飲むし、自由恋愛もするけれども「女の子」を自称するという、一種の人権運動かと思われます。

それはそれで良いのです。我々は同じではないけれど対等であり、女の子を自称しつつ自由な大人の女として生きたい人には、その権利があるのです。

問題は、それを新宿二丁目(など)へ持ち込んで、「私は女の子だから、少女漫画が読めないので、ゲイに性的な質問をしてもいいでしょ?」と訳の分かんないことを言う人がいることですね。しかも実年齢は(以下略)

勘違いと、それに基づくトラブルの根っこは「短絡」です。人間の大脳は連想を働かせるように出来ており、自分を取り巻く世界のさまざまな要素間の関連性を見出すと嬉しくなってしまうように出来ています。自然科学も社会科学も、それで成り立っています。

が、根拠もなく自分勝手な思い込みで関連づけてしまい、しかもそれを利用して実利を得ようとすると、自称少女がゲイバーを荒らすとか、他人の著作権と自分の著作権を混同するとかいうことになってしまい、しかもそれを「少女の弱者特権だから配慮してくれるのが当たり前よ」という、脅迫まがいの言動になってしまうのです。

最近の若い人は、生まれた時からインターネットがあったので、自分を広い社会の目線から照射するという意識を持っており、かなりクレバーになっています。

いっぽう、1980年代フェミニズムを心の支えに、ものすごく勇気をもって社会に飛び出したつもりの(今の)中年は、人格形成期にガラケーもなかったので、そういう自分の姿を他人の目で見ることに慣れていないことがあります。

でも、若い人はちゃんと見ています。タイムラインの真ん中で、若いつもりで迂闊なことを言うと、本当に若い人から冷た~~い目で見られます。気をつけましょう。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。