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1978年~、栗本薫『グイン・サーガ』

まさかの継続中。見捨てて終わりにしたくなかった人が大勢いたのは喜ばしいことです。今回は原作者によって書かれた部分だけを基にした考察。

これは「基準をどこに取るか」によって評価が180度変わるのです。通常は「ヒロイックファンタジーだと思って読んでたら途中からお耽美ドージンシになっちまってダメだこりゃ」ですね。

でも「もともと少女時代から三島由紀夫や森茉莉に親しみ、耽美ロマンに軸足を置いていた女流が、よくぞここまでヒロイックファンタジーを描ききった」と考えると、評価が変わるのです。

1970年代には、ゴシックロマンが流行っていたわけですが、ヒロイックファンタジーというのも猿人・旧人・新人が混在していた先史時代を舞台にした古代ロマンの一種で、一見するとハリウッドふうの能天気アクションですけれども、じつは三島たち耽美派や、日夏たちゴスィーク派から真っ直ぐにつながっているのです。

三島は我々にとってこそ文学史の中の「エライひと」ですが、当時はまだ現代作家の一人という印象だったわけで、明治以来の近代文学を勉強してきて三島に至り、ゴシックロマンの流行にも触れた人がヒロイックファンタジーにも目を向けるのは、意外なようですが、自然なのです。

で、美貌の吸血鬼ハンターでもなく、アルビノの皇子でもなく、花を活けるキマイラ高校生でもなく、筋骨隆々たる豹頭の戦士が女流の筆から生まれた。

日本には、まさに三島が指摘したように、女形が剣戟ヒーローでもあるという伝統があって、女性ファンばかりでなく、男性にとっても「白面の美剣士」というのは、いい男なのです。

でも、そういう日本男性のナルシシズムの線の細さを尻目に、ウーマンリブ時代の若い女性が「海外の男ってカッコいい!」と思ったわけですね。思っただけでなく、その物語の構造が単純であることを見切って「自分にも書ける」と思った。

まだ二十代だった女流が大きく出たわけですが、「辺境篇」の出来の良さからいって、それは十二分に成し遂げられたのです。ヒロイックファンタジーの「黄昏」の雰囲気を確実につかみ、SFの素養を活かして未来と古代を倒置させた上、黒伯爵の城の描写には、ちゃんとゴシックロマンの流行も取り入れられている。それはやっぱり端倪すべからざる偉業なのです。

ただし、戦士自身の目線から、次々に冒険をこなして王になったというふうに描くことができなかった。作家自身および読者を物語世界に導入する役として、お姫様を登場させたのです。たとえて言うと、現代の女子高生が戦国時代へタイムスリップしたというのと同じです。だから、じつは少女漫画の一種でもあり、女性向けライトノベルの「はしり」の一つなのです。

【女流ヒロイックファンタジーの根幹】

おそらく海外男性が書いた正統派ヒロイックファンタジーなら、スミレ色の瞳のお姫様はゲストキャラクター扱いで、戦士は彼女を故国へ送り届けたら次の冒険に出るわけです。読者も新シリーズが始まったら、お姫様のことは忘れていいのです。また次のお姫様や遊女が出てくるわけで、第一部のあの子のことは忘れていいのです。

でも、この女流作品では描写の重点がスミレ色の瞳のお姫様に置かれている。

まだ若かった原作者は、住所としては独立していたとしても、気持ちが実家から離れきっていない。リンダ姫が親から離れて寂しがり、気丈なふりをしながらも、ふたこと目には身内(従兄)を自慢する様子は、作者および同世代・同性の読者にとって、最も共感しやすいのです。

だから、本来は彼女をヒロインとして、その成長を追い続ける物語なのです。白人男性ナルシシズム横溢する海外ヒロイックファンタジーに対して、東洋の女流が憧れと対抗意識の両方を抱いた場合、やっぱりこれが正解であり、王道なのです。

したがって、最もシンプルな対立の構図は「豹頭王 vs. リンダ女王」なのです。

魔力によって生まれたとしか考えようのない獣頭の戦士が、出自の謎の解明を求めて諸国を遍歴し、行く先々で怪物退治してみたり、庶民の叛乱に加勢してみたり、そのせいで逮捕されてみたり、脱獄してみたりと大冒険するいっぽうで、お姫様は身分違いの恋をして、引き裂かされて、結婚させられて、出産して、不倫して、政争と戦争に巻き込まれ、自分自身と同世代の若者たちによる学生運動などにも接して「身分ってなんだろう?」なんて考えたりするわけです。

描写の焦点をふたつ持った楕円形の物語世界は、やがて国境紛争から大戦争となるが、裏で糸を引いていた奴がいたので、そいつを倒してめでたしめでたし。やっぱり、こういうのが本来です。

でも、そういうシンプルな構図を取ることができなかった。お姫様にそっくりの王子様を登場させちゃったのです。

【耽美ロマン要素】

物語は、上述のように、海外ヒロイックファンタジーに対する日本の女流の愛憎なかばする思いを基盤に、「豹頭の戦士が諸国遍歴する一方で、お姫様は生地の宮廷陰謀劇に巻き込まれるという二つの焦点を持つ」というのが基本ですが……

その宮廷陰謀劇における陰の主役として、すでに辺境篇の段階で、美しい従兄の存在が暗示されていたわけです。

彼およびその配下の魔導師たちは、明らかに腕力では豹頭の戦士に劣る。まさに日本男性の線の細いナルシシズムの象徴であるとともに、そっちを応援したい日本女性の判官びいきの象徴でもあるわけです。

だから、古典的な海外ヒロイックファンタジーには決して登場しない「女装もするが、剣技の達人でもある」という青年が新シリーズの主役になるのは、理にかなっているのです。

アラカンや長谷川一夫や中村錦之助を現代的に美化して、洋風の鎧を着せると、クリスタル公になるわけで、ここまでは日本の男性読者も楽しく読める。ただし、豹頭の戦士とまともにぶち当たったら勝てない。だから頭脳戦になる。

よって、グインが大暴れを続ける一方で、見た目には優雅で華麗だが、なんか陰湿で気が滅入るような陰謀劇というのも、もともと用意されていた要素だったのです。ただし?

本当にリンダ姫が王位継承者である場合には、公爵は王配となって、自分の息子をさっさと即位させて、摂関政治をやればいいだけのことだから、陰謀劇にならない。

もし、公爵自身に人気がなくて、ほかの貴族が王配候補に挙がっているのを陥れたいとすると根暗な陰謀劇になるのですが、作者・読者の憧れの焦点として最高度に美化された本人が作中世界においても堂々の候補者ナンバーワンだから、そういう陰謀劇にはならない。

たとえ北方の国に征服されたとしても、その解放戦争の立役者が公爵であれば、めでたしめでたしなだけで、陰謀劇にはならない。

公爵が征服者を出し抜く話は面白く読めるわけです。陰謀といっても、祖国解放の明るい未来を志向している。そこへお姫様が帰ってくれば、結婚式となって、命の恩人である豹頭の戦士が王になった国と友誼を結んで長い平和が実現されました、と。

北方の征服者を悪役にした、比較的単純な話として、長編といっても20巻くらいで終わった話です。実際、多くの読者がパロが独立を回復するまでは付き合ったでしょう。

原作者はミステリ作家でもありますが、じつはミステリというのはホームドラマの一種であって、物語の舞台がひじょうにせまいわけですね。その素養を活かして、征服者の寝室を中心にした騙しあいのエピソードは面白く書けている。

ただし、お姫様の弟がいるわけです。

1978年は、少女漫画の一種として、いわゆる「少年愛の美学」を主題とする作品が次々に連載開始した年でもあって、美少年という要素は最新流行だったのです。が、辺境篇のキャラクター構成としては明らかに余分です。これを活かすには? 公爵の陰謀の動機。

公爵は、お姫様を嫁さんにもらって終わりにしたくなければ、王子を騙し討ちにする他ない。自分で手にかけては国民の信を得られないから他国を手先に使って、その混乱に乗じて暗殺すると。

でも王子のほうが明敏で、そういう陰謀からさっさと降りて、継承権を公爵または姉に譲り、自分は旅に出てしまい、吟遊詩人として獣王にくっついて歩いたということなら、それはそれで物語が終わるのです。

ただし、これをやるには、早い段階で王子に音楽の才能がある様子を描くとともに、王位には執着していないこと・身分制社会に疑問を抱いていること・世界を見て歩きたいといった意見や希望を述べさせておく必要がある。

でも、王子が公爵の能力と人気に瞋恚の炎を燃やして、王位に執着し、人格をおかしくして行ってしまい、ついには身内まで手にかけた挙句に、べつに無理して征服しなくてもいい砂漠にまで兵を進めたというなら、暗い話だが、筋は通っている。

で、レムス一世による中原統一と砂漠への進軍というモティーフは、たしか辺境篇の段階で示されていたことを思うと、基本プロットはちゃんと出来ていたのです。こう考えると、キャラクター構成にも無駄がない。

ただし、これはレムス一世による統一の犠牲となって、競合する権力者が次々に滅んでいくという暗い話になるのです。しかも豹頭王の立ち位置がハッキリしなくなる。異常な統一の野望に取りつかれた若き王を、かつての命の恩人が諌めて改悛させ、一緒に旅に出るということなら、まァそれでもいいけれども。

【判官びいき】

問題は、統一の犠牲になった人々の描き方だったわけで、本当は戦争で負けた組は全員処刑がいいのです。なぜなら、再興を期して残党が旗揚げした場合、最後に笑ったのはこいつらだったという話にしないと、収まりが悪いからです。

でも序盤に登場させた美少年に存在意義を持たせるために、この子を統一者に決定しちゃったから、他の勢力は「せっかくまた出てきたけど、また負けちゃいました」にしかなり得ない。

でも、それでは子ども向け戦隊ヒーローの悪役みたいに滑稽な役回りになってしまいます。それを避けたいなら、二度目はないのです。男装の麗人には華々しい戦死を遂げさせるべきだった。

傭兵のほうは、公爵に較べて自分にはなんの実力もないことに気づいて酒に溺れた挙句にまだ若くてわりと可愛い顔してるので男娼として魔窟に身を沈めていったということなら、それでもいいのです。

読むほうにとっては処刑よりも無残に感じられ、読み続けることができないので、用済みになったキャラクターをフェードアウトさせる方法の一種です。

百歩譲って、昔馴染みの中年男が魔窟へ乗り込んでいって、地回りと乱闘して助け出してきたという後日談をつけ加えてもいい。ただし番外編です。限定発売でもいい。予約制にしてしまえ。

これも「中年男は元々その気だったが、青年が少女と交際しているので遠慮していたところ、世界中が彼を見捨てた後になって真心を見せた」という話なら、男性が読んでも感動的なエピソードたり得るのです。ただし早い内に伏線を張っておく必要がある。

実際には青年が(急に思いついたように)自分から慰めを求めて身近な中年に色目を使うようになったという描写だったので、一般読者が怖気をふるってクレームしたところ、原作者が「同性愛を差別するのはよくない」って反論を書いたら、本物さんから「一緒にするな」というクレームついたっていうややこしい経緯があったそうで、個人的には「言葉の上では同性愛にゃ違いないよな」とは思うんですが、ストレート読者にとっても、ゲイ読者にとっても「途中で目覚める」ってのは困るのです。

とくに「人生の敗残者がホモになる」って偏見の助長につながるのは、なんとしても当事者が困る。

さかのぼって、間違いの元は「負けたキャラクターを温存する」という判官びいきというか、女流の弱点だったのです。

アシモフあたりだったら、平気で30年くらい物語をスッ飛ばす。女流はなかなかそういう思い切りができなくて、誰も決着がつかずにダラダラ続く物語になりがちなのです。何本もの少女漫画が無期限延長化している通りです。

本来は「征服者をも手駒の一つとして操る野心的な大貴族による陰謀劇」ですから、征服者が滅んだ以上は若き王と大貴族の一騎打ち。もう一人の筋肉質なヒーローは、漁夫の利を得ようとするタイプではないから噛んで来ない。だから、あくまで中原の花の内部抗争で、常識的に考えれば、陰謀をめぐらせた本人が(ばれたので)自裁して終わる話なのです。

百歩譲って、国がまっぷたつに割れて、若き王のほうが亡命するんだけれども、どうしても公爵のほうは王位簒奪者という汚名を着ることになるから、やっぱり最終的にはこれをバッサリやって「終」と。

いやなら、やっぱり少年王が勝負を降りて、獣頭王とともに無限の彼方へ旅に出ると。

結末が見えたところで、その通りに階梯を踏むことをためらったのが間違いの元なんだけれども、ここで唯一弁護できるとすれば、まさにその「キャラクターへの思い入れを優先して、思いつくままに書く」というスタイル自体が、あとに続く若手をすごく勇気づけたということはあるのです。

おおきく立ち戻って考えてみれば、公爵ではなく双子にとっては伯母(叔母)にあたる女性が自分の夫や息子を王位につけようとして暗躍する後宮ものにすることもできたのです。

が、そうではなく、女流が圧倒的に逞しい戦士を描くかたわら、美少年・美青年をも描くと。少なくとも、辺境篇がお姫様を便宜的な主人公とした少女漫画構造を持ったヒロイックファンタジーなら、陰謀篇は耽美的なキャラクター構成による古今東西まれに見る宮廷陰謀劇だったわけです。

この長編と並行して、初期のBL専門誌(ともいえる)『JUNE』誌上では、他の女流による実際の歴史に取材した長編が何本か成功し、アニメ化などにもつながったわけで、『JUNE』自体が1978年の創刊ですから……

こっちを読んで「私も美青年が活躍する歴史的な物語を描きたい」と思った若手女流が『JUNE』を登竜門にしたと考えれば、たんに和製ヒロイックファンタジーとして金字塔であるばかりでなく、耽美的な要素を強調した歴史ファンタジーという、日本の女流からしか生まれ得ない分野における偉大なランドマークであることも、やっぱり確かなのです。

今後の展開としては、次世代の女流にまかせっぱなしにすると、またキャラ萌えに付き合わされるだけで終わっちゃいますので、基本プロットを大きく書いて貼り出しておくのがよいでしょう。




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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。