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1983年、降旗康男『居酒屋兆治』東宝

あんたァ我らの青春の、その、シンボルじゃないですか。

製作:田中寿一 原作:山口瞳(新潮社刊) 脚本:大野靖子 撮影:木村大作 美術:村木与四郎 音楽:井上尭之 編集:鈴木晄 照明:安河内央之 助監督:桃沢裕幸 題字:山藤章二  

女は料理する男が好きなのです。女の仕事を男らしい潔癖さで黙々とこなす男が好きなのです。昭和58年度文化庁芸術祭参加作品。

というわけで、女の時代の健さん。洋画『フラッシュダンス』が流行し、アニメの女たちもレオタード姿でエアロビしていた頃、日本の生身の女はこんなでした。中年刑事の台詞に「愛してるとか、日本のおじさんは言わないよ」と苦笑しつつ。

山藤の題字を線で囲って、文芸書の表紙みたいなタイトル表示が印象的です。お話もまさにその通りの私小説ふうで、開始1時間たっても大筋が見えないほどの日常ドラマぶりですが、伏線は序盤から丁寧に張られており、じわじわ来るので頑張りましょう。

どうしても寒い国から離れられない男たちが函館の片隅に集まって、橘だったり花田だったりした兄貴が赤提灯のオヤジになると、確かにこんなふうだろうな感いっぱい。ロケハンの美しさ、音楽の美しさ、役者の顔を大写しにした深みのある心理描写、アクションシーンの迫力。高倉&降旗コンビ円熟の境地。

森谷作品とおなじ「高倉健でもないことには2時間もたない」という崖っぷちの大勝負ですが、ちゃんと仁侠映画の蓄積を活用するのも降旗流。健さんはやっぱり眼光するどくて、にらみ据えられたら抵抗できません。カメラはド正面に対象を捉える安定の木村構図。

設定自体は珍しいほど最初から最後まで堅気ですが、どうもこう「おかげさまで足ィ洗うことができました。いちど店のほうにも顔出してやっておくんなさい」「おう、寄らせてもらうよ」みたいな。いい感じに渋くなった風間さん(違)池部さんがキャスティングのトリで、ちゃんと物語転換のキーパーソンとして機能してるところが嬉しいのでした。

男の稚気と友情を誇張して描くのは女流の習性なわけでございまして、恋人どうしのように親密な男たちに絡んでいく女の鬱屈したナルシシズムがまたいかにもめんどくさく、ああ良くも悪くも80年代の女流だなァ……と。足元を見られたような気恥ずかしさを覚えつつ、逆に考えれば、これは女流にしか描けない。いや原作は男性なんですけれども。

笠原和夫あたりは、女のなかで何が起きたのか、理屈がよく分かんない時があるわけですが、これはまァ、言いたいことは分かるのです。むしろ、分かりすぎてめんどくさい。ヒロインばかりでなく、ほかの女たちの内面で起きていることも、ちゃんと辻褄が合っているのです。

男同士はどうかっていうと、これはまた男の筆にまかせると、俺の眼を見ろなんにも言うなになっちゃうわけで、こんなふうに語り合わないのです。「たまにはちゃんと礼を言ってほしい」ってのは、女の一つの理想ですからね。長いこと高倉の横で演じてきた田中邦衛がたいへん嬉しそうに演じてますが、ほんとうに素で嬉しかったんでしょう。キャンプの場面は高倉のほうも若き橘が戻ってきたみたいで、観てるほうも気持ちいいですね。

女の時代といえば、背景群像として80年代の風俗が盛りだくさんに観察できます。ナイトウェア(ベビードール)みたいなヒラヒラしたミニスカートが流行っていたもようです。顔も映らない体当たり演技の若手女優たちは、悲しいと言うべきなのか、青春のいい思い出なのか。たぶん、女優にしてあげると言われてスカウトされて、脱がされただけだったという人は大勢いるのです。

この年に20歳だった人は1963年生まれ。18歳なら1965年。「ひのえうま」の前に生まれた人が、よくも悪くも本当に80年代を満喫したと言えるのかもしれません。若い奴らの遊びとして、「ディスコ」の他にはドライブとゴルフが挙げられております。貿易黒字時代……。

石野真子の幼な妻はたいへん可愛らしく、意外に毅然としているという表情も頼もしく、あの歯並びの悪さが昔はチャームポイントだったのです。(漫画雑誌『花とゆめ』でも、ちょうどこの頃に酒井美羽が幼な妻物語を連載していましたね)

大滝秀治は高倉にとって演じやすい相手のように思われ、本当にリラックスしているようです。

じつは、たぶん池部はやりにくい相手なのです。演技の質が違うというのか、微妙なギャップがある。でも見た目に(ここへ来てなお)美しい二人です。

大原麗子は、十朱幸代とはまた違う影のある美しさで、恨みを含んだ眼差しが白い炎を噴くごとくです。なお、居酒屋のカウンターには面白いメンバーが顔をそろえております。この頃こういった遊びが(アニメでも)流行りましたね。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。