ちょっと休憩:『清盛』を最初から観直しているんだ。

  29, 2012 18:24
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オンデマンドで一気視聴中。暴挙っちゃ暴挙。いま第12回「宿命の再会」が終わったとこ。

もう今からでもいいからタイトルを『源 義朝』に変えようぜ。
そしてナレーションは玉木でいいよ。「この世の中を俺が面白くしてやる from 相模国」でいいじゃん、もう。

……って気分になった……

なにしろ、あの途中で息切れしてるようなナレーションやめて。なぜ「頼朝による過去語り」という額縁構造を採用したんだ。「登場人物が無駄に多い」感を増すし、「はみだしかたがハンパなかった」など変に冷静・冷笑的な表現が、どう考えても事件をリアルタイムで目撃している緊張感・高揚感に水をさすんだ。

そして何かにつけて「わが父」っていうから、平家物語といいつつ源氏物語になっちゃってるし。(源氏一門の物語という意味)
なんで知盛に語らせなかったんだ……いっそ建礼門院でもいいや。

女性ドラマとして観ると面白いんだけどねェ。女性の心の機微、および男女の情愛を描いたエピソードは、まとめ方が上手く、気が利いていると思う。

スローモーションを多用した演出も、音楽もメロウだし。まったりとテンポが遅いのは、元々アクションものではないので、しかたがない部分もあり、眠いっちゃ眠いけども、「観ちゃいられねェ」と思う男性と、「ロマンだわ」と思う女性とで違いが出るところかもしれない。

役者の顔は端役に至るまで男女ともいいし、装束・背景が美しいし、NHKだから当然といえば当然ながら、下ネタに走らない明るいコメディタッチの演出は、女性好みといえるでしょう。
しかも男の友情の描き方はBLくさいし。(一生そばにいてくれとか言わないよ普通)

どうも女性キャラクターは、現代的な実在感にあふれているけれども、男性キャラクターがステレオタイプというのか、すぐカッとなってケンカする奴らばかりで、マンガ的だ。女が思った通りの反応を返してくれる、女が言ってほしい台詞だけを言ってくれる理想の恋人といってもいいかな。

主婦狙いで平日のお昼にでも放送したら、もう少し数字が取れたかもね(´・ω・`)

(以下、主人公に関する不満点)

なにしろこれほど主人公のキャラが立ってないというのも珍しい。主人公の理屈と行動に一貫性がないのも珍しい。

「面白くする」と言っているだけで、「お父さんの海賊退治はすごいなぁ」「兎丸がフリマを開くのは良い思いつきだなぁ」と横で眺めてるだけだ。

せっかく高階通憲のような友人がいるのに、通商にも興味があるのに、外国語や経済や政治や歴史を勉強するわけでもない。何か起こるたびに義清に解説を求めている。
そのくせ、どこから発想したのか分からない近代的な平等意識、市民的な正義感にあふれ、いずれ政権を取る「つもり」だけ、ある。

ベルばらのオスカルは、ルソーなどの啓蒙思想書を読んでいて、父将軍に叱られたものだ。

片や清盛っちは、父上の本心を知り、人物に感じ入って、その後継者としての自覚ができ、「当面は権力に取りいって高い地位にのぼることが将来のために必要だ」と理解したかというと、北面に仕え続けているくせに、小汚いままだ。反抗的なままだ。

人格者の父が院宣を偽造したことを知って「あの父が」と驚くこともなく、「俺もそのくらいズル賢くならないと」と思うこともない。(そもそも忠盛が人格者なのかズル賢い人物なのかもろくに描けてないんだけれども)

いつの間にか子宝にも恵まれたが、父親としての自覚が以下同文。

雅仁親王とのご縁も出来たっちゃ出来たのに「彼を利用して平氏一門を盛り立てて」という発想がない。
「頼りになる御仁なんてどこにもいなーい」と自分は何もしないでふてくされている。
視聴者に「やっぱ天下を取る男は若いときから頭いいな!」と思わせるところが皆無だ。

最初はバカだったが武力一辺倒で頑張ってる内に、時代の流れに乗って、登りつめてしまった、というならそれもよい。でもそれなら、本人は中途半端な理屈を言わないがよい。

仮にも帝に向かって「俺は武士として生きていく覚悟を決めて、面白く生きてる」と怒鳴り散らしたが、すでにその時点で武士の本分を守っていない(爆)

自分は北面の武士としての決まりも、一門の誇りを背負ってる(からバカはできない)ことも無視して、一門にもいちいち盾つきながら、他人のやってることを眺めてきただけだろ、お前。

矢継ぎ早に繰り出されたエピソードが、主人公の成長に寄与していない。「これがきっかけで人が変わったのか」という納得感、伏線が回収された感がない。十回以上も我慢して付き合ってやったのに、作中でも何年も経っているはずなのに、全然進歩がない(´・ω・`)

また、見た目が「いつまでも無頼漢きどり」であることによって、時間の経過を表せないので、「あの平太がこんなに立派になって」「両親のエピソードも、もうずいぶん昔のことになったんだなぁ」という視聴者のノスタルジー、ここまで頑張って観てきて良かった感が得られない。

そら愛想つかす視聴者もいるわ。

義清もあれだった。「俺の知っている義清はそんな男ではない!」って言い散らかしたが、じゃどんな男だったかというと、ちょっと顔と頭が良くて、貞淑な嫁がいて、世渡りがうまかったってだけだ。

どうも「殴りあう男たち」「権力者にも臆さず物申す主人公」など、一見してカッコイイ場面を作って、つなげてるんだけど、そこへ行く道筋を描く時間がない模様だ。ブツ切りなのだ。
宮廷と武士の様子が交互に描かれるのは退屈しなくていいんだけども。

とばたまも、水仙一輪求めて地面を這いずりまわるほどの情愛が通じていたように前半で描けていなかったし。のりたまも、のりの一方的な盛り上がりについて行きにくい。たぶん(NHKでは難しいが)濃厚な恋愛描写に時間をかける必要があったのだろうけど、ぜんぶ後から「実はそういう気持ちだったんです」と台詞で説明するらしい。聞かされたほうは「ふーーん」って感じ?

そのくせ女性だけが登場する場面は長く、女性陣の長台詞は近代的な人物批判に富み、もってまわっており、解釈が難しい。
「とにかくあの女が憎たらしいのよ!」という言い方をしないで、「あの人を苦しめ、この人を苦しめ、だから私が罰を与えて差し上げるのです」と自ら第三者目線的な解説を述べてしまう。

いっそ「天にかわってお仕置きよ」くらい言ってほしかった。

ほんとは視聴者に投げちゃって、視聴者が「中流出身の得子っちは、白河院に育てられたお姫様である璋子にコンプレックスがあるんだな」と判断すればいいだけのところなんだけどね。

たまこっちが自分を責めて出家につながるのも、あの時代なら「美しさゆえの、にょしょうの罪業の深さ」みたいなこって充分でしょう。
(そこを現代的に言い直すと、ああなるのかもしれないけども)

そして「王家」だ……。

個人的にはベルばらの「王家の犬! 王宮の飾り人形!」へのトリビュートではないかと思っている。
思想的・政治的にどうこう言うより、単純に脚本をややこしくしている。

「王家または朝廷に不満がある僧侶による強訴」などと言われても、日本史の用語としては耳慣れないことと合わせて、「どこが違うの?」って余計な疑問符を生む。

内親王(=女性)や、比較的下位の皇族は、政治に直接かかわらなかった訳だから、朝廷=帝ご本人および藤原家などの高位貴族であり、王「家」、ロイヤル・ファミリーという必要はない。

退位したはずの上皇が、帝を差し置いて政治を行なっているというダブルスタンダードを指して批判するなら、単に「まつりごとの乱れ」でいいだろう。

事件の陰に女あり。女の陰に男あり。

政治の乱れも不景気も疫病も崇徳帝の怒りも清盛の台頭も、「白河の血の呪い」でまとめ上げているところは、フィクションとしてはきれいだが、後味は悪い。
またフィクションらし過ぎ、こじつけ感が強い。全てのキャラクターが「みんな白河が悪いんだ」というコンセンサスを共有している。ファンタジーにおける「ラスボス」扱いというのか。

白河院のたまこっちへの劣情が、ややこしい事態を生み、次の上皇と帝の対立を生み、お世継ぎ騒動を呼んだわけだが、お世継ぎ騒動自体はもっと前からあったことだしねェ。

そして、たまこっちの「罪」とは、「愛を知らなかった」という述懐と合わせて考えれば、「愛してもいない白河院に抱かれたこと、きちんとお断りできなかったこと」に尽きるようだが、関係を強制されたことを自らの落ち度として悲劇感の中で女王として死す、というのが……現代にも通じる女性の在り方への皮肉、というように考えなければならないとすると、えらいややこしや。

そしてもういっそ、そこまで白河院に言及するなら、あの妖艶な白河院を「恐怖の大王」「魔王」的イメージ映像として、再出演させてください。ふははははははは。

とかほざきつつ、13回以降を一気視聴へいってきますーー(なんだかんだ言ってはまっている)(NHKはオンデマンドで何回再生されたのか発表するといいと思う)
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