ポット出版『「オカマ」は差別か』再考。

  06, 2016 10:21
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伏見憲明主宰のトークライブは、すこたん企画(当時)に対する欠席裁判の意味を持ってしまっており、はたから見てもあんまり良い話じゃないのですが、伏見自身はよく分かっていて、参加者が攻撃的な気分にならないように笑いに紛らせているのです。

ほんとは、それまでの間に一回もコミュニティ内部で話し合いができていなかったのが問題の根本で、コミュニティの全体責任なんですが、もとより「ホモ」自認の男性陣は「おかま、ゲイボーイと一緒にすんな」と思っている。

逆に「おかま、ゲイボーイ」自認の男性陣は「あたし達のほうから問題提起なんて(怖くて)出来ないわ」と思っている。

だから、アメリカの運動がどう展開しようが、日本ではコミュニティ全体を「ゲイ・リブ」運動としてまとめることさえ出来ないという時代が長かったのです。

まさに男尊女卑が繰り返されているわけですが、ここで婦人運動の闘士が「私たちの時代にはね」と思い出話をしてやることはできますけれども、あくまで参考程度にしかならない。

ゲイアートの方向性が変わったのは1985年以降、田亀源五郎の登場によるというのが定説のようですけれども、実際には水面下で共有されてきた作風を、彼が漫画という形でポピュラーにしただけであって、それ以前からご自身のことをホモともゲイとも云わずにトム・オヴ・フィンランドなどを愛好し、コミュニティを形成していた御仁は大勢いらした(に違いない)のです。

だからこそ、絵画や映画や服装や乗り物の趣味が異なれば、おなじ同性志向というだけでは話が通じない。ストレート女性同士だって気の合う人と合わない人がいるわけで、彼ら同士も話し合いの場など持ちようがなかったのでしょう。

彼らは基本的に新宿二丁目へ「飲み」に来ているのであって、毎日討論会を開きたいわけではないのです。

で、伏見のトークライブに戻ると、さんざん出尽くした挙句に結論は「個別対応」である。逆にいえば、誰かが代表として権力を握ることを避けたい。ストレート社会側も我々に対して「どうせみんな何々じゃん」という偏見を持たないでほしい。

全員の一致した意見は「個でありたい」という逆説だったのです。

「名指した時点で差別」であって、個に対して集団を表すレッテルを貼る必要はない。ホモともゲイとも呼ばれたくないし自称したくない。本音はそうなのです。

ただし、ストレートから差別される、生命・生活上の不安があるというとき、なんらかの団体名を名乗って認知運動を起こすということになる。その際、誰が代表になるのかという話だったのです。

これは簡単に「伏見派 vs. すこたん」といった対立の構図・権力争いに発展する危険性があって、トーク参加者はそのへんよく分かっている。個別対応を望むというのは、セクト化・内ゲバを避けたいという意味もある。

ここで本来の問題に戻れば、東郷が自分で「オカマ」と名乗るなら、それは彼の名前のようなものであって、たとえば自分で「ゲイアーティスト」と名乗る人があれば「伝説のゲイアーティスト」と呼んで差し上げればいいでしょうし、同じ理屈によって東郷のことは「伝説のオカマ」でいいだろうと思うものです。

「それは俺たちのことか!?」って人は、話をずらそうとしてるですね。

ポット出版の本には、終わりのほうに、『週刊金曜日』担当編集者だった女性の長い弁明文(クレーマーへの手紙)が掲載されており、担当者は担当者なりに「けり」をつける必要はあるから、それはそれでいいんですけれども、もう伏見たちが問題視した時点で、ポイントはそこじゃなくなっていたのです。

誰が我々の代表になるのか? 誰が他人の気持ちまで代弁する権利を持つのか?

あの時点でクレーマーが云ったことは、たんに「俺は(東郷と一緒に)オカマと呼ばれたくない」という自己主張だったのです。誰もあなたのことまで呼んでませんよ、といえば終わりだったのです。本来は。

今ならツイッターでひと晩のうちに決着するような話なんですが、誌上討論が数ヶ月も続いた時代だったのです。ほんの15年くらい前のお話。




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