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若い人を偏見から解放するための話ですから、中高年の過去自慢は無用です。

当方は、自分がいつBLに目覚めたかという自慢話をしているのではありません。

自分より年下の男性たちが「女性の好奇心の被害に遭っている」と訴えているから、もともと女性の創作物は(鑑賞上の自己満足を志向したものであって)そのような迷惑行為を意図したものではありませんと、女性に向かってご説明申し上げているのです。

ですから、こちらが1970年代の話をしているからといって、対抗意識に駆られて1980年代の話を始めなくていいのです。

また「私は女性キャラクターにも感情移入できるのよ」と自慢しているんでもありません。

1992年までは、少女漫画と美少年漫画が同じ雑誌に掲載されていたのだから、両方読んで(よく覚えていないが)どっちもそれなりに面白かったと感じた人が大勢いたはずだと指摘しているだけです。

いっぽうに「よい指導者にめぐり会って国際的に活躍する」という幸運かつ努力家の少女の話があって、他方に哀れな少年の話があって、同じ雑誌で両方読んでいたから、バランスが取れていた時代があったのです。当時の雑誌という「文献」によって確認できる事実を述べているだけです。

だから、あわてて「でも私はできません!」と叫ばなくていいのです。感情移入できない人を責めているのではありません。あなたが被害妄想を持つ必要はありません。あなたがいちばん目立ちたがる必要はありません。

昔は少女漫画と美少年漫画が共存していたことを指摘するのは、迷いを生じている若い人々のためです。

他人の言うことを真に受けて「私はBLが読めるから、もう少女漫画を読んではいけないのかな?」なんて思っちゃってる人です。

この少子化時代に、たかが最近になって発生した偏見を若い読者みずから取り込んでしまい、「BLを好きな私は、もう何々できないんだ」と自分で自分に限界を設けてしまい、引きこもって行くなら、社会的損失です。

BL読者だからといって、べつに興奮して自己主張する必要もありません。わざと悪い言葉を使う必要もありません。同人活動は非行ではありません。

昔の学者・評論家が言ったことを真に受けて「確かに私はお母さんがトラウマだ。ふつうの人生は無理なんだ」とか思い込まなくていいのです。

世界中で、たいがいの女性が母親とは気が合わないと感じています。生まれ育った時代と、生きてきた年数が違うんだから、価値観が違って当たり前です。

だからといって、BLを読む必要はありません。逆に少女漫画を読む必要もありません。過激なものを描かなきゃダメなのかなと変なプレッシャーを感じる必要もありません。表現は自由です。

世の中には(昔から)自分については偏見を持たないでほしいと要求するくせに、他人については偏見だらけで、若い人を傷つけようとする中高年がいるのです。

自分では配慮しろだの遠慮しろだの協力しろだのと要求するくせに、若い人の声は認めないという変な人がいるのです。

そもそもBL・同人について偏見を広めたのは、現象を部分的に観察して、マルクス主義的バイアスの掛かった言説を広めた研究者・評論家たちです。逆に同人のほうでそれを真に受ける人もいるのです。若い人が引きずられる必要はありません。

まずあなた自身が偏見を「持たない」ことを始めればよいのです。

BLしか読めない人を増やすより、少女漫画も買ってくれるお客さんが増えたほうが出版界にとっても有難いはずです。女性同人が(しのぎのために)男性向けも発行しているなら「そちらも頂きます」という女性客がいてくれるほうが、「男性向けなんか描いて裏切者」と言われるより良いはずです。

自分を性的マイノリティ当事者だと勘違いして、ゲイバーへ乗り込んじゃう人を防ぐためでもあります。

だから、自己紹介欄にも申しております通り、他から与えられる偏見も、それを自分で取り込んでしまった自虐もなくなるといいと思うものです。

【モラトリアムから氷河期へ】

膨大な人数を誇ったポストひのえうま世代(1967年から第二次ベビーブーム終了までに出生した多子世代を便宜的に呼ぶ私的造語)は、ありていにいって、人手が足りたのです。

「就職面接で寿司をごちそうになった」式の武勇伝は、迷信によって出生者が少なかった「ひのえうま」(1966年)の出生者が大学4年生として就職活動した時期がバブル絶頂期に当たっていたからで、それを真に受けて「楽勝」と思っていた後輩たちは、自分の同級生の人数が桁違いに多いことを忘れていたのです。

ただでさえ就職難が予想されるところへ、バブル崩壊が起きたから、ポストひのえうま世代の後半組が就職氷河期当事者となったのです。

それでも医師などは常に人手不足ですし、公務員なども一定の採用枠を取りますから、就職できた人もいたわけです。でも採用試験のために勉強していなければ不合格で当たり前です。

社会状況と自分の事情が重なって、不本意な人生ということになってしまった人にとって「お母さんがトラウマで女性キャラクターに感情移入できないからBL同人にならざるを得なかった」と言っておくことは都合が良かったのです。賢い処世術の一種たり得たのです。でも、もう通用しません。

若者の人数が減ってしまったからです。BL読者だからといって、劣等コンプレックスに浸らせておくわけに行かないのです。たかがBL、たかが創作物に足を引っ張られてる場合じゃないのです。BLくらい読んでもいいから、普通に就職してください。一生パロディ同人で食っていけるなんて甘い夢を見ないでください。「なめるな」と思ってる同人なら、ごまんといます。

【同人がいちばん驚く】

女性の漫画同人またはBLファンの一部が「ノンセクシュアル」を自称するのは、実在男性からの性的いやがらせ(しつこいナンパなど)を牽制するためです。

BLファンは男性の肉体に強い興味があるから誘いに乗りやすいとか、本人が男性的だから割り勘してくれるなど、一部に偏見が生じているそうなのです。

それに対して「私は漫画の男性にしか興味がありません。実際の男性とはお付き合いしません。声をかけても無駄です」という意味ですね。

自分自身が実在の同性志向男性に依存するためではありません。

ゲイはストレート女性のための安上がりなホストではありません。同伴気取りで付きまとう相手ではありません。彼に声をかけたくて来店する御仁もあるはずですが「なんだい、あの女は?」「この店ももう終わりだな」ということになりやすいのです。

本当にゲイの人権を尊重するなら、ストレート女性が自分を優先してはいけません。

また女性の漫画(またはライトノベル)同人の一部が自虐したのは、著作権の絡みがあったからで、プロなら似たようなものを描いていても自虐していないのです。

これは漫画・小説作品に直接あたってみれば分かることで、歴史的事実です。プロの作品が雑誌掲載される際のキャッチコピー、単行本が出版される際の帯・新刊案内フライヤー・店内ポップなど、どんな資料を引っ張り出してきても、出版社・書店が自虐語を使っていることはありません。

歴史的に後から生じた概念や呼称を、先に存在していたものに適用して、まるで元々自称していたかのように見せかけてしまうのは、歴史の歪曲であり、証拠の捏造ですね?

また自称していないのに「何々作家などと呼ばれる人々の抱える問題を云々」というのは、自分勝手に他人に無用なレッテルを貼って差別しておいて、当事者に差別される悲しみを白状させたという、きもちの悪い構図に過ぎません。

読んだ人が一緒になって「悲しい」とか言ってる場合じゃありません。差別の構造、自分自身の甘えの構造を見抜けない日本人の心こそ問題視したほうがよいでしょう。

が、少し前まで「二次創作の著作権」という話題自体がタブーだったので、社会学者・評論家などもこの視点を持つことができなかったのです。

で、アマチュア未成年者によるパロディと、とっくに成人したプロを混同して「男性中心社会に不満を持っている少女が男性に皮肉を言っている」とか「自ら男性化を望んでいる」というフェミニズム批評的非行少女論に流れやすかった。フェミニズム批評そのものが流行っておりましたしね。

(批評の世界にもトレンドがあるのです)

社会を研究する社会学者が社会の実情を見誤り、みずからの錯誤に気づくことが出来ず、偏見の助長に手を貸してしまったのなら、罪は深いと言わねばなりません。

が、同人が自分から「じつは私たちが悪いんです」と言うわきゃありませんね? 誰しも自己決定権というものがあって、自分にとって不利な証言はしなくてよいことになっています。

というわけで、同人が「ノンセクシュアル」を自称するのも、評論家の勘違いによる「なんとか少女」または「なんとか女子」というレッテルを論駁せず、そのまま使用し続けるのも、処世術の一種です。「そういうことにしておいてくれればいいです」というだけです。

ので、自分から新宿二丁目(に多いとされるゲイバー)へ乗り込んで「私は母親がトラウマになっているから過激BLしか読めない実年齢不詳の『ノンセク少女』だから、ゲイの仲間に入れてもらえるのよ」って言っちゃう人がいると、誰よりも同人が驚くのです。

「本気にしちゃったの?」って。




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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。