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1949年3月、黒澤明『静かなる決闘』大映

それは僕の罪でもなければ、僕の欲望の知ったことじゃないんだ。

原作:菊田一夫「堕胎医」より 脚本:黒澤明 撮影:相坂操一 美術:今井高一 音楽:伊福部昭

煙草が男の最高の小道具だった頃。アプレゲール黒澤は、アプレゲール三船を使って「性」を話題にできるようになりました。若い時から声が良かった敏郎は、横顔も水際立っております。志村とは背丈がつりあって、親子役に相応しい名コンビ。音声も画面も機材がだいぶ良くなりました(涙)

なお念のため、くわえ煙草の不良医師のデカダンな日常という話ではございませんです。それはそれで観てみたかったけど、黒澤には無理だな……といった余計な感慨は置いといて。

伊福部音楽が不安を掻き立てる豪雨の南方戦線。ヘッドライトに浮かび上がる赤十字マーク。撮影の工夫が光る男だらけの戦場から、女性の住む世界へ還ってきたんだけれど、この違和感をいかにせん。アプレゲール女性の果断さよ。

カメラの間口がせまい代わりに奥行きを活かした撮影と徹底的リアリズム志向の美術がいかに見事でも、役者が下手なら話にならないのが映画。今回も女性陣のナチュラル演技が(地味に)光ります。ロマンス映画の一種ではあるんですが、黒澤が書くと、ふた味ちがう。

職業倫理と、それを最優先する高潔な心が生んだ悲劇は、時代状況によるものでもあり、男と女(と男)の普遍でもあり。主人公の聖性と人間性の葛藤というお話でもあって、特殊例のようではありますが、おそらく戦後3年くらいの間に日本各地で似たような「戦争が男女の心身に残した後遺症」というべき事例があったのです。

6年ほっとかれて処女のまま老成したお嬢さんの鬱屈した情熱が切なくて、こんないい男をのがしたかないですな。

寡黙な男心。泣くにも怒るにも、皮肉をいうにも男心を代理するにも、際どい質問するにも事務的に愛を語るにも雄弁な女心。

こうしてこうしてこうなったという語り口がたいへん良いので、予備知識なしでまずは御覧になってみる価値は高く、あらすじは言ってしまわないほうがよいと思われますが、決闘の相手は病原菌であったり、異性であったり、同性であったり。すべての背景に厳然と存在する戦争という異常事態であったり。

苛立ちを強める雨の音、胸の不安な高鳴りを暗示する車の排気音、平和の象徴のような音楽の皮肉、新展開を告げる丘蒸気。秘密の会話は建物が安普請なので……(^^;)

日本映画における音の使い方の細やかさは、虫の声が雑音に聞こえるという外人さんとは違った脳の性質によるものでしょうか。

根本のテーマは黒澤流人間賛歌であって、勧善懲悪の一種でないこともないので、基本的には安心して御覧いただけます。

人間って、うつむいて歩いたらダメですよ。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。