1946年10月、黒澤明『わが青春に悔いなし』東宝

  24, 2016 10:21
  •  -
  •  -
華やかに見える自由の裏には、苦しい犠牲と責任があることを知れ。

製作:松崎啓次 脚本:久坂栄次郎 撮影:中井朝一 美術:北川恵司 音楽:服部正 演出補佐:堀川弘通 照明:石井長四郎

敗戦の翌年にこれを撮る度胸。黒澤には「鼻がきく」というところがあったように思われます。オープニングには錚々たる出演陣が名を連ねております。黒澤の名は監督ではなく、「演出」と表示されます。

「満州事変をキッカケとして軍閥・財閥・官僚は帝国主義的侵略の野望を強行するために国内の思想統一を目論見、彼等の侵略主義に反する一切の思想を「赤」なりとして弾圧した。「京大事件」もその一つであった。この映画は、同事件に取材したものであるが、登場人物は凡て、作者の創造である。」

だそうです。なお漢字は新字体に改めさせて頂きました。ベタっちゃベタな冒頭の注意書きに時代を感じつつ、藤田進の学ラン姿にはちょっと無理あるかなと思いつつ。

ときに、昭和8年。クラシック音楽とパーマネント・ウェイヴが女を飾っていた頃。ここはお江戸を何百里。くれない燃ゆる丘は風雲急を告げ、さみどり匂う大学自治は騎馬警官の蹄に踏み荒らされるのでした。

けれども、じつはその京大事件の陰にあった、原節子の果断な現代女性的な魅力を活かした女性映画であり、青春映画なのです。すでにこの当時「青春」という言葉の適用期間が30歳くらいまで引き伸ばされていたようです。

黒澤明にとって、女性の美しさとは?

原節子という人は、能面のような美女というと誤解がありそうですが、女性の能面というのは、じつは目も鼻も大ぶりにできており、唇もぽってりと厚く、意外なようですが、生命力にあふれた、気骨があるといってもよいような造作をしているものなのです。

で、原節子という人は体格もよく、能面のような圧倒的な美人で、可憐・清楚な妹キャラではもったいない。演技度胸も良いわけで、その熱さ・強さをガッチリ受けとめられる男のほうが少ないんですけれども、三四郎(違)進はなかなかお似合いのようです。

撮影はきれいで、女性が悩む姿を細かく編集したり、時の流れを季節の変化や時計の振り子で表したりするのが、いくらか洋画ライクで、黒澤節だなァと感じられることです。録音にやや難があって、フィルムが廻る音を拾っちゃってるような気がします。

前半では日中戦争当時の東京がモダンで豊かな生活をしていた様子が伺えます。後半は水田の作り方が分かります。コメという作物が人口を養う能力は、主食にされる植物の中でも桁違いなのですが、栽培の苦労もまた桁違いなのでした。

ロケを多用し、男優にも女優にもリアルで汗水たらさせる黒澤映画は、役者にとって得がたい体験に違いなく、一本撮り終わる頃には、作中キャラクターとともに役者自身が成長を遂げているように思われます。

また、カメラというのは面白いもので、映し出すだけのことによって諷刺の意味を持つのです。娯楽のない田舎者の差別意識や、都会のインテリの虚勢を目の当たりにした観客たちは、自分はどちらの味方か? という判断をせまられるわけですね。

この後、「レッド・パージ」ということは続くわけですが、日本の「プロレタリア人民」は戦争中は軍部にだまされていたと言い張るようになり、親の金で大学へ通う若者たちは寒い国での革命から30年も経ってからマルクス主義に夢中になり、やがてプロレタリア人民の名において老幼を人質に取ってカネを要求しちゃう犯人グループになってしまったりもしたのでした。

そして農村婦人の自由化は、未曾有の高学歴社会と、母性を閑却した産業戦士の育成に再組織されていったのでした。革命が成功した国はどこにあったのか。我々は自由になったといえるのか。



Related Entries