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1948年4月、黒澤明『酔いどれ天使』東宝

きったねェ天使だな。

製作:本木荘二郎 脚本:植草圭之助・黒澤明 撮影:伊藤武夫 美術:松山崇 演出補佐:小林恒夫 照明:吉沢欣三 音楽:早坂文雄 ギター独奏:伊藤翁介

1948年東京案内。塵埃を浮かべて淀んだ水溜まり、闇にまぎれて肉体でかせぐ女たち、侘しく響くギター、いきなり嘘をつく三船敏郎。黒澤さんとの初仕事。

その実体は、マキノ流喜劇もこなす志村喬の演技力の幅が知れる、無精鬚の不良医師の熱血な日常という物語。「のんべェの医者」というキャラクターの原型かと思われます。

珍しい釘もあったもので、志村のふてぶてしいナチュラル演技と、リアルで敗戦直後の苦味走ったニヒリズムの中に若い不安を湛えた三船がよい対比です。切れ長の目が美しいです。黒革のコートが似合います。花も似合います。おしおきしてあげたいです。木暮実千代はどこへ行っても悪い女の役。千石規子には個人的に共感度高く、セーラー服の久我良子がすっごく可愛いです。

『昭和残侠伝』で「新しいマーケットを造る」ってのやってましたが、そのマーケット(商店街)のにぎわいが見られます。相変わらず音の使い方がうまいです。(※観る順序が逆)

笠置シズ子がご本人出演で、ストーリーから浮いているほどワイルドです。エラ・フィッツジェラルドなどのジャズシンガーをイメージしてるのだろうと思われます。一部の女性は戦前からたいへん元気よくやってたのです。三船も魅力的なダンスを披露してくれます。

アプレゲールな夜の街には、かつての敵性国の軽快な音楽の響きと、洋酒と煙草と、きついパーマで髪型をこしらえた女の脂粉の香りと男のポマードの匂いと恋の駆け引きという、生の喜びが満ちていたようでございます。

が、志村のほうが医師ということは、必然的に……なわけでございまして、不安を秘めていた物語は賭場から急展開するのでした。

そして水はよどみ続け、虚ろな胸に音楽は突き刺さり、任侠映画だったらそろそろ殴り込みモードに入る頃合なんだけど、結末どうつけるのかなァと変な心配に駆られつつ。

「日本人の悪い癖だ」ってのは、井上梅次監督『暗黒街最大の決斗』で鶴田浩二が言ってた(そちらの鑑賞記はまた後日)んですが、悪い日本人代表として諷刺するためにヤクザを登場させるってのも面白い現象で、やっぱり「義理と人情」が日本人であることは、ドライなアプレゲール監督たちも認めているわけで、挙句に役者たちは、きっちりと日本人らしく、体当たりで(映画そのものに対する)義理を果たすのでした。

象徴表現がうまいのはいつものことですが、珍しく幻想的・前衛的な場面もあり、クローズアップ画の編集も冴えており、無音の間を活かした場面もあって、話法の点で面白い部分が多い上に、テーマ性が強く、物語のまとまりが良いという、傑出した一本だと思います。

音声がちょっと荒れてしまっており、志村の熱演を聞き取りがたい箇所もありますが、黒澤映画最初の一本に良いかもしれません。(いまさら)

なお、卵は一個18円でした。18円の価値がいまとは違うことを考えると、むしろ割高でしたね。このあと、今度は三船さんがお医者さんになるのが本当の順番です。

さらにまた……(以下、より詳細なネタバレ要素を含みますので未見の方はご注意ください)




ミッキー・ローク主演『レスラー』について、プロレス興行の残酷さを訴える映画だという見方があったようですが、その伝でいくと、これは「ヤクザ組織の壊滅を訴える警察的プロパガンダ映画」になります。

が、もちろんそれだけではないですね。根本的なテーマはもっと大きく、『三四郎』の頃から変わらず、ヤクザであっても誰であっても、自分自身を甘やかさないこと・本当の課題から逃げないこと。

そう思えば、酒をやめられない医師にもブーメランしてくる。彼は父権中心社会代表のように怒鳴ってばかりいるけれども、男女同権を口にし、体を張って女性を守るとともに、本人の自覚をもうながす。

そのくせ自分はどうなんだ、と観てるほうは、やっぱり言えてしまう。

また、医師はヤクザ世界の約束事の本質も近代的あるいは現代的な眼で見抜いてしまう。でも、それは本当は三船演じるアプレゲールな若者こそが持たなければならない視点ですね。

そう思えば、批判する者と批判される者が通常とは逆転しているから、戦前から映画を撮ってる人による「いまどきの若者は情けない」というお説教だと受けとることもできる。

さらにまた、結局のところ若い女性がいちばん立派だから「ほら、ごらんなさい!」と女権論的に興奮することもできる。よくある男性の自虐ジョークのパターンに落としてしまったということもできる。

そのうえで、やっぱり映画であり、お芝居ですから、駆け出し俳優の体当たり演技に対して「よしよし、よくやった。ほめてつかわす」っていう要素もあるわけですね。

もちろん女性(またはゲイボーイ)が「やつれた姿に母性本能刺激されちゃうわ」と言ってもいい。さらにまた敢えて言及すれば、独身の男性医師が自分のもとに身を寄せた女性と仲良くなった様子がなく、若者に妙に感情移入しているということは……と勘ぐることもできる。

一般観客にとって「それは考えすぎ」という要素ですけれども、おそらく同性志向の方にとっては、たいへんロマンチックに感じられるはずです。(淀川長治が『太陽がいっぱい』にそういう感想を述べたけれども、あまり受け入れられなかったという映画評論業界的逸話がありますね)

さらにまた、マーケットの雑踏は、復興への希望に満ち溢れた明るいラストシーンのようでもあり、商売の後の不要物を商店街の背後の水たまりに捨てて顧みないように、もともとは格差社会(端的には戦争)の被害者であったはずの若者を捨てて顧みない庶民根性を皮肉っているということも、もちろん可能です。

だから「もっとも根本的には戦争批判映画だ」ということもできる。

その水たまりに面して暮らしている医師は、戦後の繁華街に対して「頼もしい」という気持ちを持ちつつ、冷たいものだという非難の気持ちも持っている。脚本=演出(=監督)=観客の目線代表ですね。

いっぽうで、この水を飲んだら腹をこわすぞと言っている以上、衛生上よくないことを分かっているんだけれども、環境改善のために立ち上がり、自治体にかけ合うなんて運動するわけではない。無理なことはしない。ふたことめには「一杯のませろよ」と、自分もちゃっかり生きている。

けれども、監督自身はこのあと、みずから病原菌と闘う医師の姿を撮ったり、水爆実験の被害者の話や、衝動的殺人の被害者(の遺族)の話を撮ることに進んでいくわけで、その萌芽が見えるという言い方もできるし、ここで結局のところ自虐で済ませてしまったことを反省したのかもしれないということもできる。

映画評に正解はないというより、すべて正解なのです。ある見方をとる人が、ほかの見方に対して「私だけが正しい」という権力争いを売ることほど虚しいことはありません。

……と、ここまで書いた上でですね……。

あんまり言われちゃうと観る気がなくなる・観てもいないのに他人の受け売りで裁断してしまえるということもあるわけで、個人的には「まずは男優萌えから観る気を起こして頂いて、意外なほど感動してしまった自分を発見した」と仰って頂けるのが一番いいなァと思っております。




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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。