Misha's Casket

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1963年3月、黒澤明『天国と地獄』東宝・黒澤プロダクション

商売ってことは百も承知だ!

脚本:小国英雄・菊島隆三・久坂栄次郎・黒澤明(エド・マクベイン作「キングの身代金」より)
撮影:中井朝一・斉藤孝雄 美術:村木与四郎 照明:森弘充 音楽:佐藤勝 監督助手:森谷司郎

石山健二郎が出てると聞いて。見た目が印象的すぎて刑事には向かないような気もしつつ、「ボウスン」って二つ名がお似合いです。坊さんじゃないです。

煙草が男の小道具として、すこぶる効果的だった頃。菊千代はたいへん立派なお父さんになりました。今回の仲代さんは全力で三船さんを応援する会の会長。

開始30分の心理劇は、印象的なカメラワークから始まって、ものすごいテンポで進みます。俳優大熱演ですから観客も頑張りましょう。相変わらず立ち位置とカメラは計算され尽しているようです。

1963年当時の風俗をそのまま活かした現代劇で、弱音器をつけたトランペットが沁みるようにスーツ姿の男たちを彩りつつ、ロカビリーも流行り出していた頃のようです。犯罪劇ですが、残酷シーンはありませんので、安心して御覧ください。基本的には刑事たちの正義感を描くお話です。

大きく分けて三部構成。実証主義的不条理系心理サスペンスですから細かくは申しませんが、脚本は濃いです。撮影も濃いです。ビジネスと犯罪捜査の細部の再現に徹底的にこだわった真リアリズム無双。

むずかしい選択をせまられる(第一部の)主人公に対して、命令も意見もいえる立場にはない公僕たちは、カメラの焦点を外れているようで、その無言の芝居がたいへん重要なわけでした。

仲代は『炎上』では色悪でしたが、ここでは純朴なまでに真っ直ぐな警部役がよく似合います。三船さんも大きい男だと思ってたけど仲代さんのほうが少し背が高いんだなとか、この頃の仲代さんは森雅之に印象が似てたんだなとか、本筋に関係のないことを時々思いつつ。

腰越方面のロケハンお疲れ様でした。ここだけはカラーで見たかった気もします。特急列車はまだしも、自動車の中から進行方向を見た撮影はめずらしく面白いです。みっちりと捜査員が詰め掛けた捜査本部は、たいへんリアリズム重視なんだけれども、そこはかとなく「おかしみ」の要素もあるところが黒澤流ですね。前衛的な黄金町描写は、マジ怖いです。

というわけで、バランス良く盛り沢山。緻密という言葉が最もふさわしいかと思われます。なお、尾行チームには花を買いに行くような美男か、女性捜査員を一人入れておくといいようです。

クライマックスに甘い音楽を持ってきたのも憎いところで、ここでプレスリーの唄った歌詞を思い出したほうがいいのかどうかと迷いつつ、自然はこんなに美しく、音楽は心地よいのに、男たちは何やってんのか。

憧れと憎悪は紙一重。自負と怨嗟は裏表。競争心の根ざすところは、争う相手を必要とする寂寥。自分より高いところにいる者を妬む心は、自分より弱い者を利用した挙句に、足元をすくわれるのでした。

サスペンスなので細かくは申しませんが、犯人の心理は見ているだけで手に取るように分かるわけで、新左翼運動が燃え上がる直前の社会における、学歴の高い者の才能の無駄遣い的な危うさをよく表現した脚本の整合性の良さはもちろん、犯人役の終幕演技は特筆せねばなりませんでしょう。山崎努の若い頃ですよね?

そうだ、権藤さんの縫った女靴を履いてみたいです。



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