男同士の相合傘は。

  08, 2016 10:24
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寂しいものだが、俺たちみたいなヤクザ者に女がついて来てくれないのはしかたがないから、寂しい者どうしで仲良くやろうぜ。生きてる甲斐もないから、このまま親分の弔い合戦にでも行くか……

ってのは、ストレート男性の感覚なのです。男同士は切ないってのはストレート男性の感覚なのです。ここ重要なのです。

もし同性志向の男性が、絶対数の少ない同性志向男性の中から一生の相手を見つけるという奇跡に近い僥倖を得たら、頭の中がお花畑になっちゃうくらいハッピーだし、「もう厄介事には一切まきこまれずに静かに平和に暮らしたい!」と思うのが当然なのです。

だから彼らは女性の人生相談も受けたくないのです。もし女性が「ホモにさえ相手がいるのに、私に恋人ができないのはどーーして~~?」というなら、彼らとしては「気が利かないからだよ。いま正に俺たちの邪魔をしていることが証明してらァ」というだけなのです。

これは女性のほうで気をつけましょう。それ以上の優しい言葉を期待していましたか?

ゲイは女が「姑がうるさい」などと愚痴をいっても「適当にさぼっちゃいなさいよ」なんて言ってくれません。「姑さんの先手を取って、完璧な嫁になりなさい」というだけです。

つまり「自分の怠け心は自分で面倒みなさい(俺らんところへ持ちこむな)」というだけです。

彼らは、まず普通の男性です。きちんと産み育てた高齢の女性には敬意を払うのです。お年寄りを大切にするのです。しかも怠け者の嫁より男の味方です。きちんと働いて家計に給料を入れているストレート男性を尊敬しているのです。

だからこそ「あまり大きなことは言えない」という気持ちがあって、一般社会に対して控えめにしている。そこへ独身女性に甘えられても困るだけなのです。

彼らは何十年も前から「俺らの結婚を法律的に認めてほしい。できれば育児もしてみたい」と思っているだけであって、独身女性と連帯したいとは思っていないのです。

レズビアンが彼らと同席できるのは「同性婚したい」の一点で共闘できるからです。「でも私は誰とも結婚したくないし~~」という人は、お門違いなのです。

【吊橋理論を質問する相手はストレート男性です】

女性が「モテない男同士、または女性との交際を禁じられた男同士という人生の崖っぷちで互いの肉体を慰め合うことってあるの?」と質問するべき相手はストレート男性です。

ゲイではありません。彼らは女にモテないからやむを得ず寂しい男同士でくっついた連中ではありません。

ストレート男性同士がやむを得ず互いの肉体を慰め合っているうちに癖になってしまったと考えると「萌える」というのは、まったくもって、その女性自身の嗜好です。

「ストレートがホモになる」という漫画が面白すぎて、ふつうの(ホモにならない)男と交際しても面白くないというのも、その女性自身の都合です。

ゲイは無関係です。

嘘八百が描かれた漫画を読んで一人で興奮した女性が「漫画みたいなことって本当にあるの?」と質問すれば、ゲイは「変な女だなァ」と思うだけです。

女性が「女にモテないかわりに男がほしくなることってあるの?」と質問したいなら、オタクくんに訊いてみればいいです。

彼らは「男にモテないかわりに女がほしくなることってあるの?」と切り返してくるでしょう。

女性が「お店のお客さんと本当の恋愛関係になってはいけない代わりに同僚と慰め合うことってあるの?」と質問したいなら、ホストクラブへ行きましょう。

だってストレート男性にそんなこと言ったら怒って殴りかかってくるかもしれないし、かっこいいホストに嫌われちゃうわ、だから代わりにゲイに訊いてやるのよというなら、まったくもって女性の自分勝手でゲイを利用しているだけです。腹の底で「べつにゲイに嫌われたって関係ないし」と思っているだけです。

彼らはそれがいちばん迷惑なのです。ストレート男性の代用品として女に利用されることがいちばんきもち悪いのです。

ゲイがいちばん嫌がる質問は「吊橋理論で同性愛になるの?」です。

彼らは絶対に「ホモになる」という話を認めません。認めれば、彼らは「治療」と称する人権侵害を受ける恐れがあるからです。人生の途中で「なった」ものなら、別の刺激を与えれば治るだろうと考える人が必ず出てくるからです。

だから、彼らは「生まれつきだから、ありのままに認めてくれ」という主張を人権運動の基盤に据えているのです。それさえ理解していない人は、性的マイノリティの仲間ではありません。

「性的マイノリティを自称すれば、ゲイと会話する権利がもらえる」とかなんとか勘違いしちゃっただけです。

【「私もセクマイ」と言った時点で終わってます】

本当は誰からもゲイともホモとも呼ばれたくない。自称もしたくない。自分は自分だから、レッテルには違和感がある。ひとまとめに「LGBT」とか言われると腹立つ。名指した時点で差別だ。

これが同性志向男性の本音です。

彼らに向かって「私もセクマイだから、ゲイと弱者同士の連帯できるじゃないですか~~」って言っちゃった時点で、こいつなんにも分かってないと思われるだけです。

これはですね……。「同人誌ってゆぅのは、アニパロよ。それはエロに決まってるのよ」とか言っちゃう人には分かりにくいことなのです。「後から入ってきて勝手なことを言わないでほしい」という不快感が分からない人には、分からないことなのです。

自分で自分にレッテルを貼って、他人が確立したイベントに後から便乗し、「カネもうけしてやろう」と思っちゃう人には分からないことなのです。

1970年代について知ろうともしない後発組の自称「同人」は、他人の人権運動にも便乗して「私もセクマイじゃないですか」と言えば、ゲイと遊べると勘違いしちゃうのです。

1980年代に「アニパロ」と呼ばれる分野の創作同人活動が急成長したのをリアルタイムで経験した人は、いま40代です。同世代の同性志向男性は、当時から新宿二丁目に通ったり、店員として働き始めたりして「勘違い女が増えたなァ」というのを見てきています。「なにがセクマイだよ」と思っています。

著作権についても、人権運動についても、自分の立場と権利を勘違いしないように、気をつけましょう。




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