Misha's Casket

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1945年9月、黒澤明『虎の尾を踏む男達』東宝

行く末こそ、大事じゃ。

製作:伊藤基彦 脚本:黒澤明 撮影:伊藤武夫 美術:久保一雄 録音:長谷部慶治 照明:平岡岩治 編集:後藤敏男 音楽:服部正 合唱:ヴォーカルフォア合唱団

旅の衣は鈴懸の。旅の衣は鈴懸の。黒澤流和風ミュージカル。ブラボーな一本。

黒澤映画はいつも音楽の使い方がうまいんですが、これを観ると『おしどり歌合戦』みたいのもやりたかったのかなと思われることです。

露けき袖を絞るのは、すんごい豪華な出演陣。鬚づらが眼の保養。これを終戦直後に撮れたのか? と思ったらやっぱり撮影は戦中で、公開はいろいろあって1952年4月だったんだそうです。撮影所の近所で撮ったという裏話が微笑ましい冒頭ロケ以外はスタジオ撮影。松が生えてます。がんばりました。

まずは禁欲的なはずの山伏に似合わぬ豪放な笑い声によって、もとは磊落な東武士であることを表しているのでしょう。そのままだとドキュメンタリーになっちゃいますので、目線の主はコメディリリーフの強力(ごうりき)。加賀の住民のはずですが、チャキチャキのべらんめェです。エノケンの名人芸を確認できる比較的入手しやすい資料かとも思われます。監督は喜劇王に終盤で独擅場を与えております。

藤田進の富樫は、もうぜったいに悪い人に見えません。長袴ではなく具足を身に付けているところが黒澤流リアリズム。いちばんカッコいい台詞は再現しないでおきましょうね。しびれてください。

そしてやっぱり芝居の後ろに鶯の鳴き声が聞こえ続けるのが日本流。

それにつけても、これは一体ぜんたい、エノケンのコメディアンぶりを観ればいいのか、大河内はなかなか本格的だなと感心して観ればいいのか?

大河内自身は変わったことはしてないわけで、なんなら能役者がそのまま演じてもいい役。「物着」の場面に女声まで投入したオペラ仕立てにしたのは監督のアイディアなわけで、これを戦時中に企画したこと自体にいちばん洒落が利いてるんじゃないかと思われます。

どっちがいいとか、どっちが正しいとかではなく、両方が協力しあったところに新しい面白さが生まれ、多様な価値観の容認が生まれるのです。

こういうのは本職と熱心なファンの間でもまた温度差があるもので、「やるならもっとちゃんとやってほしい」という伝統芸能ファンは必ずいるはずですし、そのいっぽうで、セルフプロデュースでオペラっぽいのを「やる」って言う本職もまた何人かいらっしゃるかもしれません。(わりと意欲的なのが能楽界)

しかも、高いところから狙ったり、細かく編集したりするテクニックは、たいへんに映画的なのでした。

ただし観客が歌舞伎または能楽を知っていることを前提にしており、現代人には字幕が必要じゃないかと思われるほど台詞が難解な場面もあります。逆にいえば、伝統芸能を知れば知るほど面白いです。

もし外国のお友達が歌舞伎や能楽に関心があって、そちらの劇場へご案内したことがあったら、こちらも見せてあげてください。

初公開当時の映画館では、ラストシーンで明るい笑いが沸き起こったことと信じます。



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