1948年10月、伊藤大輔『王将』大映

  14, 2016 10:21
  •  -
  •  -
死んだらあかん、死んだらあかん。

企画:奥田久司 原作:北條秀司 脚本:伊藤大輔(「映画芸術」版) 将棋指導:八段升田幸三 撮影:石本秀雄 録音:海原幸夫 音楽:西悟郎 美術:角井平吉 照明:湯川太四郎 編集:宮田味津三

「大映京都が全機能を挙げて秋のシーズンに贈る北條秀司(ひでじ)原作『王将』は、名匠伊藤大輔が満々の野心とともに放つ必見の名篇。キャメラはベテラン石本秀雄。本年度映画界の王座を狙う感激の力作。

日本映画の至宝、阪東妻三郎が水戸光子と組んで畢生の名演技を示す、清らかな涙と笑いの最高傑作『王将』は、全映画界の面目を双肩に担って、いままさに完成せんとする」(予告篇より)

映画は大映。昭和23年度芸術祭参加作品。ニュース映画ふうの早口な予告篇は、名にし負う大上段ぶりですが、これが作品の真っ芯を言い当てております。

なによりも阪妻渾身のスーパーナチュラルアホ演技を観る映画。明治39年、大阪。お素人衆の名人、坂田三吉。草鞋を編むことと将棋を打つことしか知らない、元祖アホの坂田。

丘蒸気の白煙にまみれる天王寺のビルの裏の長屋はスーパーリアリズム貧乏暮らし。マット画に浮かぶネオンサイン(どういう仕掛けなのか)に表示されるのは「ライオン歯磨」。

小津の『生まれてはみたけれど』で、子どもたちが「歯磨きはライオンから取れるのかな」って言ってましたが、これのことなんですね。(余談)

序盤が貧乏すぎて、嫁さんが献身的すぎて、若い女性には観てるのがつらいかもしれませんが、ギクッとするような撮影の工夫、場面転換の工夫、構図のアイディア、カットバックなどの編集技法はもちろん、倒置法や音声を利用した語り方のテクニックに溢れております。将棋極道の生活はスーパー貧乏ですけれども、映画としてはものすごく贅沢に作られていると思います。

例によって芝居の背景に街の音がにじむ日本映画的テクニックも全篇に横溢して、時代考証と情緒作りを支えております。「ジンタ」の入り方が絶妙です。時の流れを祈りの声でつないだ中盤もにくいです。どんどんよくなる法華の太鼓とは言ったものです。

菊岡医師を演じる小杉勇が独特の演技を見せます。志村喬に似てるかな? 関根名人を演じる滝沢修が美男です。

で、アホの坂田三やんですが、藤山寛美は「喜劇として演じている」という芸風で、それが味なんですけれども、こっちはちょっともう本気で腹立てたくなるくらいナチュラルにアホです。真に迫るって言い方がありますが、肉迫どころか完全に一致です。役者魂ってこういうのを言うのだろうと唸るばかり。

水戸光子は、大きな目がちょっと哀しそうで、この時代らしい良い女優さんです。娘役の奈加テルコちゃんがたいへんお利口さんで可愛いです。

あまりにも忌憚なく撮られた貧しさに、観客も一緒に耐えさせられるわけですが、これがあるから後半の感動があり、ライバルだった男たちの共感が美しい場面を作るのですから、頑張りましょう。

なお、村田英雄の歌唱で有名な歌謡曲は、もっと後のものなので、主題歌はないです。終盤で女声による『箙』が聞けるのが珍しく、魅力的です。


Related Entries