あんたから同人の後輩たちへ言ってやってくれ。

  15, 2016 10:24
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1970年前後に生まれて、1980年代にアニパロ同人やっていた、またはアニパロ同人作品のファンでコミケに通っていたという人は、1990年代に成人すると同時に新宿二丁目に迷惑をかけた世代に当たります。

自分自身ではなくても同世代の誰かがやったということです。今ごろになって自分がそれを真似することが適切かどうか、まず考えましょう。

現代のゲイバー経営者およびゲイリブ運動の責任者は、自分とおなじ40代である可能性が高いです。彼らは同世代の女性を強く警戒していることでしょう。

さすがに店のカウンターに座ってしまった客に向かって「出ていけ」とは言わないでしょうが、女性自身が人権運動家または性的マイノリティ当事者を宣言してしまった場合には、もうお客さんではありません。

ゲイの仲間になったつもりで人権集会・討論会などに出席すれば「そこんとこ、ストレート代表としてどう思いますか?」という質問の矢面に立たされる可能性は高いです。

「なぜ女性は俺らを結婚させないわけ? なぜ女性は同性愛に理解があるとか言いながら、いやらしい質問ばかりするわけ? なぜ女が書いたものには男同士は異常だって書いてあるわけ? 本当に理解があるなら失礼なことは言えないはずでしょ?」ってね。なんと答えますか?

「えっと~~、それは~~、プロの場合は編集がチェックしてくれるからいいけど~~、同人の場合は自分で注意できないから~~」

彼らは「じゃあ、あんた自身が同人の世界へ戻って、後輩たちに注意してやってくれ。それがあんたに出来る俺たちのための人権運動だ」って言うでしょう。

「だ、だって私はあなた達のための人権運動には関係ないわ。自分のための人権運動をしに来たのよ」って言いますか?

だったらゲイの集会に参加する必要はありません。ゲイの間に割り込む必要はありません。自分の仲間を集めて同人誌を発行すればいいだけです。

【ノンセク同人誌を発行しましょう】

同人誌とは、アニパロではありません。そのように勘違いしているのは、一部の「にわか」同人だけです。

ノンセク同人誌というのは、職場で失礼なことを言われたという手記や、周囲はガールズトークといいつつ男性との性的体験の話ばかりしているので私には友達が少ないといった告白や、それを元にした漫画をまとめて発行すればいいのです。全国から「私も」という手記や、漫画が投稿されて来るでしょう。

男性恐怖の原因が性的被害なら、鬱病・引きこもりを併発している可能性も高い。治療には費用が必要だから公的補助があれば有難い。母親がガミガミ言い過ぎたことが原因なら、「産みやすい社会を」と訴えるフェミニストに協力をあおいで、育児方法についても啓発してもらいましょう。

同人(会員)から署名を集めて政府・自治体へ提出するといった活動もできる。メディア取材を受ければ認知が広まる。それが本当のマイノリティの表現の自由です。

現代では「異性と交際する必要を感じない」という若い人が多いので、一大ムーヴメントになる可能性もあります。

「あら、それより美少年をゴーモンする小説を書いてやるほうが面白いわ」というなら、ゲイ達はそれを聞いて「きもち悪い」というでしょう。

事実として、ノンセクシュアル女性のための同人雑誌が気晴らしのための美少年ものに偏向していく可能性は高いです。が、それはやっぱりゲイと合流できる筋合いのものではありません。

【ゲイは同人活動の先輩です】

同性志向の皆様の世界には、もう戦前から本来の「ミニコミ」誌が存在したはずです。

文芸同人というのも、もともとは男性の活動です。紫式部の時代まで遡っても、先祖には白楽天がいるわけです。昔は文字を読める人自体が珍しかったのですから、読める人だけで集まっていたのです。竹林の七賢なんてのも、そういう仲間です。

近代の同性志向男性も、潤一郎など本来の耽美派に触発されて、若い男と一緒に暮らすという小説を自分で書いたり、仲間に読んでもらうために同人雑誌を編纂するということをなさっていたはずです。

そこには編集後記として、日々の雑感も掲載される。親と喧嘩した・職場で困ったといった話もあったでしょう。そういう体験記が投稿されてくる可能性もある。

ガラケーもなかった時代には、仲間同士の出会いの場や、良心的な医師の紹介など、情報交換の役にも立っていたでしょう。時代が進めば、政治家・自治体などに対する差別撤廃要求の活動報告なども載せられる。

現代の書店で市販されているゲイ雑誌というのも、もともとはそういうものでしたね。

そういう本来の同人雑誌を知っている人々は、女性が「同人誌とはアニパロです! 同人とは最初から金目でエロいアニパロをコミケに出展する人のことです!」と言えば、「そういう女がいるから困る」と仰るでしょう。

とくに女流が男同士を描写することは、彼らにしてみれば「女がぼくらの表現を盗んだ」という気持ちがするのは当然なのです。

女性が「あら、私はゲイ雑誌なんて読んだことないわ。生々しくてきもち悪いわ。私が描いたアニメキャラは、もっと清潔で可愛いわ」というなら、彼らは「じゃあ来るなよ」というでしょう。

【男のフェミ利用、女のゲイ利用】

じつは1980年代に、比較的若手の男性の社会学者が、社会批判の方法としてフェミニズム批評を取り入れ、「現代社会は女性目線から見るとこういう点がよくない」と言っていたことがあったのです。

自分より年上の男性たちが政財界・学会を支配していることに対して、痛烈な「青年の主張」になるわけですね。そこで本物のフェミニスト(女性の研究者)たちとともに討論会に出ることになった。

けれども、女たちは本気で職場における差別や育児との両立に苦労しているわけです。問題提起がどんどん具体的になってくる。男性は自分ではその苦労をしていないので、話についていけなくなってしまった。

のみならず「男性として、その点どう思いますか?」という質問の矢面に立たされるわけです。観覧しているほうもいたたまれなくなってしまった。そういう実例があったのです。

だから、女性が迂闊にゲイと同席した場合にも「なぜ、あんたたち女は」と言われる可能性は高いのです。

それに対して「あなた達が差別される理由なんて知らないわ。私は自分が差別されていることを社会に向かって訴えたいだけなのよ」というならば、ゲイは「じゃあ社会に向かって直接いえばいいだろ。ぼくらの集会に参加する必要ないだろ」っていうだけです。

「要するに、きみも僕らを面白い見世物だと思ってるだけなんだろ? 気晴らしに利用してるだけなんだろ?」ってね。

この程度のことを、お店に乗り込んでしまう前にイメージできない時点で、マジョリティの横暴なのです。行けばなんとかなる、こころよく迎えてもらえると思い込んでいる。自分は特権階級だからと思っているのです。

ここで女性の弱者特権ということが引っかかってくるわけで、ストレート男性中心社会の中で傷つけられた女性は「自分には弱者特権がある」と思い込んでしまうのです。

で、それをゲイの世界へ持ち込んでしまう。私は女の子だから特別サービスしてもらえるのよと思っちゃうわけです。

とくに、進学・就職を機会に実家を出てしまい、さびしい思いをしている人ほど、自分で自分のことを「女の子だから」と言いたがります。

実家で愛されて育ったのでしょう。その良好な経験が、他人を傷つける刃となるから、女性によるゲイ差別は悲惨であり、哀れなのです。

重要なのは、自覚することです。「ほかの女からうるさいことを言われたわ! 復讐してやる!」と思うことではありません。そういう興奮しやすい人が「セクマイ」を自称して、コミュニティ代表になったつもりで周囲に喧嘩を売ることが、他のマイノリティさんを本当に困らせているのです。

これは、他のマイノリティさんに向かって「え~~? そーーなの~~?」と子どもぶりっこして質問することでもありません。そういう態度が嫌がられるのです。アニメキャラクターは、あなたの好みのおもむくままに女役を演じてくれたかもしれません。ゲイは、あなたを甘やかすために集まっているのではないのです。

ストレートの好奇心や自己満足によって邪魔されない静かな時間がほしくて、そこにいるのです。差別されて他に行くところがないと思っているからこそ集まっているのです。表面的な賑わいだけ見て、うらやましがられる筋合いはないのです。

彼らの世界にもDVがあり、モテない悩みがあり、おカネのない悩みがあるのです。性的なジョークが苦手だという悩みもあるのです。仲間がいない・どこへも行けないと思っているゲイもレズビアンもいるのです。あなたが彼らをうらやましがらせる筋合いもないのです。

もし、あなたが本当に自分のことを「性的マイノリティ」だと思っているなら、分かってあげてください。



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