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1947年7月、黒澤明『素晴らしき日曜日』東宝

どうか、拍手を送ってください。

製作:本木荘二郎 脚本:植草圭之助 撮影:中野朝一 美術:久保一雄 録音:安恵重遠 音楽:服部正 演出補佐:小林恒夫 照明:岸田九一郎 音響効果:三縄一郎

交響楽は未完成。若い二人も未完成。赤いりんごに唇よせて、復員はしたけれど、三船さんも志村さんもいない昭和22年の青春模様は、今日も生々しいアプレゲール下町案内。10万円で家が建つ時代。35円の日曜日。

「ネオ・レアリズモ」の夜明けとまで謳われるヴィットリオ・デ・シーカ『自転車泥棒』が1948年ですけれども、もう一つの敗戦国には黒澤がいました。

今どきの音楽会なら、サービス価格は1000円でしょうから、35円の日曜日は、今ふうに言うと3500円の日曜日でしょうか。二人で映画を見て、レストランで食事して……というには心細い。

『野良犬』や『天国と地獄』では犯人側の心理表現が端折られ気味でしたが、すでにここに示されていた(ので後の作品では端折った)と見ることもできるかと思います。

すし詰め状態の電車から始まる日曜日の道行は、デートではなく「ランデブー」と称しています。木下恵介『善魔』で愛人のことを「アミ」と称していましたから、恋愛関係をフランス語で表現することが流行っていたのでしょう。

で、瓦礫の残る焼け跡のランデブーは、女の髪にはパーマネントがかかっており、男はソフト帽と羅紗のコートでインテリらしく見せておりますから、これでも最大限に美化してあるのです。作中の本人たちの気持ちとしても精一杯おしゃれして来たのです。

野球をやってる子役たちが素で可愛いです。69年前(!)の作品ですから、6歳くらいの子役ちゃんは今年75歳。お元気でしょうか。敗戦の象徴である少年は、これはこれで名演技と称すべきかと思われます。

黒澤映画は、今でこそ映画の古典・お手本のように思われていることでしょうけれども、初公開当時の人心を考えてみるに、この作品にも登場するような、戦前の優雅な生活ぶりを維持してキャバレーのヴァレンタイン・ダンスパーティに集まる翻訳的男女が、挑戦的とも言える下町リアリズムを好んで観たがったとは思われませんね。

「昔の映画はもっと上品だった」とか、「きたなくて観る気がしない」とか言われたんじゃなかったでしょうか。

これは、まさにそういう傾向に対する痛烈な批判であり、真実の叫びであり、同時に占領軍の指導によって欧米かぶれしたものしか撮れなかったことを完全に逆手に取ったとも言えるでしょう。

大きく三部構成で、第一部は大胆な移動撮影を繰りだした野外ロケ。第二部はモンタージュを効かせた室内劇。物語上ではひと悶着済んだ後で場違いなコンチネンタルタンゴが鳴り響くのは曲名が『Blauer Himmel』だからで、画面上で青を表現できない時代に観客の脳裏に空の色を喚起させたのでした。当時の観客の予備知識を頼りに洒落をきかせるという手法は能楽というか文学のもので、興味深いところだと思われます。

第三幕にあたる月下の場面では、新人とはいえ若すぎない役者たちの技量を確認できる面白い演技が観られます。ここから終幕まで基本的に舞台劇の演出だと思うのですが、映像とサウンドトラックを組み合わせる「映画」という表現手段の特性・可能性をフル活用したと言えるでしょう。

この監督の代表作として真っ先に名前が挙がるという作品ではありませんが、やっぱり本当はミュージカル映画を撮りたかったのかもしれない黒澤が大層なアイディアマンであったことが分かる貴重な一本だと思います。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。