1958年6月、木下恵介『楢山節考』松竹

  09, 2016 10:23
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とうざい。このところ御覧に入れまするは、本朝おば捨ての伝説より、楢山節考。楢山節考。東西、とうざい。

脚本:木下恵介 原作:深澤七郎(中央公論第一回新人賞受賞作品) 製作:小梶正治 撮影:楠田浩之 美術:伊藤熹朔・梅田千代夫 浄瑠璃作曲:野澤松之輔 音楽参与:遠藤為春 長唄作曲:杵屋六左衛門 録音:大野久男 照明:豊島良三 監督助手:大槻義一

定式幕開いて、山また山の信濃路に。人に知られぬ谷あいの。流れも細き糸川の。CGではありません。驚愕の豪華セット。

小さな田畑では家族を養いきれないので老人を裏山の頂上へ置き去りにしてくるという悲惨な習慣をそのまま描いたドキュメンタリータッチですが、誰がそれを全篇スタジオで撮ろうと思うのか。「それはわたし」と木下が言ったわけですが。

木下監督は、カラー撮影の時代になってから、アイディアが湧いてきて湧いてきて止まらなかったんではないかと思われます。透明感のある鮮やかな色合いの美しさと、幕を落としたり照明を落としたり、回り舞台を連想させるカメラワークによる歌舞伎ライクな場面転換で悲惨な話を面白く見せてしまう度胸の良さよ。

この演出を可能にするために、ロケじゃダメだったのは分かるんですけれども、これはあれだ、黒澤の『虎の尾』が松竹の魂に火を点けたということにしておきましょう。

『本朝二十四考』はあっても『本朝楢山節考』という歌舞伎はないわけで、全曲書き下ろし。悲劇なので和製ミュージカルよりは和製オペラというのがいいかと思いますが、役者たちは忌憚のない写実的演技であって、ナレーションと音楽を伝統芸能の本職たちにまかせたものです。前衛そこのけの太棹が鳴り渡って全篇を支えております。演奏家のお名前もきちんとクレジットされてございます。

お話のほうは、御都合主義もデウス・エクス・マキーナもなく、70歳になったら楢山様へ行くことに決まってることはくつがえせないわけで、そこへ行くまでのヒロインの心理描写と、貧しさゆえに苛烈な村落の日常生活の描き方が監督・脚本の腕の見せどころ。

泣き言ばかりの男たち。誇り高き女たち。娯楽が少ない小さな村落内の差別意識。まだ「明日はわが身」と思うことのできない若夫婦。

落差の大きな人々の描き分けが容赦なくドライですが、どちらにも共感がないんじゃなくて、それぞれの事情と情愛を分かっているからこそ、それが容易には共存できないことも分かっている。

この監督の人生観・世界観は、男性の言動への諷刺と、女性どうしの友情への信頼が厚いうえに、「言ってもしょうがないよ。他人を変えることはできない」という、そっけない個人主義を感じるわけでございまして、むしろ特殊なセクシュアリティの持ち主だったと明言してもらっちゃったほうが納得できるような気も致します。

いつの時代のことかは映画中では明言されていませんが、とりあえず男たちが散切り頭ではないので江戸時代。でも衛生状態・栄養状態が良くなかったわりには一つの家あたりの子どもの人数が多すぎるようで、やや維新後の社会との混同があるような気も致します。

中年夫婦は「明日はわが身」と思いながら山を拝むわけですが、こういう習慣は、ふと文明開化ということになって「もうやらなくていい」ということになった年があったはずで、たったひと月前の俺とお袋の苦しみはなんだったんだというような人もあったのかもしれません。

もっともこの村、年貢の心配をしていないのが不思議なところではあって、庄屋さんに相談する・お代官さまに訴えるということもないわけです。

日本は「石油の一滴は血の一滴」で全体主義的資本主義でやってきたのに戦争に負けちゃったので、かえって戦後のほうが共産主義への憧れが強まったわけですけれども、これはそういう時代らしい自作農家だけの自治権が確立されたユートピア物語の一種かと思われますが、皮肉と観るか、自戒と観るか。

主演の田中絹代は、実年齢ではそんなに老けてないわけで、名演技です。


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