記事一覧

【フェミ的BL論批判】BLの普及に男性が果たした役割と、20年まちがえるクレーマー。

いわゆる「二十四年組」が、端的には1971年の夏に来日したビョルン・アンドレセンに触発されて、金髪の美少年を主人公にした漫画を仕上げたとき、それを少女向けの雑誌で公開することに決めたのは、当時の男性です。端的には編集長です。

出版社はその判断を誤りだったと認め、雑誌を破棄し、単行本の発行を拒否しました……なんてことはありません。作品の人気と売上が出版社に貢献したことを認め、漫画家に「小学館漫画賞」の栄誉を与えました。

女流の「少年漫画」が、その金髪美少年に「目をつける」男もいる、という描写に踏み込んだ時にも、それを女子中高生の購読を想定した雑誌で公開することに決めたのは、当時の出版社であり、編集長です。

映画なら監督だけでは動きません。製作者を納得させ、出資させる必要があります。漫画も同様です。市販の雑誌に掲載されるためには、編集長を納得させ、編集会議を通らなければなりません。

成人男性による、年下の男性の人権と感情を無視した行動を描いた作品を、少女読者に読ませる必要があると判断したのは、編集長である男性です。

漫画家たちおよび同工異曲の作品を公開した小説家たちは、その時点で成人しておりました。同世代の成人女性読者を想定した雑誌が創刊されれば、そちらへの掲載を承諾したことでしょう。

彼女たち自身が「いや、絶対に未成年者に読ませてください。さもないと」と出版社に強制した・脅迫したなどということはないはずです。原稿に値段をつけた上で、いつどこに載せるか判断したのは出版社です。

だから「どうしてこんなものを少女に読ませたんですか」とインタビューする相手は、当時の出版社です。

けれども、経営者も、編集長も、株主も、すでに引退し、多くの方が鬼籍にお移りになったことでしょう。だから現在の出版社に向けて「責任者出てこい」という炎上騒ぎが起きる可能性は低いといえます。

それをふまえたうえで、当方は現代の研究者・メディアの錯誤に対して、注意喚起するということを試みております。

【ウーマンリブの副産物】

日本で「ウーマンリブ大会」が開催されたのは、1970年11月。三島由紀夫が市ヶ谷に突入したのと同年同月なのは、やや感慨を呼ぶところです。それはともかく。

それまでの女性運動が「夫の健康のため、子どもの未来のために主婦が政府・大企業に対して声を挙げていく」というものだったのに対して、この年以来「家庭に束縛されない個人としての婦人の生き方」という問いかけが盛んに行われました。

1973年には、フランス革命を題材にした漫画のヒロインが「結婚・出産を拒否し、男として社会に関わりながら生きていく」旨を宣言しました。その時点で作者は20代後半に達した独身女性でしたから、まずは本人の心理を表現していると見て差し支えないでしょう。

それが翌1974年にタカラヅカ歌劇団によって舞台化された際にも、女優たちは付属音楽学校を卒業した18歳以上の成人です。

その舞台は「少年向・家庭向」として企画・宣伝され、観客は子連れの主婦ばかりでした……ってこともありませんね。

漫画家の「二十四年組」による「少年漫画」がたいへん流行したのは、この後です。

したがって、成人した独身女性による自己表現および消費材として、「男装の麗人」および「男が目をつけるほどの美少年」という要素が、二人三脚で流行し、成長したというのが現実です。

そして、タカラヅカの責任者も、出版社の責任者も、株主たちも、男性です。おそらく40歳以上の既婚者です。自分にも娘がいるという人も多かったでしょう。

したがって「子どもの読むもの・子どもに読ませるべきもの」という判断をしたのは彼らです。フェミニストが突っ込まなければならないとしたら、ここです。

「新時代を孤独に生き抜く勇気ある成人女性のための自己表現および娯楽」として位置づけ、新しい雑誌を発行すべきであったのに、独身の成人女性を無視し、未成年者を巻き込んだのは、当時の男性です。

それをそのまま、2010年代まで引きずったのも、出版社の都合であって、独身の成人女性という存在は無視され続けて来たのです。

もしフェミニスト側がそれを真に受けて、または逆手にとって皮肉を言ってやったつもりで「BLは少女のものです」と主張するならば、年齢制限の話が出たときにも、大反対しなければならないはずです。

事実は「少女に読ませ続けるべきだ」として年齢制限・成人指定に反対した研究者・評論家はおりませんでしたね。

フェミニストが正面切って「BLは最初から成人女性のものです」と言えなかったならば、男性がそれを「少女のもの」と見なしたことにおもねり、男性の言うことに調子を合わせるという女性の卑屈な処世術を自ら実演していたことになります。

【20年まちがえるクレーマー】

ところで、この話をしている途中で「女の編集者もいるんだよ!」と言って来る人がある。確認してみると、ご自身の大学の先輩が出版社に勤めていたそうで、それは1990年代のことだそうです。だからなんでしょうか? こちらは1970年代の話をしているのです。

クレーマーさんは「同人やっていた」とのことで、いまで言う「二次創作BL」同人誌を発行していたそうです。たいへん過激な描写を追求していたそうです。で、その女の編集者から、二次創作が依拠した作品の作者(すなわち原作者)の動向について、情報を流してもらっていたそうです。そのことがご自慢らしいです。

そして、そういう協力によって成り立っていた自分の同人誌がたいへん売れていたのに、急に売れなくなったので「M事件のせいだ」と思っているそうです。1990年に犯人が検挙された凶悪事件です。

その犯人がアニメキャラクターのフィギュアを自宅に飾っていたというので、アニメファン全体、さらには同人誌即売会の参加者全体が報道によって「犯罪者予備軍」と呼ばれました。だからなんでしょうか?

コミケが緊急閉鎖されたことはないはずです。同人が一斉検挙されたこともないはずです。PTAご一行様がコミケ会場に乱入し、何万冊もの同人誌を押収し、火を点けたということもありませんね?

事件が一つのきっかけとなって、漫画が危険視され、市販の雑誌が有害図書指定されるということも起きました。が、同人誌が逐一指定されたことはないはずです。むしろ市販の漫画が不自由になったからこそ、同人誌が頼りにされ、コミケはますます発展したのであったはずです。

クレーマーさんは「私たち」がプロ小説家個人よりも売れていることを誇りに思い、おともだちと一緒になって、十年前よりも人気をなくしたプロ小説家個人を「かわいそう」と憐れみ、笑いものにしていたそうです。

大勢で、よってたかって、個人をイジメていたそうです。

ということは、ご本人が「コミック」マーケットに出展していたのも、小説のはずです。市販漫画の有害図書指定は、同人小説にはまったく関係ありません。売れなくなったのは、M事件のせいではありません。

事実を誤認し、イジメを自慢し、売れなくなったという恨みを抱える「同人やっていた」人が、1970年代と1990年代を混同し、業界人に知り合いがいるという自慢話をするために、他人の話を自分に都合よく解釈したということです。


Related Entries

SEARCH

Profile & Caution

Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。