パロディの面白さを勘違いすると同人くずれになる。~過激化の陰の小さな悲劇

  15, 2016 10:23
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まず、怖いのは同人ではないです。パロディ同人誌というのは麻薬などと違って直ちに逮捕ということにならないので、映画でいうような「サツに唄う」とか、そういうことがあり得ないのです。上司・監督などもいないので、讒言によって出世街道から外すとか、公式戦出場チームから外すとかいうこともあり得ません。怖いっていうほど怖いことをやりようがないのです。

それぞれに「売れるかなァ」と心配しながらコツコツ描いて、事故も災害もなく製本が仕上がるのを祈りながら待って、いざ搬入して、売ってみるだけです。行列を個人のちからでコントロールすることはできません。他人について悪い噂を流しても、常連は自分の眼で作品の質を見抜きます。それだけです。

他人を追いおとすアイディアがあるくらいだったら、それをそのまま漫画に描けばいいです。気の利いた宣伝文を考えて、ブログやツイッターで宣伝すれば、多少は利益に結びつくかもしれませんが、それも才能の内です。

厄介なのは、売れなくなったので完全にやめてしまった「もと同人」です。同人全体に復讐してやるという気持ちを持っているので暴言ばかり言うからです。尾崎士郎ふうに「同人くずれ」と言ってもいいですが、そもそも「売るためにやることだ」というのが本人の先入観にすぎないわけです。

べつに売れない「組み合わせ」を描き続けて「ピコ手ですが何か」と開き直っていたっていいのです。昔は「いばら」って言ったもんです。旧作アニメだからって笑いものにする人があれば、その人のほうが勘違いです。そこはもともと創作の自由を追求する場所であり、出展権利は抽選であり、ごく初期の功労者をのぞいて、すべての同人は平等であり、機会均等です。

誰しも、もともと購読・コスプレ見物を目的に通い始めた「素人」だったはずですから、自分が売れなくなった後も、その状態に戻ったっていいのです。若いネットユーザーと交流してもいいのです。

そしたら「いろいろなサークル形態・作品・意見があるんだな」ということに気づくはずですから、一面的な暴言も言わないでしょう。

でも「みんなが私の同人誌を買ってくれなかったのが悪い」という責任転嫁の気持ちを持ってしまうと、同人の世界と完全に縁を切ってしまう。そして無理して「リア充」的な人々と交際するわけです。孤立することを恐れるからです。なぜか?

自分自身が、プロになった同人や、人気をなくしたプロなど、孤立しがちな人の陰口をいって、笑いものにしていたからです。加害者は自分が被害者になることを恐れるのです。

けれども「リア充」的な人々との会話はかならず「彼氏は? 結婚は? 子どもは?」というものになる。だから、ある日突然「私は男女のことが苦手な代わりに男同士に詳しいから、ゲイと連帯できる性的マイノリティなんですよ!」となってしまうのです。

性的マイノリティ自認であること自体はいいですけれども、せっかくSNSが使えるのだったら「ノンセク」の仲間に呼びかけるのが先です。真っ先にゲイに向かって「ゲイは仲間が大勢いるから楽しそうでいいなァ。ノンセクの仲間は少ないんですもの」と言うのでは、ゲイに向かって復讐しているだけです。

性的マイノリティとは、まさに「我々の数が少ないとは決めつけないでほしい。取るに足りないとは思わないでほしい」という運動を展開している人々であるはずです。なぜ自分のような「ノンセクシュアル」の数が少ないと決めつけているのでしょうか?

ようするに、人格の基幹が「みんな」と一緒に同人誌を楽しんでいた「シス・ストレート」中学生のままだから、発言がマジョリティの横暴のままなのです。本当の目的は人権運動ではなく、ゲイに向かって「アニパロみたいなことって本当にあるんですか~~?」なのです。

危険をともにしたストレートが片っ端から同性愛に目覚めるもんなら、今頃ゲイがマイノリティになっとりませんわ。

もしも「性的マイノリティ」を自称する人が、若い頃から一人で生きていく覚悟を決め、充分な資格を取りつつ、パソコン通信を通じて「ノンセクシュアル」の仲間を集め、ルームシェアの相手を見つけて、20年間おだやかに同居してきたというのではないのなら、話がおかしいと思いましょう。ゲイ・レズビアン達はお見通しです。なぜなら、彼らはまさにそのようにして生きてきたからです。

【母親を出し抜いたなら自己責任です】

新左翼というのは、親のカネで学生身分を保障してもらいながら「プロレタリアートの名において」老幼をまきこむ爆弾事件や人質事件を起こしていた連中です。

もちろん全員がそうじゃありません。漫画『マスターキートン』にあったように「フラワームーヴメント」というのもありましたね。映画『サルバドールの朝』のように民族問題と一体化し、本人にとっては切実な自分の問題と感じられていた例もあります。

けれども、一部は学業がめんどくさくなって逃避しただけでした。日本では新興宗教の一部がこの性質を持ってしまったことも、つとに知られています。まことに残念ながら、この「学業からの逃避」という点で、パロディ同人活動も共通してしまうのです。

本来、大学生というのは、中卒では理解できないような外国語や専門用語を駆使して、政治・金融・技術開発・防災・医療・次世代教育などに取り組むことを期待されている人々です。

ノーベル賞を取った人のように「実験ばかりしていた」とか、美輪さんの歌のように「親の苦労を知って自分もエンジニアになるために猛勉強した」という人は、やっぱり余計なことはしないわけです。

でも、親に言われるままに塾へ通って、入学試験対策のマークシート方式テストだけは上達したというタイプが、高校・大学と学問が専門分化するにつれて自分の目標を自分で決められなくなると、趣味的活動で「うまくやる」などということに流されやすいわけです。

「カネのためだから趣味ではない」のではなく「アニパロをカネに換えるという趣味」に夢中になって、本来の学業や資格試験を忘れたことが問題なのです。

もし、パロディ同人活動に挫折した後になって「母親の育て方が悪かった」なんて言い訳する人に対して、当のお母様が「学生運動・新興宗教に関わるな」と厳しく訓戒してくださっていたのであれば?

娘の逃避的・責任転嫁的性質を見抜いて「この子は学業に挫折した頃に『労働者のため』なんて言われれば、爆弾作りにもついて行ってしまうかもしれないわ」と、本気で心配してくださっていたのです。

それを逆手にとって「政治サークルや宗教サークルではなく、アニパロサークルならいいんでしょ?」と考えて、親を出し抜いてやったような気分になっていたなら、自己責任です。

【個人出品もサークル活動です】

生まれながらに出品方法を知っていたということはあり得ません。誰かに教わったのです。多くの場合、それは実家の保護者ではなく、中学・高校・大学、まれには社会人の先輩です。

原稿の書き方、印刷所への連絡の取りかた、挨拶のしかた、イベントへの申し込み方法、搬入の際の段取り。さまざまな「コツ」を教わったはずです。作品そのものも「友達と長電話して、お話の続きを決めていた」というなら、実質的に共同制作です。

各自が一冊ずつ出品して、売上を各自で管理するという方式を取っていただけで、それは実質的に学校部活動の一種であり、立派なサークル活動だったのです。

それが「お母さんの言ったような学生運動や宗教団体ではなく、女性だけの部活動だから大丈夫」と思って安心していたのなら、お母さんの言うことをよく聞くいい子だったというだけです。

自分自身が、お母さんの言うことをよく聞くいい子であるという人生を選んだのです。

「LBGT」という人々は、アンネ・フランクの家の隣にあるという、ナチスに迫害されたゲイの慰霊碑を奉じ、六色の虹の旗のもとに精神的に集結し、もともと文化を共有しているのに世界中に離散している民族かのように行動しています。「アライ」という言葉も、連合国を意味するのです。

彼らにとって、ナチスに迫害された民族は一つのロールモデルであり、その一人が提唱した個人心理学は、彼らの行動指針になっていると言ってもいいでしょう。

彼らに対して、マジョリティの可哀想ぶりっこというのは通用しません。彼らに対して何を言うのも個人の言論の自由ですが「自分で選んだ道」と言い返されることは覚悟しておきましょう。

【パロディの面白み】

二次創作の王道というのは原作の行間を埋めるもので、たとえば「かぐや姫は貴族の家で生まれ育ったわけではないのだから、おさない頃には村の子ども達と遊んだりもしただろう」とか、「中世に佐渡へ売られた女性の後半生は、このように悲惨なものであったろう」といった脚本であれば、多少エロティックな要素が加味されていても、多くの鑑賞者が「正統派である」と感じるわけです。

いっぽう「弁慶ではなく強力が飛び六方踏んでしまう」とか「壁に書かれた血文字は復讐という意味のドイツ語ではなく、レイチェルという女名前だ」とかいうのは、わざと原作とは逆のことをやっているわけです。

鑑賞者によっては「もっと真面目にやれ。原作の感動を壊された」といって怒ってしまうかもしれない。でも「分かる」人には面白いわけです。

「BL化」というタイプは、原作では立派な宇宙の戦士であったり、運動選手であったりする人々が、女のようにメソメソして、恋愛ばかりしている。しかも相手を間違えている。もともと既婚者であったり、おつきあいしているガールフレンドがいたはずなのに。

あえて言うなら、もともとゲイカップルとして登場した人々を女性と交際するように描けば「ストレート化」という世にも珍しいパロディ作品になるでしょう。いずれは登場するかもしれません。

つまり、あくまで原作との「ギャップ」を楽しむものなわけです。だから原作を読み込んで、読み込んで、読み込んで、原作をよく知っている人にだけ分かるジョークを仕掛けるのが面白い。本来はそういうものです。

ジョークであることを承知で、メソメソした男の話を女性読者が読むと、男女の垣根を越えて我がことのように感じて紅涙を絞ることもあれば、「男のくせに」と笑い飛ばして、自分が職場で出世できないルサンチマンを満足させることもある。

誤解されがちですが、一人の女性において、どちらかの鑑賞態度しか選択しないということはありません。二律背反を抱え、そのこと自体を面白がるのが人間です。せめて、それくらいは分かる大人になってから読むのが基本です。

現代の同人は、原作にも詳しいですし、その他の分野の専門知識も豊富です。純文学も読んでいる。それらを組み合わせて次々に新しいアイディアを出す。もともと、そういうものだったのです。そもそも、アニメと「耽美」を両方知っている人が、それらを組み合わせてみたという、その時点では斬新なアイディアだったわけです。けれども、それがパターン化し、常習化した。

そうなってから表面的に読むと「下ネタだけ書けばいいんだ」と勘違いしてしまいやすいのです。

とくに、すでにそのように勘違いした人が書いたものを読んで、自分も書いてみる気になったという、三番煎じ・四番煎じ・五番煎じ……以降の人は、そういう勘違いを再生産し続けるわけです。

だから1978年よりも1981年、83年、86年、88年、92年……と、遅くなってから始めた人ほど「エロに決まってる」と思い込んでいるのです。

それでも、自分の周囲に似たようなタイプの人がそろっている間は「やばい、やばい」といって面白がってくれるわけです。

けれども、高校・大学を卒業して地元就職したり、二十代だった人が三十代になって職場の責任が重くなったりすると、同人誌即売会へ通って来なくなる。すると、眼の肥えた常連客と新人による淘汰が始まるのです。

つまり、高校・大学時代の同人活動の人気というのは、もともと同世代に依存した、一過性のものなのです。それも1970年前後に生まれて、1990年頃に成人した世代は、ものすごく人数が多かったので「バブル」を経験できたのです。けれども世代交代に耐えられないのです。

「下ネタだけ」なら、誰でも書ける。しかも、自分が高校・大学を卒業してしまえば、高校生・大学生の流行にはついて行けなくなる。

いわゆる「ジャンル」が変遷するだけではなく、流行語も、認識の枠組みも変わっていく。オシャレだと思われていたものが陳腐になり、まだやってるのと言われるようになる。

それでも1980年代後半から1990年代にかけて、ひとつだけ勝ち残る方法があって、これが過激化だったのです。その前に。

【総決算の季節】

1980年代に実際に少女として出展したり、行列したりしていた人々が、本当に上記のような年齢に達したタイミングで、大手出版社が青春小説文庫からBL系統の作品を独立させました。1992年のことです。

当時、漫画の規制運動が起きていたので、おそれをなしてBL系統の原稿の取扱いを中止した……のではありません。小説としてのBL作品にテコ入れしたのです。事実上の成人向けの新しい娯楽分野として新規レーベルを立ち上げたのです。(さすが角川)

そのタイミングで、手軽なアニパロ小説ばかり書いていた人が作品を鍛えなおし、首尾一貫したオリジナル作品を出版社へ投稿するということができていれば、プロデビューできた可能性があったのです。

やってみたけどダメだったのなら諦めもつきやすいでしょう。投稿なんて思いつきもしなかったのであれば、最初から創作家としてやって行くつもりではなかった人です。

創作同人活動の中でも最も手軽な「他人の創出キャラクターに依存し、原作者の厚意に依存し、同世代の読者に依存する」ということによって、本来の学業から逃避していただけです。

「原作者の厚意に依存する」というのは、法律解釈の問題を含む事項ですが、少なくとも本人が「編集部がついてるから大目に見てもらえる」などという言説を再生産してしまうかぎり、そういうつもりだったということになります。

いっぽうで、漫画同人のほうも「もともと同級生に誘われただけで、消しゴムかけのお手伝いのほうが多かった」なんて人は卒業とともに辞めていくわけです。部活動の一種としてのサークルは自然消滅。本気で漫画家になりたい人・絵のうまい人だけが執筆・出展を続ける。そういう人同士が切磋琢磨する。

だから同人漫画といえども全体にレベルアップするという現象が、1980年代後半からだんだん顕著になって来たのでした。

この当時、1975年に15歳だった人は20代後半に達します。一生同人やって行くか、地元に帰るか、心を決めるお年頃です。つまり1975年に始まり、1980年代を通じて成長を続けた「コミケ」に象徴される「日本のサブカル」が総決算の時期を迎えたのが、ちょうど1990年頃だったのです。

そのタイミングで事件が起きても起きなくても、個々人において、また全体として、一定の結論を得て、次のステップへ踏み出す頃合いだったのです。

まさにそのタイミングで凶悪事件が続いて、それに興奮した(というほかありますまい)記者によって「犯罪者予備軍」と報道されたことは、確かに当時を知るサブカル関係者にとって「トラウマ」になっているわけですが、だからといって本当に犯罪者になった人は少ないわけです。

けれども、責任転嫁的な発想の人は「どうせ犯罪者予備軍と呼ばれたなら、本当に犯罪者になってやる!」と思ってしまった可能性があるのです。

とはいえ、めったなことでは「行動の自由を制限されたい(刑務所に入れられたい)」とは思いませんから、刑法違反はしないのです。けれども「社会に復讐してやる」という気持ちがあるので、暴言の多い人になるのです。

【カテゴリ確立の陰の悲劇】

1980年代後半から1990年代にかけて、ゲイコミュニティが急に「露出」を強めていました。端的にはエイズの媒介者として、それまでは言わない約束のようになっていた彼らの存在が現実のものとして認識されてしまった。同時に迫害の恐れがあった。だから、人権運動を強化する必要があった。

だから、いわゆる当事者からの自伝的小説の発表や、医師などによる弁護的な解説書の発行が相次いだのです。映画も増えました。現在に至るゲイ雑誌も続々と創刊されました。廃刊になったものも多いですけれども。

このタイミングで、1980年代に少女だった同人(≒コミケ出展者)およびその購読者たちが成人したわけです。

そして上記の通り、まさにこのタイミングで、市販の漫画作品も過激化するとともに、少女向け青春小説とは切り離した独立レーベルとして、新たな文庫も創設されました。

ある程度のリアリズムを備えた、事実上の成人女性向け作品として、後にBLの名で認知されることになる分野が確立したのでした。

ここで小さな悲劇が生まれます。ゲイ雑誌を「生々しい」と感じ、参考にしたくもないという人が、そのような過激化の波において行かれたのです。

すると、人格の基幹が「みんな」と一緒に同人誌と陰口を楽しんでいたマジョリティ中学生のままなんだけれども、表面的に「生々しいのが苦手な性的マイノリティだから、ゲイと弱者同士の連帯できるの」って言い張る人になっちゃうのです。

もともと優越感を持っていた人というのは、自他を比較することが癖になっているわけで、優越感が高かったのと同じ深さで劣等感を感じるわけです。プラス10だったのがマイナス10になる。で、慌てる。暴力的な手段で優越感を取り戻そうとする。

アドラーの時代には「少数民族のせいで不景気が改善しない」という弱者意識・被害者意識にとらわれたマジョリティというのが最も危険だったわけです。

【今後の課題:三手先を読みましょう】

新宿二丁目へ行きたきゃ行ったって構いません。少子高齢化とインターネットの普及によって全体的に客足が減っているので、ストレート男女を歓迎してくれるお店もあるからです。

だからこそ、「母親のトラウマが~~」とか言う必要ないのです。

誰にも責められていないうちから言い訳するから、後になって「もうトラウマを克服した!」とか言わなきゃならない羽目になるのです。

「トラウマを自分で克服して男性恐怖症ではなくなった」というなら、ゲイと連帯する必要もなくなったということです。ゲイバーをお騒がせすることを中止して、婚活を始めましょう。

「いや、もともと婚活する気はない。自由意志によって非婚を貫くのだ」ということであれば、「だってトラウマが~~」という言い訳も必要ないわけです。最初から成り立ってないのです。

自分の立場と、他人の話題を、よく確認してから発言しましょう。やたらと自分に「レッテル」を貼る前に、本来の意味を確認しましょう。自分の言いたいことが、社会に出たらどういう意味になるのか、二手先・三手先を読みましょう。


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