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1976年『犬神家の一族』雑感。

明治十一年 放浪の孤児佐兵衛、信州那須神社神官に救わる
明治十六年 神官夫妻と十七歳の犬神佐兵衛
明治十九年 犬神製薬工場設立
明治三十八年 工場増築
大正八年 佐兵衛五十三歳 中央政財界に進出
昭和十年 犬神製薬那須本社工場新築
昭和二十二年二月 犬神佐兵衛死亡

(↑映画序盤に表示される字幕から転載)

明治三十八年はもちろん日露戦争まっ最中、大正八年はスペイン風邪の流行があった。医薬品製造はふつうに儲かっただろう。
明治十六年=1883年に十七歳の佐兵衛は、1866年生まれ。
昭和二十二年=1947年には、佐兵衛81歳。

石坂浩二の爽やかさ、脇固めベテラン勢の濃い演技、工夫された映像の前衛性、大野雄二の音楽と、もはや失われたといってもいい日本の風物の美しさが醸す叙情性と哀調、70年代らしいギャグ一歩手前・血糊まみれのおどろおどろしさが綯い交ぜになった傑作。

……であるもののストーリーに敢えてツッコむ企画。

この映画、「すべてが偶然の集積」、理由はともかくその時はそういうふうになっていたので、そういう人がそろっていたので、事件が成立してしまい得たので、あとから言ってもしょうがないです、というふうにできている。

それをミステリとしてはズサンと見るか、現代社会の不確実性を表した新しい形のミステリと見るかが評価の分かれ道。

また、その論理性がないようなあるような、「ふつうそんなことは」と思えるような事件を洞察する金田一の、先入観にとらわれない知性の自由さそのものを味わうための映画でもある。

脚本家(監督を含めた三人)は抜かりなく、作中人物の口を借りて「偶然がなんども重なった」「軍隊では必要な知恵だった」など、要所要所で言い訳を述べており、ツッコミ無用の左うちわ状態なんだけど、ツッコむこと自体が面白いんだから言わせてくれという話。

原作つき映像作品について、原作から情報を補完すべきかどうか。映像作家が「今回は映像化不要」と判断した部分についてはどうしたものか。原作のヒットを受けての映画化だから、原作を知っているファンが見に来るのが前提で、説明を省いて絵的な面白さだけを追求するのは映像作家の仕事としては「あり」だ。

とはいえ原作は1950年に雑誌連載された小説。映画公開は1976年。26年も前の原作など知らずに「テレビで予告編をみて、映画館へ行った」という当時の若い人は大勢いたはずで、彼らはこれをどう観たのか。70年代らしい刺激性に面白く感じ入ったのでしょうか。納得いかないと思った部分についてはどうしたのでしょうか。素人がブログで自説を発表する時代ではなかったから、「映画同好会」など結成してミニコミ誌を自分で発行したのかな。大野雄二のサントラを聞きながら、ハイボールなど飲みながら、夜通し語り明かしたのかな(*´∀`*)

グラスを倒してキーボードを濡らすと「臨終の犬神佐兵衛」みたいな顔色になってしまう(あのメイクは凄すぎて三國連太郎と気づかなかった)ので手元にハイボールはないけども、まァ一杯ひっかけたような、そんな気分で参ります。
ああそういえば古舘弁護士の事務所の隅にゴードンジンぽい黄色いラベルの壜があったなァ。ジンハイボールもいいね……

私的には「映像のみを判断材料とすると、納得いかない」部分が二点。それを叩き台にして映画全体のテーマみたいなことを語ります。こってりネタバレにつき追記にて。未見の方はご注意ください。


家宝を与えてしまうほど男児誕生が嬉しかったわりには、青沼母子の扱いが雑なところ。佐兵衛は五十代の男盛り、中央でバリバリやっていた頃だから東京に妾宅を買って庭師と乳母と女中の三人もつけて住まわせておけば襲撃も起きにくかったのに。家宝は金庫に入れておけばよかったのに。寒村の農家の片隅に黄金の家宝がチンマリ飾ってあるのは絵的には面白いけど、いかにも不用心だ。

静馬と佐清が同い年というのを手がかりに逆算すると静馬誕生は佐兵衛五十三歳の年。中央へ進出するに当たり邪魔な女子供は田舎へ置いていったともいえるけども雑は雑だ。家宝めあてに普通に強盗におそわれたらどーすんだ。

菊乃の身柄を安心して預けられるような有力者の友人が、佐兵衛さんにはいなかったのかなァ……いなかったのかもねェ……(彼が報われぬ恋の痛みを抱え続けた寂しい男であることがストーリーの前提になってるからね)

もうひとつは佐清くんの優柔不断っぷり。

復員後やっと素顔を見せた彼に松子は「五年ぶりね」といっている。昭和二十二年に五年ぶりだから出征は昭和十七年。それまでに珠代ちゃんと既にいい仲になっていたとしか考えられないし、奉納手型に残された二十三歳という年齢的にも結婚を考えてもいい頃だ。出征直前に急いで結婚したという話は実際にある。五年前だからとうぜん佐兵衛翁もまだ元気だ。彼の存命中に「僕は野々宮珠代さんと結婚します」と言っていれば万々歳だったのに……

考えるまでもないのは、当時すでに未亡人だった松子が一人息子をネコ可愛がりして「お前のお嫁さんは母さんが見つけてあげますからね」とでも言っていただろうことだ。静馬の証言によれば佐清は「いい奴」だし、本人が「自分の失敗で部隊を全滅させた」と言っているから、お人よしで、目はしがきかない。マザコンのボンボンだ。

青沼母子を襲撃したほどの松竹梅は、父親が野々宮珠代を可愛がる(映画中には可愛がっていた描写はないが、犬神本家内に珠代の部屋があることから、野々宮神官夫妻が亡くなって神社が大山神官の住まいとなって以降は養育していたことがうかがえるし、また彼女が都会の学校へ通う援助をしていたとか、いい着物を買ってやったりしていただろうことは推測できる)のも、大恩ある野々宮神官の血筋(那須ホテルの女中はるちゃんは「犬神さまの主筋」と説明している)だからと頭では思っても、面白く思っていなかっただろうから、お人よしボンボンとしては「母さんがどう思っても俺は彼女と」とは言い出せなかったんだろうね。

「主筋」の野々宮に対して、佐兵衛の庶出である松子から生まれた佐清は、「嫁にもらう」とは言いにくい・立場が弱いということもあった……かもしれない。

にせ佐清については、古館弁護士によると「半月ほど前とつぜん、博多へ復員したという連絡があり、松子未亡人が出迎えに行きました」そうで、それが新聞ネタになっていたのを、別途復員していたリアル佐清が読んで、実家で間違いが起きたことを知り、街へ乗り込んだ……と金田一が説明する。

植民地時代ならともかく海外の新聞にまでは載るまいから「自分の失敗で部隊を全滅させてしまった僕は、とても日本へ帰る気持ちにはなりませんでした」と言ってる割にゃ、しっかり内地に帰ってきていたわけだ。それが何故かは説明されていないが、……あの頃、かつての戦場で暮らし続けることは非常に困難だった。

ビルマは開戦直後から激戦地だったが、最も厳しかったのは1944年。博多引揚援護局が1947年5月1日に閉鎖されたのは遅いほうで、日本各地にあった引揚援護局は、多くが1947年の初め頃までに閉鎖されている。松子夫人は遅くても1944年から3年間、泣き暮らし、祈り暮らし、もう引揚(復員)の望みも薄くなってきた頃、ふいに連絡をもらったというわけで、天にも昇る心地だったことは察せられる。

金田一が街へ着いたのは九月十九日。依頼元である弁護士助手・若林青年が遺体で発見される。金田一は参考人として警察に身柄拘束されるが、弁護士事務所のボス・古舘が引受人になって救出し、若林にかわって犬神家(でこれから起きるかもしれない)事件を依頼する。その夜、マスクマン(にせ佐清)、極秘裏に犬神本家へ到着。

翌朝、佐清帰還を迎えて遺言書の公開が行われ、帰途には古舘弁護士の口から観客へ向けて何げにミスリードが語られたりしつつ、時を移さず佐武によって手型の照合が提案され、ほぼ同時に犬神の庭では珠代もマスクマンを疑っている様子が示される。夜8時、柏屋旅館へもう一人の覆面の男、到着。犬神本家では親族一同が松子へ「佐清を名乗るマスクマンに手型を押させて照合を」と詰め寄るが、親子は「疑われること自体が不愉快だ」とかたくなにこばんで退席。

……この時点でリアル佐清くんが犬神本家へとっとと乗り込んで素顔をさらし、「そいつは偽物だ、俺は戦友の御霊にもその遺族にも会わせる顔がないが、こうなっては黙ってはいられない」と名乗りでれば良かったのにねェ。

金田一によると「誰にも知られないうちにその男と入れ替わり、穏便にことを済まそうと思い、顔を隠して……」だそうで、リアル佐清が「思ったとおり、にせ佐清は青沼静馬だった」

静馬自身の述懐によると、「恨みを水に流そうといって佐清に近づいた」ってことだけど、遺言公開の席で佐武たちは青沼親子のことを知らない様子を示していたので、リアル佐清も恨みっていわれても何の恨みかも知らなかったはず。静馬の口から母親の若い頃の非道を知らされて、人のいい彼はひたすらビックリ、静馬に申し訳ないみたいな気持ちをもってしまったのだろう。静馬を刺激すれば母親たちの行状が彼の口から世間へ明かされるというような心配もしたかもしれない。

でも彼がもっとも心配したのは要するに「珠代がだまされて自分以外の男へ嫁いでしまう」ことだったはずだ。彼女の心配というより実質は自分の恋の心配だ。名乗り出ることができなかったのは、自分だけ恋を成就して幸せになることが戦友の手前はばかられたからだったろう。彼女に自分の戦場での情けない働きぶりを知られることを恐れたからだったろう。

それでも、親戚一同が同席しているこの機会に、にせ者の企みを暴いた上で、きちんと謝罪し、母親と恋人へは「俺のことは忘れてくれ」って告げることはできたんだ。

つまり……。

佐清に恥をしのんで名乗り出る強さがあったら、
またそもそも、
佐兵衛が、若い頃に愛した女性への妄執にとらわれず、他の女性への優しさや責任感をもつことができたら、
この騒ぎは起きなかったわけで、
逆にいうと、
そのように身勝手でもあり、哀れでもある男たち(野々宮神官もその一人だ)の弱さが重なって起きた惨劇だったのであり、
誰も強さを持てなかったからこそ起きた事件だったのであり、「無作為の作為」として弱さが重なった「恐ろしい偶然」だったのであり、
またそのような男の弱さ・立場のむずかしさと、女の怖さを同時に描くと、映画がヒットするという時代でもあった(ノ´∀`*)
『青春の殺人者』と同じ公開年なのである。

そして当然、犬神製薬成長の影に軍部があり、那須市または東京の大学へ行っていたであろう佐清と、富山市で生まれ育った静馬、これは金がなく都会へ出ることもできなかったはずのものを、出会いを可能にしたのは徴兵であり、マスクによる入れ替えを可能にしたのは静馬が受けた酷い戦傷であり、……と、戦争は大きなキーワードになっている。
あの戦争は、日本という国自体のもつ弱さの表れでもあった。先進国として出遅れたとか資源が足りないとか民主政治的に未熟だったとかまァいろいろな点で。

お能だったら佐兵衛の霊をシテにして、愛と罪を語らせて、弔いたまえと言わせて終わるところだ。三國連太郎にならちょっと本当に舞ってみてもらいたいが、金田一はワキか。

女たちの怖さも、元をたどれば父親に愛されなかった寂しさからであるし、嫉妬を抑えられないというのは弱さの表れでもある。これは松子をシテとして、彼女の愛と罪を語る一番でもある。序の舞を舞って終わるときれいだが。

あるべきではなかった、できれば無いほうがよかった弱さがいくつも重なっているのを解きほぐし、自ら語らせて(竹子の昔語りも贖罪の一端ではあり、佐兵衛の日記を見つけるのも自ら語らせることに相当する)法の判断に委ねる前に、作中人物とともに観客一同、心の中で手を合わせるという気分にさせる、……諸国一見、一所不住の旅の僧とみていいんじゃないかな金田一。さすが国文学者に名前をもらっただけのことはある。

ところで大山神官は佐兵衛について、流れ流れてこの那須にたどり着いたのは十七の年、って言ったんだけど、冒頭の年表と違うのであった。

あと金田一によると、青沼菊乃が亡くなったのは富山市の親戚を頼って暮らしているあいだに空襲でってことだったんだけど、静馬によると「俺が九歳のとき」
彼は佐清と同い年で、佐清は二十三歳で出征して五年後に帰ってきたから、いま二十八歳。十九年前(昭和三年)にはまだ空襲は無かったと思う。

まァこのへんは本当にアラ探しだ。

ちなみにこの「後」を考えてみると、佐清は結局あんまり裁きどころがないので、すぐ出てくるか、そもそも収容されない。彼と珠代ちゃんが結婚すれば遺言どおりに相続が行われる。

でも実はこの前年・1946年には、全国のお金持ちに厳しい財産税が課されており、この事件の直後、1947年の9月末頃には、地方財閥を対象とした財閥解体指定が行われているので、犬神家の全財産・全事業を継いだとしても、けっこう大変なのだ……

息子を失ったうえ何も取るものがないでは竹子梅子もおさまらないし、男女平等を保障する日本国憲法が実はこの年の5月にすでに施行されている。
解体して株式など手放し、残った分についてのみ、佐清・竹子(の長女)・梅子で三等分になるんじゃないのかしらん結局。
そして惨劇の舞台となった本宅も、元の家だったという洋館も、売りに出されて、買い手がつかず、取り壊しっていうのが、時代の流れかな。
財産問題的には犬神奉公会の一人勝ちだったかもしれない……
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Misha

Author:Misha
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「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。