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1935年8月、マーク・サンドリッチ『トップ・ハット』

インヴィテイション・トゥ・ロマンス。

1935年。馬車と二階建てバスが混在する倫敦。トップハット・ホワイトタイ・アンド・テイルズに装った紳士たちのレヴュウを拝見いたしましょう。ヴェネチアあたりのブライダルスイートに燕尾服が2人で泊まると不思議なことも起こります。

つまり、スマホで自分撮り写真を送ったり、顔アイコンでご挨拶なんてことがあり得なかった時代のロマンチックコメディ。筋立ての他愛なさは難癖つけるところではなく、金髪の人々への憧れをもって、微笑ましく拝見するばかりの娯楽映画。呼吸するように歌い出し、歩くように踊り出す。アステアの前にアステアなく、アステアの後にアステアなし。

コメディアンというのは何人か思いつくものですが、1899年生まれのこの人こそ空前絶後。あの脚と、気品と愛嬌を兼ね備えた雰囲気と、芝居っけのどれが欠けても「フレッド・アステア」たり得なかったのですから、天はときに二物以上をお与えになるのです。

特技を持った俳優というのも時々いるもので、女形出身者は殺陣が美しいなんてこともあるのですが、この人は相手役も斬られ役もなく、ほんとうに一人で踊るだけで場面を成り立たせてしまうのでした。

と言いつつ、上背でもステップでも金髪の美しさでも彼に負けてないロジャースがまた素敵なわけで、スターがいた時代というのはこういうことを言うのでしょう。

今でこそ「古きよき」と言いたくなりますが、お話は1935年現在として撮られており、当時の人々には最新流行だったわけで、キラキラ輝くロジャースのドレスが憧れと盛んな模倣を呼んだことと思います。

まずは、ホワイトタイ or ブラックタイで軽く口論する男たち。アステアは燕尾服に黒タイというルール違反をしているわけではなく、静粛第一の「クラブ」に集まるイギリス紳士たちが夜の装いとして当たり前のように燕尾服にホワイトタイのところへ、タクシードで乗り込んでいるわけで、上流階級および英米の違いを軽~く諷刺しているのだと思われます。

開始9分、早くも長い脚と鮮やかなタップダンスを披露してくれます。雨の公園も水の都もセットだと思われますが、時折ロケもはさんでいるので、意欲的な作りだと思います。

足元を大写しにするところから始まるダンスシーンはノーカット。豪華なセットの中を流れるように移動して、撮り方としても贅沢の極み。このコンビの4作めだそうで、ダンスパートナーとしても息があい、眼を吸いつけて離しません。

バレエ・リュッスがパリで公演していたのは、これをさかのぼることそんなに古くないはずで、間に「サヴォイでストンプ」の時代もあったはずですが、ダンスという芸能そのものが急激に発達したようにも思われます。

女性が「足」という言葉を発音することさえためらわれて、診察に苦労したというのは、フロイト博士のエピソードだったと思いますが、彼の没年は1939年なので、この映画の頃にはご存命だったのです。隔世の感とはこのことか。なお、われらが宝塚歌劇団の創設は大正3年(1914年)です。

地の演技はどちら様も誇張ぎみ。当然ながらモノクロですが、保存はたいへん良く、画面はビロードの質感。終盤にはこの時代のミュージカル映画らしい華麗なフィナーレが待っています。

映画ってのは、かつて王侯貴族だけが芸術作品に触れることができたことを思えば、大衆向けであり、歴史が浅く、若い文化であり、その意味でサブカルチャーという言葉を使ってよければ、サブカルなのです。

これがアメリカのサブカルと言われりゃ日本は……正宗白鳥が書いていたように、軽井沢あたりには男装の乗馬の麗人を含む翻訳的青年男女がいたのでしょう。

これを観てしまった後で戦争に突入した人々の苦衷はいかばかりだったかとも思われます。



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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験・就活を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

映画評は、アップロードする以上は「下げる」ようなことは言わないことにしております。あらすじもあまり申し上げませんので、楽しみに御覧になってください。記事冒頭の色つき文字は映画中の台詞・挿入歌の歌詞からの引用です。

なお、取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・分割・削除しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。