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【フェミ的BL論批判】「なぜ組み合わせるのか」というのは、問題の立て方がまちがっているのです。

人間は「まねぶ」ことが上手いように出来ています。英才教育ということがあるように、幼ければ幼いほど、見たまま・聞いたままに真似するものです。確かに、スポーツ・芸事などを覚えようとしている修行期間中には考えないほうがよいわけです。

でも、先生にも先生がいる。その先生もいる。そのまた先生もいたはずです。現代の常識とされている固定観念は、いったい歴史のどの時点で形成されたのか? これを問い直すことは確かにむずかしいことなのです。気づきにくいことなのです。

その状態で「アニパロの基礎には古典文学がある」と言われると「あら、私そんなもの読んだことないわ!」と叫んじゃうのです。いやだから、あなた個人の話ではなく、カテゴリ全体を50年さかのぼった話をしているのです。

1990年代の評論家たちも、視野狭窄的・短絡的な議論をしていました。個々の子ども達も、創作カテゴリ全体も、さまざまな教えをさずかりながら少しずつ成長してきたという時間的展望を持つことができませんでした。

まだ年端もいかないパロディ同人を弁護してやるつもりで、とっくに成人した本人が「未婚だから少女」という自認に浸り、自分自身の子ども時代の「母親が厳しかった」とか「父親に誤解された」とかいった恨みを述べていたのです。

つまり自分自身が、日本の大学という男尊女卑社会から逃避していたのです。

当方の同人・BL論は「他人が書いたものを読んでも埒が明かないから自分で書いてみた」というものです。異論・反論がある方は、ご自身のブログに挙げてください。どちらが正しいことやら、読んだ方がそれぞれに判断してくださるでしょう。ひと言コメント合戦は、サーバーの負担でしかありません。脊髄反射クレームごっこは、ストレス解消のための暴力でしかありません。




二十四年組自身は「アニメキャラを利用させてもらいなさい」なんて言っておりませんから「ある男が、美童に出会ったことによって、人生が大きく変わった」というプロットをアニメキャラクター同士の人間関係に持ち込むことは、1970年代に、アマチュアの誰かが自分で思いついたことです。

(同人にも著作者人格権がありますから、勝手に何々サークルさんなどと名前を挙げなくていいです)

二十四年組から着想を得たという説が強いですが、森茉莉の作品が1974年までに12刷という結果があるので、小説としてのアニパロは、耽美派小説家に私淑する文芸サークルから直接的に始まった可能性もあります。

「漫画に感動したのに漫画家になりたくなくて小説を書きたくなった」というのは話がおかしいですし、漫画しか読んだことない人から小難しい漢字や詩的な比喩表現を連ねる耽美派文芸の模倣が発生するのも奇妙ですからね。

いずれにせよ、それを周囲の人々が「面白い」と思ったから、流行が始まったわけです。1981年頃に特定アニメ番組に基づくブームがあって、1983年にはもっと大きなブームがあった。その頃から参加するようになった中学生には、もう元々なんだったか分からないわけです。

パロディといっても、自分なりに原作を読み込んで、ツッコミどころを見つけて、個性的なコントを構成したのではなく、パロディそのものの模倣をしたわけです。

【運命の恋人】

二十四年組の影響下に「アニパロ」が成立したというなら、二十四年組自身が戦前の男性作品の影響を受けている以上、アニパロは戦前の男性作品の孫に当たります。

そのような歴史的経緯からいって、BLは、二人の男性のうち、若いほうを女役に見立てて、男役のほうの感情を描くものです。これが基本。二十四年組がしたことは、本来はオッサンである男役を若返らせて、彼自身も女の子のような顔した若者として描くことだったのです。

つまり「女らしいほうが(オッサンらしいよりも)価値が高い」という女性ナルシシズムに基づいて、美童に出会ったオッサンの物語を美化したのです。

だから、今なお「攻め」キャラクターを主人公として、もう一人の男性について「彼にこんな側面があったなんて」と驚いたり、いつしか彼のことばかり考えている自分に気づいたといった感慨が描かれていれば、これが王道ということです。

それを、どっちかの死で終わりにしたくないとすると、「お前に出会って俺の人生は変わった」すなわちストレートがホモになって、そのまま愛する彼とともにホモセクシュアルとして生きていくことになったという話になってしまい、しかも今んとこ結婚はできない。

ここで現実の差別とリンクして来るので、物語ではなく創作家を取り巻く現実が(クレーム合戦などによって)ややこしくなるのです。

で、永井荷風が言った通り、創作物というのは「毎回おなじ歌を唄う」ってわけに参りませんので、さまざまな逆転パターンが試行されるわけです。だから、カテゴリ成立の初期から時代をくだればくだるほど、ヴァリエーションが多くなるのは当たり前です。けれども外せない基本があります。

年上のほうが女役という場合、見た目には逆転パターンであり、意外性が高いですけれども、若者のほうの「お近づきになりたいな」という心理が描かれているのであれば、同じことです。

年下の女役のほうが主人公で、年長者に対して「お近づきになりたいな」という心理が描かれているのであれば、別の意味で逆転パターンですが、結局は同じことです。

自分の運命を変える男性に出会ってしまった男性の物語。

このように一般化すれば「エロは要らない」もあり得るわけです。さまざまな身分・職業・肩書きの組み合わせが試行されるのは、たんなる目先の変化を狙った商業的工夫ということになります。

けれども決して外せないのは、そもそも「美童に出会った男の人生(の変化)を男性作家が描く」という文芸にのっとっているという成り立ちであり、出自です。

「アニパロ」とも呼ばれたものは、この基盤の上にアニメキャラクターを配したものに過ぎません。だから男同士の物語になるのは当然であって、なぜ組み合わせるのかという疑問は、問題の立て方そのものが間違っているのです。

じゃなぜ女流は「美童に出会った男の人生(の変化)を描く」という男性文芸を模倣しようと思ったのか?

【少女漫画との兼ね合い】

アンドレセン自身は映画による「イメージ」で苦労させられたようですが、『ベニスに死す』における彼をイメージモデルにする以上、彼に付きまとうオッサンも必要なわけです。「一人前の男心を狂わせるほどの美少年」に女性が憧れるわけですから。

美少年の価値を高める存在として、引き立て役として、成人男性が登場し、彼自身の身分や地位が高ければ高いほど、それを破滅させるほどの傾国の美童は、いよいよもって価値が高いということになる。

わりに重要なのは、二十四年組がそのような話を描いていたすぐ横には「男装の麗人」の大ヒットと、女子パワーテニスプレイヤーや、身寄りのない少女が演劇で天才を発揮するという話があって、ちゃんとヒットしており、しかも読者は少女向け雑誌の掲載作品として、それらを差別なく読んだということなのです。

「少女が男顔負けに活躍する」という話を描けばヒットする法則というのは、もう『リボンの騎士』で確立したといってもいいでしょう。わたなべまさこ『ガラスの城』というのも、本来は「少女を監禁していたぶる」というのは悪役男性がやることだと思えば、少女キャラクターに男の真似をさせたと考えることもできるわけです。

漫画家は、プロ根性があればあるほど、他人とおなじものを描くわけにはいきません。とくにオスカル様の二番煎じは避けたいわけです。だから、男装の麗人の次は、男が目をつけるほどの美少年。

じつは、その後の少女漫画には、海外を舞台にした歴史ロマンという分野は少なくなりましたね。主人公の主流は、金髪のように描いてあっても、日本人の少女です。並行して、日本の少年も女流によって描かれるようになりました。

日本の少女の自己イメージが欧米化し、さらに日本の男子が女性の「お眼鏡」にかなうようになれば、創作物にも取り込まれる。そもそも急激な近代化以来の日本人の習性として、まず西欧に眼を向けて、その模倣にいそしみ、しかる後、日本にも眼を向ける。

萩尾・竹宮による金髪美少年物語の後は、木原敏江・山岸涼子による日本の過去の男子の物語。順序良く進んでいるのです。それだけの話です。

読者は世相をとらえることのうまい、または世相に先んじてイメージモデルを与え、流行を作り出す才能ある漫画家がヴァリエーションを増やしてくれるたびに、素直について行っただけです。

「BLしか読まない女」vs.「少女漫画しか読まない女」という対立を設定したのは、わりと最近の男性です。1970年代の二十四年組を知っている男性であれば「俺も読んだ」というだけで、差別意識は低いのです。

女性の社会進出が盛んになり、BLが過激化を強めるにしたがって、男性によるバッシングも強まったのです。つまり女性の自由度が増すと、それに対して男性が「モテない女のやること」と厭味を言うことも増えたのです。ここ重要です。で、批評家がそういう自分自身を批評できない程度では困るのです。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。