自称「性的マイノリティ」の見分け方。

  21, 2016 10:31
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挫折を経験したマジョリティが、マイノリティを詐称すれば特権を手に入れることができると無意識のうちに計算を働かせてしまうことは時々あります。凶悪犯罪を起こしておいて自分から「心神耗弱により無罪」を申し立てるのも一例です。

刑法犯が錯乱し、結果的に罰をのがれるというのは、研究の不十分だった時代に映画などによって作られてしまった「イメージ」だと思われますが、もちろん黒澤が悪いわけじゃありません。観客のほうで(創作物以外の場所で)イメージを利用しなきゃいいのです。

【自称「性的マイノリティ」の見分け方】

みずから「性的マイノリティ」を名乗る人物が「弱者の権利のために声を挙げていく」などと称して、SNS上で誰かれ構わず挨拶もなく怒鳴りつけている(「!」マークつきの短文でメンションする)ようなら、隠し持った目的は、日常的なストレス解消です。

すなわち、職場でおもしろくないことがあったから交際相手や家族を殴るという人とおなじことです。

「ゲイコミュニティとの弱者同士の連帯」を掲げる女性が、同性志向男性の口から、女性には何の関係もない男同士の性愛の話ばかり聞きだそうとするなら、隠し持った目的は人権運動ではなく、BL趣味の満足です。

本人の幸福追求権を行使しているとは言えるかもしれませんが、ゲイのためにはなっていません。いずれも「意識高い性的マイノリティごっこ」でしかありません。

「吊橋理論」というのは、危険をともにした男女が恋愛関係になりやすいという説ですが、これを応用して「ストレート男性同士が条件しだいでホモになる」と考えるのは、二次創作BLの影響です。

すなわち、吊橋理論で実際に同性愛に目覚めるのかどうか質問したがる人は、二次創作BLの読みすぎです。しかも創作と現実を区別できず、創作物だけでは満足できない危険な読者です。

「性的マイノリティ」を自称する人が、本当に若い頃から一人で生きていく覚悟を決めて、充分な資格を取っておいたとか、パソコン通信の時代から人権団体を立ち上げて、ルームシェアの相手を見つけ、20年間おだやかに同居して来たというのではないのなら、話がおかしいと思いましょう。ゲイ・レズビアンたちは、お見通しです。

なぜなら、彼らは何十年も前から、そうやって生きてきたからです。

もともと濃厚な母子共依存の状態にあった人が、他人から誘われたことによって安易に二次創作を手がけてしまうと、他人のキャラクターを利用して簡単に利益を得るという経験をしてしまうので、依存的な性質を助長してしまうことがあります。

「他人に誘われたから、母親がうるさくて他のサークル活動ができなかったから」などと言い訳する心は、同人活動に挫折すると「だまされた」と他人・社会を恨み、昔の仲間の悪口を言ったり、場所柄もわきまえず不幸自慢したりするようになります。

本物の性的マイノリティは、不適切な言動の多い人と同類だと思われては迷惑します。精神障碍者・精神病患者・若い人・パロディ同人も同様です。迷惑だと思った人々は「あれは我々の仲間ではありません」と言明することになります。

したがって、得をする・楽をするつもりで他人の「レッテル」を詐称すればするほど、結局は自分を孤立させることになります。気をつけましょう。

【本人が喜んでしまうので「頭がおかしい」と言ってやってはいけません】

明らかに「頭がおかしい」と言いたくなるような言動の多いアカウントに対して、「頭がおかしい」と言ってやってはいけません。差別的だからではなく、本人が喜んでしまうからです。

「そうよ、わたしは頭がおかしいのよ! だから罪に問われることはないのよ! 罰を受けることがないのよ! 誰も私を捕まえることはできない! だからこれからも積極的にクレーム攻撃を続けてやるわ! みなさ~~ん、覚悟してね! なんちゃって。うふふッ♪」

って、なってしまうからです。

ここで「うわ~~、やっぱりこいつ頭がおかしい!」と叫んでしまってはいけません。お気持ちは分かりますが、自分自身が「怒りの感情を捏造」してしまう必要はありません。重要なのは、本人が自分を見捨ててしまっていることです。

周囲に対して良好な対人関係を築く努力を捨ててしまっているのです。わざと孤立しようとしているのです。おそらく職場などの日常的ストレスを背景に「実家へ帰りたい・子どもの頃に戻りたい」という退行願望にとらわれてしまっています。

発想としては「刑務所に入れてもらうために、わざと刑法違反する」というのと同じです。百歩ゆずって、帰るべき実家があればよいですが、ない場合は、本当に危険です。

孤立してしまえば生きていくことができません。すると本当に「わざとつかまって刑務所に入れてもらうために劇場型犯罪を起こす」という発想になってしまいやすいと言えます。だから、本人の頭が正常な前提で、道理を説きましょう。

本人に冷静さを取り戻させるには「頭がおかしい」という自認の上書きではなく、あなたには道理を聞き分ける能力があるというメッセージを送ることです。

本人が事実を誤認しており、他人・社会に対して根拠のない恨みを抱いている場合には、本人が信じている根拠を崩しましょう。数字を挙げるなど、事実を参照して説明することは、周囲の人にとっても参考になります。

おなじ勘違いの次世代における再生産を防ぐことができれば、トラブルも減るので、社会全体の幸福増進にもつながります。

まことに残念ながら、若いうちから「山も落ちもない」種類の創作物に親しんでしまった人は、実生活でも前後の見通しが悪く、矛盾した発言を続けた挙句に「どうせ山も落ちもないからといって開き直れば、それ以上追求されない」と高をくくってしまうことがあります。

もともとそういう性質だった人が、そういう創作活動に引きつけられるという具合にループしていることもあり、根本的に修整するには、やはり本人の自覚が必要なのです。

【精神病・精神障碍の詐称は、当事者の努力に対して失礼です】

本物の精神病患者・精神障碍者といった人々は、医師・看護師・教員・養護施設の職員・家族などによって厳しい訓戒・訓練を受け、処方された通りに薬剤を摂取し、回復と社会適応に努力しています。

その背景には「そういう連中は何か(悪いことを)するに決まってるから、我が家の近くに病院や福祉施設を建てないでほしい」という偏見があります。

そのような偏見は、研究の充分でなかった時代に、映画などによって作られてしまった「イメージ」です。

実際の患者・障碍者と、その支援者たちは、そういう偏見に心を痛め、泣かされながら、真面目に働き、きちんと挨拶するという努力を続けています。

彼(女)らは、先に「私はなんとかチルドレンだから」などと言い訳しておいて、わざと下品なことを言ったり、他人に怪我をさせたりしません。

したがいまして、健常者が「私は頭がおかしい・狂っている・気が違っている」などと言って、なんらかの病気・障碍のイメージを喚起させ、情状酌量をねらって、自分の不適切行動の責任を逃れようとすることは、彼(女)らの努力に対して、失礼です。

失礼だと思わない人は、ボランティアにも行ったことがないわけです。なにも知らずに「悪いことをする精神病患者のイメージ」を利用しているのです。

もし「性的マイノリティ」を自称する人が、そういうことをするなら、社会は「性的マイノリティってのはそういう連中か」と思うでしょう。

また、他人に怪我をさせておいて「アダルトチルドレンだから」と言い訳すれば、社会は「アダルトチルドレンってのはそういう連中か」と思うでしょう。

そんな連中になんの保障も与えてやる必要はない、税金で支援してやる必要はない、民法改正どころか、さっさと逮捕しろ……という方向へ進むでしょう。恐怖を感じると攻撃的になるのが「ノーマジック」の習性なのです。

回復をめざして精神科を受診したり、障碍者手帳を取得したりすることなく、自己診断で社会的弱者の「レッテル」を無断利用して、自分も得をしよう・楽をしようとすることは、犯罪ではありませんが、人間として信用されません。

おなじ「性的マイノリティ」のお友達に対して、恥ずかしくないとは言えません。

もし、このように言われたことによって「私のことかしら?」と思ったら、「他人から文句いわれたわ。復讐してやる!」と短絡的な被害妄想・攻撃意欲を募らせずに、深呼吸しましょう。

そして、スマホを見つめていきり立っている自分自身を遠くから眺めてみましょう。(可哀想な私って可愛いという自己満足ループに落ちてはいけませんよ)

【総決算の季節】

現代は、1980年代の後始末という意味合いがあります。1970年代に進学率が上がる波に乗って成長し、学生時代に1980年代バブルを経験し、覚悟のないまま不用意にバブル崩壊に巻き込まれ、落差が大きく、社会を恨む気持ちが強い。そういう40代の犯罪が増えているのです。

「だから私もやってもいいでしょ」ではありません。自分はそうならないと決めることが必要なのです。選択権は、あなたにあります。お母様のトラウマは、存在しません。

おとなになると、説教してくれる人もいなくなるのです。ツイッター廃人と言ってくれた人があるなら、むしろ感謝しましょう。


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