ゲイにメリットのない連帯は、女性のわがままです。

  21, 2016 10:32
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ストレートがゲイのために出来る最良のことは、自分自身がゲイコミュニティに走り込んで、チヤホヤしてもらうことではありません。

彼らに背を向けて、ストレート仲間に向かって「これ以上この人たちをイジメないでやってください。お願いします」と頭を下げることです。

「そんなの無理よ。だって女の子だも~~ん」と言うなら、レズビアンから白い眼で見られるでしょう。

また、同人がゲイのためにできる最良のことは、自分のファンの中から彼らに失礼なことを言う人を出さないことです。自動車・酒・煙草・パチンコの業界なら、被害軽減に努力しています。

BLは年齢制限されるようになりました。もう「女の子だから、そおゆうむずかしいこと分かんな~~い♪」では通用しません。

【ノンセクシュアルはマジョリティです】

今や「結婚する必要を感じない」という若い人が増えましたから、もはや「ノンセクシュアル」は、マジョリティです。

そもそも、ストレート男女が結婚「しない」自由というのは、昭和22年5月3日から施行された憲法において、心身の自由・自己決定権として保障されているのです。

いっぽう、ゲイが結婚する自由は認められていません。ゲイから見れば、結婚しないストレート男女というのは、憲法で保障された権利を存分に行使して自由を楽しむマジョリティに過ぎません。

「私、ストレート男子とおつきあいしたくないから、ゲイ男子とおつきあいさせてもらいたいの~~♪」というのは、ただの自称ノンセク女子の我がままです。ゲイのためには、なっていません。

自分だけ面白がっていることを「マジョリティの横暴」と言うのです。こういうのは性別を逆転してイメージしてみると分かりやすいです。

【連帯ごっこ】

もし、彼女がいないので職場でからかわれたという男性が、レズビアンカップルの間に座り込んで彼女たちを両腕にかかえ「こおゆうのを弱者同士の連帯ってゆぅんだぜ!」って笑ったら? 諷刺的な映画のワンシーンみたいですね。

女性が「見てるだけでいい」と言うのも同じことです。実際のゲイ同士の会話が女性にとって都合のいいものばかりとは限りません。でも女性のほうで自分が悪口を言われるとは思っていない。自分に聞こえるように「ああいう女がいるから困る」とか言われるとは思っていない。

お客さんとして歓迎され、小耳にはさんだ時に自分が面白がれることだけ会話してもらえると期待している。実在の彼らは観客に都合のいい台詞を言ってくれるキャラクターではないのに。

【弱者特権とは】

女性の弱者特権というのは、男が「女は黙ってろ」と言ってはいけないが、女は「男は黙ってろ」と言ってよいという意味です。

けれどもこれは、女性が職場進出したい時に、男が「女のくせに」とか言うなという意味です。女性が男性の性的な遊びの真似をして、自分より弱い人々を利用してよいという意味ではありません。利用してよいというなら虐待の連鎖です。

フェミニストに虐待の連鎖を許可できる権利はありません。

じゃあ、BLは? 百歩譲って創作物だから、実行すれば刑法違反のようなことでも描いてもよいというに過ぎません。

BLを通じて男同士のことに詳しくなったつもりの女性による被害には、ゲイコミュニティは何十年も前から迷惑させられて来ています。これはパロディ同人や出版社にとっても困るのです。

これも他の分野に例えてイメージしてみると分かりやすいです。例えばミステリーアニメが好きだからといって、実際の警察の捜査現場に入り込んではいけません。仁侠映画が好きだからといって実際の暴力団事務所に乗り込んでも相手にされません。

そういう滑稽かつ迷惑な状態にすぎないのに「弱者同士の連帯」といえば許されると思うなら、その言葉を、ていのいい言い訳として利用しているだけです。

BLは女性キャラクターが登場しないので、女性にとって「人のふり見てわがふり直せ」という教訓にならないのです。

他人の立場になって、想像力を使って、自分自身の言動が横暴だったことに気づき、彼らに対して遠慮するというのが「弱者に配慮する」ということであるはずです。

「ゲイは私に気を使ってチヤホヤしてほしいが、私はゲイに配慮するつもりはない」というのは、連帯できたうちに入りません。

【ゲイは連帯がきらいです】

ゲイ・リヴ運動というのは、端的には1969年に開始され、今となっては歴史も長く、規模も世界的で、すでに日本人も国際報道によって知っているように、同性婚が認められた国もあるなど、一定の効果を上げています。

したがって、他のマイノリティから依存されることが多く、彼ら自身は懐疑を感じています。ひらたくいうと迷惑に感じています。

もし本当に「ノンセクシュアル代表として、ゲイコミュニティに対して連帯を申し込む」という場合には?

彼らが同性婚の法的保障を求める署名運動を開始した場合に、数十万人のノンセクシュアルが一斉に署名してくれて、政府を動かしたというのでないかぎり、ゲイにとって、メリットがありません。

けれども、「実際の相手と交際したくない」というノンセクシュアルの中には、少女趣味の男性がいるかもしれません。BLが嫌いで、ゲイバーにも興味ないという女性がいるかもしれません。ちょっと興味あるけど、男同士は異常だしキモいから、からかってやりたいだけという人もいるかもしれません。

「ノンセク」を自称する人々を受け入れたら、失礼な質問をされる被害が増えただけだったというのでは、ゲイにとって意味がないのです。

レズビアンがゲイと連帯できるのは「同性婚したい」の一点で共闘できるからです。ストレート男女が「私には恋人ができないけど、あんた達はいいなァ」などといっても、彼(女)らに言わせりゃ「知るか」というだけです。

【ノンセクシュアルはフェミニズムです】

「女性が独身でもいいじゃないですか」というのは、フェミニズムの一種です。まず連絡を取るべき相手はフェミニスト団体です。

フェミニズムの中には昔ながらの「家族のために」という婦人運動グループもあるでしょうが、現代では必ず「結婚する気がないのに職場で嫌がらせされた」という人々がいるはずです。

「私は同人やっていたから、フェミとは別よ。だから私が連帯する相手はフェミではなく、ゲイよ」ってのは、同人やっていた人の勝手な理屈でしかありません。

もし、フェミニストが「私は結婚したくないが、ゲイ同士の結婚は全力でこれを支援する」と言ってくれないなら、ゲイ側からは「フェミと連帯したい」という声は挙がらないでしょう。(彼らはフェミにも苦労させられて来たのです)

もし、独身女性が「男同士で幸せになられちゃ私の立つ瀬がないわ。それより私と一緒に泣いてちょうだい。男同士は切ないから萌えるのよ」と思っているなら、彼らが差別されている状態を利用しているだけです。

【ゲイとノンセクは別です】

そもそも、女性が女性に感情移入できないことは、ゲイには関係ありません。

女性が母親をロールモデルに出来ず、ストレート男性の幸せをともに喜び、彼を応援し、一生の伴侶となることができないことは、ゲイにはな~~んの関係もありません。

自分の意志では結婚したいのに「トラウマ」があるからできないというなら、相談する相手はゲイではありません。医師です。

ゲイは、母親をロールモデルにしなくても、一人の男として、別の男の幸せをともに喜び、彼を応援し、一生の伴侶となっているのに、法律が認めてくれないのです。あなたのような女性が、彼らを笑いものにするのです。いやらしい話だけ聞かせてもらいたがるのです。

ストレート女性が、彼らからその精神的苦痛を取り除いてやる約束をしてやらないのに、自分の愚痴だけ聞いてもらいたがっても、フェアではありません。

ゲイが女性について関心を持っていることは「なぜ女性はぼくらの結婚を認めてくれないの?」だけです。

それに答える言葉を持っていないなら、ストレート女性の口から「女性もゲイも新宿二丁目で平等に遊べる」などと言えた義理ではありません。

自分だけ他の女性から離れて、ゲイの仲間になったつもりでも、向こうではそうは思っていません。彼らが要望するのは「きみの仲間のところへ帰って、どうしてぼくらの結婚を認めてくれないのか訊いてきて」です。

あなた自身が言いませんか? もの分かりの良さそうなことを言って女性の気を引こうとする男性に対して、「ほかの男にも言ってやってよ」って。

【言い訳をやめましょう】

繁華街はどこもそうですが、少子高齢化とインターネットの普及による娯楽の変化によって、客足を減らしていますから、新宿二丁目にも「一般のお客様もどうぞ」と言ってくださるお店があります。

女性がそこへ行ってみたければ、黙って行けばいいので、わざわざ「連帯だから」と言い訳する必要はありません。

誰にも責められていない内から言い訳しておかないと叱られるという被害妄想を持つのは、確かに母親が厳しすぎた影響と言えるかもしれませんが、げんに実家を出ているのであれば、わざわざ自分から「ゲイバーなう」と自慢しなければ、お母様にも誰にも叱られないだけです。

「母親の影響のせいで」と言いつづけることで子どもっぽさを装い、若く見せようとするのは、対人テクニックの一つ・処世術の一つに過ぎません。要するに「ぶりっこ」の一種です。

マジョリティ男女が「ロリ」だろうが、「ショタ」だろうが、永遠の少女だろうが、そっちはそっちで勝手にやってくれというのがゲイの本音です。

ノンセクな人々は、新宿二丁目ではなく、どこの何丁目でも自分たちの街にすればいいのです。すでに「コミケ」というものもあるのです。アキバも池袋もあるのです。

たんなるゲイバーのお客さんとして、カクテルを注文している間は、ゲイボーイさん達もご商売ですから、チヤホヤしてくれるでしょう。でも自分からその範疇を超えて「連帯」とか「人権運動」とか言い出した時には、もうお客さんではありません。厳しい審査の眼にさらされます。

嘘は通用しません。ゲイは何十年も前から「連帯したい」という自称人権運動家の偽善にも苦労させられて来たので、すぐに見抜くからです。

【他人を利用したい時は、礼儀を守りましょう】

ゲイ・レズビアンと、ストレートの「ノンセク」では、立場に決定的な違いがあります。ノンセク自身もストレート社会の一員であり、ゲイ差別加害者であるという点です。

自分の意志で結婚しないことと、他人から禁止されていることは違うのです。

それでも連帯させてほしいというのは、彼らのためではなく、自分の利益になるから彼らを利用させてほしいというだけです。せめて礼儀を守りましょう。自分の好奇心を優先して、彼らが「まと外れである・答えにくい・不快である」と感じるような質問をしてしまわないように自分を抑えましょう。

「連帯」とは利用の口実ではありません。「ノンセク」であるということは、ゲイを利用できる特権のことではありません。

もし、自分自身がゲイバーで居心地が悪いなら、「女の子だから」という理由で特別サービスを要求するよりも、さっさと帰って来ましょう。



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