男同士のイメージ転換と、中年の過去自慢。

  21, 2016 10:33
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福島次郎の作品を参考にするかぎり、男性同士の行為というのは、男女の模倣ではありませんね。当然といえば当然のことで、もともと男男なんですから、男女の模倣をする必然性はありません。

古代以来の伝承を参考にするかぎり、男女の模倣というのは、社会的に不自由または自由すぎるストレート男性における若年者の代用です。これを同性志向男性が知って「あ、男同士はそういうふうにやればいいんだ」と思っちゃった。

彼らだって赤ん坊の頃から何もかも知っているわきゃありません。「ロールモデル」が必要なわけで、何千年も前からそういうふうに決まってると言われりゃ「そーなんだ」と思うのです。

で、ギリギリで1980年代までは、彼らの世界でも「若いほうが女役」という固定観念があった。でも、それでは子どもを誘惑する悪役・社会の敵というイメージを払拭することができない。

女性的な顔立ちに生まれついた男児は、ナルシシズムが強くなるので、女性をおだてる役目に飽き足らず、自分自身が同性志向男性にモテたい一心で「ホモになる」という一般社会の誤解は、1980年代にはまだ存在していましたね。

(これは、常日頃から女性の自己中心的言動によって苦労させられているストレート男性における「女はナルシシズムが強い」という偏見に基づいています。)

けれども、端的にはエイズフォビアによる迫害に抵抗する中で、成人同士の合意に基づく愛の行為・家庭的日常生活の一部として、「同性愛」および「男色」のイメージを転換し、人権運動として確立しようという発想の転回がなされたわけです。

もし、女性が彼らの愛情表現の話を聞くと「萌える」、自分にとっても利益になるというなら、彼らを笑いものにする筋合いはありません。情報公開してくださってありがとう・応援していますという立場です。

もし、漫画の美少年の話としてのみ受け入れられるというのであれば、漫画を読んだり描いたりすればいいのであって、多くの同人・BLファンが、これで納得しているわけです。

現代市民の良識として、創作物とは「別腹」で、人権運動には理解を示してあげたほうがよいですけれども、強制はできません。各位の良心に期待します、となります。

もし「ゲイ漫画は生々しくて読めない」という女性が、実際のゲイを見物に行くというのであれば「話がおかしい」ということになります。誰よりもゲイが「なにしに来たの?」と疑問を持ち、不安に思うでしょう。

「きもち悪い、異常、やばい」という反感を持ちながらゲイ文化を見物するのであれば、本人が「こいつらより私のほうがマシ」という優越感を味わっているということになります。

【BLを読んで満足した人は、新宿二丁目へ行きません】

読んだだけで満足できたんですから。漫画を読んだだけで「ああ、面白かった」で終わりにできない人は、漫画を読むこととは違うことをやりたくなっちゃったわけです。

それが良いことか悪いことか自分で判断せずに、漫画のせいにするなら、混同したほうが自分にとって都合がいいから、わざと混同しているだけです。要するに面白がっているのです。みんなの迷惑です。

たとえばの話、ミステリーアニメが好きだからといって「私も誰かをサツガイしてみた~~い」って思っちゃう人がいるようだと困るわけです。

誰が困るって、原作者も編集者もテレビ局も、ほかのファンも、みんな困るわけです。「そんな連中だと思われたくない」と思うわけです。

【一緒にするな】

ゲイ側の要望も、何十年も前から「一緒にするな」です。

西暦2000年頃、プロ女流小説家の作品が連載の途中からBLっぽくなったことがあって、一般読者(おそらく男性)から苦情があった。小説家は「同性愛を差別するのはよくない」と答えた。そしたらゲイコミュニティ(の一人)から「一緒にするな」という苦情があった。実話です。

彼らは「女性の表現の自由」を、さもゲイコミュニティ支援のような顔をして、責任逃れしようとすることを許さないのです。

では、パロディ同人は何がしたいですか? 実際の迫害・イジメ・自殺といったニュースを見たり聞いたりして「萌える~~」と言いたいですか? 笑い転げたいですか?

そうではありませんね。同人は顔色を変えて「私たちはそんなことしません」って言うはずです。

「だったら男同士は異常だなんて書くな」と言われりゃ「はい、書きません」というのが同人の対応です。何十年も前からの約束です。知らない人は個人的に知らなかっただけです。

ここで「編集が~~」とか言って来る中年婦人には困るのです。また「男が読んではいけません!」という話にすり替えようとするフェミニストさんも、同人にとっては迷惑なのです。

同人側は、何十年も前から、ゲイと事を構えるつもりはありません。だから「フェミとは別」なのです。

【堅気に迷惑かけてはいけません】

ゲイボーイも客商売ですから「お客の噂をしないのは、客商売の心得」であることを理解しています。だから、お店の経営者が「変な客が来るので困る」とツイートすることは殆んどありません。ゲイバー経営者の団体という名前で新聞・雑誌へ投書がなされたということもありません。

誰が悲鳴を挙げるかというと、素人です。逆にいえば、素人に迷惑かける女がいるということです。

男だけで、お互いに友達だと思って、昨日のテレビの話でもしながら酒を飲んでいるところへ、見知らぬ女が近づいてきて「あんたたち恋人同士でしょ。どこまで進んだの?」と質問するわけです。

「変な女から失礼な質問された。いいかげんにしてほしい」という文書やツイートを発するのは、一般客なのです。

だから彼らは、創作と現実、ゲイの権利と女の権利、ホストと一般客、フレンドリーであることと図々しいことを混同する女性客について「一緒にするな」と言い続けているのです。

自称ノンセクシュアルさんも、自称フェミニストさんも、自称人権運動家さんも、あわてて「連帯、連帯」と言う前に、覚えておきましょう。

【差別の構造に気づきましょう】

「どおしてトランスが簡単に手術できないの~~!?」と訊きますか? 横暴な一般社会を批判してやったつもりですか?

あなたのような女性が「ゲイはいいなァ」とか「私もホモに生まれればよかった~~」とか「私、心のゲイなんです~~」とか言っちゃうからです。

本当の性適合を望む生物学的女性の人々が「いやらしい漫画の読みすぎ」とか「お前も同人だろ」と言われる屈辱を受けているのです。その可能性さえ想定しないことを「マジョリティの横暴」と言います。

また「男同士は切ない」のは、あなた自身が同性婚を認めてやらないせいです。彼らがハッピーエンドを迎えることができないのは、あなたのせいです。差別の構造に気づきましょう。

【少年同士と男同士は別です】

「少年愛は切ない」は要点が別です。すなわち、成人が未成年者に性愛的関心を持つ、または未成年者同士が性行為におよぶことは、いずれも禁忌だからです。こればっかりは、同性婚が認められる社会であっても、認めるわけには参りません。

百歩譲って創作物として上梓されたものについて「少年同士は切ない」ということはできても、それをそのままスライドさせて「男同士は切ない」といえば、話は青少年保護の問題ではなくなって、ゲイ差別ということになります。

「少女に読ませる少年どうしの愛」だった創作分野が、読者の年齢上昇とともに読者と同世代の若い成人男性を主人公にすることが増え、「未成年者同士は切ない」と「男同士は切ない」の混同も生じてしまったのです。ここは注意しましょう。

【女性中心社会の横暴】

ゲイから見ると、彼らをいたたまれない思いにさせる「BL」(=女流の筆によって女性的に美化された男同士)という表現は、女性中心社会の横暴に感じられるのです。

彼らの不利になる表現を、自分のほうがマイノリティっぽい顔をして「表現の自由」と称して享受し続ける女たちというのは、許しがたいマジョリティに感じられるのです。これは立場を変えてみると分かります。

女性の中には「男たちがミス・コンテストを開催するせいで、私がイジメられる」と訴える人がいますね。コンテストの主催者が面と向かって彼女を笑いものにするわけではありません。

けれども、自分ではコンテストを開催できない・賞金を用意できない・優勝者と会話したり、お酌してもらったりできる立場にないという男性が、自分と似たような立場の女性をからかうわけです。「お前も出場してみればいいじゃん。どうせその顔じゃ無理だろうけどw」ってね。「ルサンチマン」というものであり、本人のストレス解消です。

これをもう一度、逆にすると? 女性が新宿二丁目まで押しかけて、実在の同性志向男性に向かって「その顔でホモとか、おかしくないですか? ふつう、美少年がホモになるもんでしょw」って言っちゃうわけです。

女性は自分自身の被害について、社会全体に向かって抗議する権利はありますが、ピンポイントでゲイをからかう権利はありません。女性が復讐する相手はゲイではありません。自分のほうが可哀想ぶって彼らに付きまとう権利もありません。性的マイノリティとは、ゲイに甘える特権のことではありません。

彼らには彼らの時間があり、プライバシーを侵害されない権利があります。

【クレーム合戦と、中年かまってちゃん】

ゲイ側が自分たちを露出し、人権運動を確立しようとするからこそ「あんた達、みんなこういうことするんでしょ?」という先入観が生じてしまう。カミングアウトすればしたで、つらい思いをさせられるというのが実在の同性志向な人々です。

彼らは本当に性的マジョリティの物分りの悪さにガッカリさせられていることだろうと思います。

で、その一部が時々「とくに同人やっている女は、いやらしい質問ばかりして来るからいやだ」って言っちゃうわけですね。

すると同人側からは「私たちだってBLにエロばかり求めてるわけじゃないですよ」と。

お互いに先入観を持たないでほしいというクレーム合戦が生じることがあるわけです。

もし、ここで「あら、私が1992年に発行していたアニパロ同人誌は、すっごくエロかったのよ!」と自慢する中年がいたら?

なんの役にも立たないわけです。若い人々が先入観を払拭しようという努力をしている時に、先入観を強化するようなことをいって自分だけ面白がる中年には困るわけです。

「俺の若い頃は」と言うようになったらオジサンです。「昔の私はよくモテたのよ」と言うようになったらオバサンです。

分かりますね? 他人がやっちまった話だと思って聞くと、よく分かりますね? だから「ひとのふり見て我がふり直せ」という言葉があるのです。

歳を取ると、昔の自慢話をしたくなるものですが、あわてて始めちゃう前に、周囲がなんの話をしているのか、自分が首をつっこんでもいいところなのかどうか、よく確認しましょう。

【「ゲイと呼べ」では逆効果】

なお、ゲイコミュニティ側に申し上げるべきことは「ホモと呼ぶな。ゲイと呼べ」ではダメです。それでは女性が「ゲイぃ…」とつぶやきながらタイムラインを徘徊することをゲイ側が許可したことになってしまいます。

女性側(または数少ない男性も含めて二次創作BLファン側)は、二次創作BLの話題を見つけたいというのが本音であれば「パロぉ…」が正解です。けれども昔からBL化ではないアニパロも沢山あるので、真の正解は「二次創作BLぅ…」です。

ほんとうは自分でも分かっているくせに、わざと「ホモ」という言葉を使って面白がっているのが許せん、というのがゲイ側の言い分です。

これにどう答えるかは、同人・BL側それぞれの自由ですが、言い方によっては自分自身が終わります。少なくともタイムラインにおいて、フォロワーさんの信用を失います。意外に厳しいのが、自分より若い同人です。ここ重要です。


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