1949年7月、木下恵介『新釈 四谷怪談』松竹

  10, 2017 10:32
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一人で獄門にさらされるのァ、寂しゅうござんすぜ。

原作:鶴屋南北 脚本:久坂栄二郎・新藤兼人 撮影:楠田浩之 照明:寺田重雄 録音:高橋太朗 美術:本木勇 音楽:木下忠司

上原謙、滝沢修、佐田啓二。まさかの美男ぞろいによる木下恵介流四谷界隈グランドホテル形式サスペンスはなかなかにハードボイルド。なによりも田中絹江(絹代です。訂正してお詫び申し上げます)の二役の見事さが怖い。

女の意気地と男の独善性と、すべての関係者の愚かしさを遠間から撮る叙情的シニシズム横溢して、春信のようなと言いたい優美な回想シーンとの豪華カップリングが眼に優しい力作です。

女の着物の着付けが柔らかく、浮世絵を意識していると思われ、たいへんに魅力的。

「新釈」なわけで、ホラーではなく、傘張り浪人目線の小市民的心理劇ですが、アクションシーンもちゃんとあり、忠司音楽が無声時代の劇伴のようで、戦前のチャンバラ映画を観ているような楽しさもあります。

しかも冒頭からカメラワークがたいへんに大胆で、引っぱれ引っぱれカメラ引っぱれ後ろ気をつけろ転ぶなよと言いたいくらい。一文字屋の二階建ては民家を完全再現したセットだと思われますが、壁で隔てられていない日本家屋の構造をフル活用しております。

大島渚『日本の夜と霧』の構成は特殊な事情もあって特筆されますが、カメラワーク自体はすでにやってる人がいたと思われることで、『陸軍』にもすごいロケ場面がありましたが、この監督は「撮る」こと自体を楽しむ方だったのでしょう。

心理描写のほうでは、木下さんは気っぷのいい女性には共感的ですが「一人では生きていけない」という女性には冷笑的なのです。溝口や黒澤がそういう女性に罰を与えつつも美化して描くことに比べると、もうひとつドライなのです。こういう人を「女心をよく分かってるから女性の味方」とか思っちゃいけません。いちばん怖い相手です。

なお、なにもできないダメな僕という要素は昨今のアニメ作品の批評の際に指摘されることがありますが、もう『浮雲』の時代(明治20年頃)以来、日本の男性キャラクターとしては定番の一つなのです。

最近の現象は、少年漫画というのは本来はそういう世智辛さをわざと閑却して、少年が大志をもって冒険に乗り出し、ひとかどの地位を得るまでを描くもののはずなのにそうでないのは不思議だという問題意識が大人のほうにあるのです。

けれども、この作品のように、あるいは山中『人情紙風船』のように、武士の子に生まれたけれど・学問はあるけれどという境遇の描写が「わりといい高校には入ったけれど」になっただけなのです。モラトリアムとはよく言われますが、むしろ早々と老成してしまうのかもしれません。

そしてそれを描いているアニメーター達はすでに成人しているというところがポイントで、よくよく考えると大人の男が大人の男にすがって生きていく姿を大人の男が眺めているというのも不思議といえば不思議な現象ではあったのです。

この上原謙のように、日本の男性は髭のない女性的な風貌を最高の美男と考える習慣があるので、いっそ第二次性徴前の少年が主人公になって、かつての実写映画の定番ストーリーを繰り返すということのほうが不思議ではないと言えるのかもしれません。

ところで本作そのものについては、翻案ものには「ああ、こういう話にしたのか」と自分の眼で確かめる楽しさがあるので、あえて詳細には明らかに致しませんが、たいへん木下流で、淡麗辛口という味わいであると申し上げます。


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