不思議な著作権問題。~中年と若い人に贈る言葉

  11, 2017 10:34
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著作権保護の強化という話に同人があわてふためくというのは、考えてみると奇妙な話なのです。

まず、有名キャラクターの「イメージ」を利用したパロディという技法そのものを禁止すれば『妖怪ウォッチ』を放映できなくなります。手塚治虫の漫画作品は再版禁止です。

有名な台詞を利用することを禁止すれば、『クレヨンしんちゃん』の劇場版は文化庁メディア芸術祭受賞作なのに再上映禁止です。

むしろ国民的損失であり、みんなの迷惑です。国家にそこまでする権限はない、ということができます。日本政府がアメリカの提灯持ちになりたいからといって、裏切り御免じゃ済まないのです。

いっぽう、有名キャラクターの名前が文字情報として含まれる場合には、これを権利者からの親告を待たずに摘発する、とすれば?

プロ漫画家の仕事場に警察官がやって来ます。「署までご同行願えますか?」(民主警察だから言葉使いは丁寧)

政府・警察が、有識者を含む国民からの「検閲はよくない」という指摘や、警察官が他の仕事をせずに「検査」と称して一日中漫画ばかり読んでいるという批判を防ぐためには、国内刊行物すべてに警察官が目を通し、ハンコを押すということをしないで、善意の国民からの通報があった時だけ出動することにすればいいわけです。

常日頃、警察官のほうから個人所有の車両をのぞいて見るわけではないが、市民から「不審な車両がある」とか、「不審な荷物が置いてある」という通報を受けたら直ぐに出動するのと同じことです。

つまり、検閲しないからこそ、通報が盛んになるわけです。

とすると「先週発行された漫画には、50年前の映画に登場したのと同じ人物名が使用されています。著作権保護期間は70年に延びたから、これは違反ですよね?」という通報があり得るわけです。

国民としては善意のつもりかもしれない。意図的ないやがらせかもしれない。

プロ漫画家は「そんな古い映画知らないよ! オールド映画ファンの被害妄想だよ! すぐパクリ・パクリって言う奴がいるから困る!」って言うでしょう。

でも警察官は彼(女)自身の職務として「とにかく一度、署のほうへ」と言わなければならない。

後日、プロ漫画家は「取調べを受けている間、仕事ができなかった」といって、国家を提訴することもできるでしょう。彼(女)の賠償請求に国家が応じるとなれば、国民の税金が使われるわけです。

「漫画くらいでそんなに騒ぐなよ」って、国民として言いたくなりますわね。面白ければいいじゃん、ってね。

だから、この話はプロ創作家・出版社・映画会社などが団結して政府に対して「創作物の場合は、引用との線引きが明確でないので、他の作品とよく似ていると思われる要素があっても非親告罪にはしない」という合意が取れれば、それで終了です。

同人は、最初から最後まで黙っててもいいのです。

【そこじゃない】

いっぽう、創作家が「売れなくなると困るんです! 生活がかかってるんです!」と言ったら国家が「じゃあいいよ」と言ってくれるのであれば?

海賊版業者も危険ドラッグ業者も「自分の生活のために売っている」と言えばいいことになってしまいます。

逆にいえば「売っている」とか「売るためにやっている」というのは、言い訳にならないのです。

この話は最初から「コスプレして映画館に並ぶくらい構わないが、商売ものだけ取り締まろう」という話なのです。売ってるこたァ分かってるのです。売るために他人のキャラを利用したら、プロでも逮捕すっぞという話なのです。そのためには(事実上の)検閲か、密告の奨励がなされるのです。起訴には至らないことのほうが多いかもしれませんが、たびたび取調べを受け、証拠品として原稿・フィルム(デジタルデータ)を押収され、業務妨害されるのです。

「俺はプロだから」といって左団扇でいられる話ではないのです。

つまり、意外なようですが、この問題の切り口は「同人誌が営利目的かどうか」ではないのです。

トッププロのレベルで「パロディという技法を法律で禁止しない」(=必要に応じて民間レベルの話し合いで解決する)という合意が取れれば、それで終わるのです。

もう一回いいますが、同人は最初から最後まで黙っててもいいのです。

同人誌即売会は同人誌を即売する会ですから、同人誌を売ってるこたァ分かってるのです。でも、そこが問題ではないのです。同人だけが特別に問題視されているのではないのです。

にもかかわらず、政府とプロの話し合いの途中で「あらやだ売れなくなると困るわ! うちは商売なのよ!」と叫びだしてしまう同人というのは、何に似ているかというと、若者たちの話に首をつっこむオバサンなのです。おふくろは話が分かってないんだから、ちょっと黙っててくれみたいなね。

【問題をすり替えてはいけません】

「著作権者から訴えられなければいい」という点では、プロも同じです。『おそ松さん』の他にも「何々先生ごめんなさい」とジョークを言うことはあるわけです。

あえて例えれば、黒澤映画『醜聞』にあったように、週刊誌などは今なお「編集長、これ大丈夫ですか?」と言いながら発行するわけです。有名なプロ作家の小説に「わが町では煙草のポイ捨てはふつうではない」というクレームついたこともありましたね。

もし「名誉毀損的な出版物は、これを非親告罪とする」という法律ができたら? 常日頃から「ああいう週刊誌は下品だから取り締まればいい」と思っていた人々は面白がるでしょう。ぜひそういう法律を成立させろと言うでしょう。

でも「自分は大丈夫」と思っているプロ創作家も「こういうのいいんですか?」という通報電話に悩まされることになるわけです。そして警察には「検査」と称して、一日中グラビア雑誌をめくっている部署が出来てしまう。国民は「それで国から給料もらえるなら俺だって警察官になりたいよ」とジョークを言うでしょう。

キャラクターの話に戻すと、これを機会に目ざわりな同人をつぶそうという話にすり替えてはいけないのです。

同人自身が「とくに同人だけが規制される話だ」と勘違いして興奮しても無意味なのです。まして「私の同人誌が売れなくなったのも規制のせいなんですよ!」と昔話を始めたって、いま関係ないでしょというだけなのです。

プロ漫画家・原作者の一部は「非親告罪になったら同人はやばいよね」ってことを言ったわけですが、自分たちだって安穏としていられるわけではないのです。「トレース疑惑」同様の密告祭りが始まる可能性があるという話なのです。

だからプロ創作家が「創作活動が阻害されるので非親告罪にしないでください」という署名運動を開始して、アマチュアにも協力を呼びかけたというなら分かる。

でも「同人はやばいよ」と言うだけでは「だからなんなんだ」って話でしかないのです。また、すでに法律ができてしまった前提で対抗措置として許可マークを制定しようというのは、フライングです。

この話は、はからずも、日本人が「法律ができる」ということに対して無力感を持っている・お上には逆らえないという気持ちを持っていることの証拠の一つになってしまったのです。

さらにいえば、プロが自分たちだけで話をつけることができず、じゃあ同人はどうなんだというふうに話をすり替えようとしたということだったのです。

【「警察を入れるんじゃねェぞ」って話なのです】

この話は最初から「商業的規模の著作権侵害」を問題視しているのであって、「コスプレして映画館に並ぶくらいは構わないが、金目のものだけ取り締まろう」という話なのです。

それに対して、すべてのプロ創作家が「警察を入れる必要はない」と言うべきことなのです。

そもそも「どうにも困るから警察を入れてくれ」と言ってるのは、有名なロゴマークや「なんとかバッグ」の意匠を模倣されるファッションブランドなど。および映画を盗撮されたり、DVDを焼増し販売されちゃ正規品が売れなくなるという映画会社。あえて言えば、その営業部門ですね。

これは本来、それによって権利料を取れるはずなのに取れないから、おカネを払わないで品物だけ持っていってしまった人がいるということで、窃盗ということになるのです。

でも創作家は「警察を入れてくれなくていい」と言ってるわけです。民主主義であるかぎり、決定権は国家ではなく、国民のほうにあるのです。(建前は大事です)

つまり「どうにも困るから入れてくれ」と言ってるところにだけ警察を入れりゃいいのです。うちは間に合ってますというところへは派遣しなくていいのです。

レイア姫の女優さんがなくなりました(R.I.P.)が、スターウォーズファンが姫に憧れ、感謝と追悼の思いを込めて、似たようなドレスや、ハン・ソロみたいな革の胴着を着て新作映画公開日に行列することを「目にあまる犯罪だ」と思う映画スタッフはいるのか? 

もし、そう思うくらいだったら「そもそも若者が真似したくなるような映画なんか作るな。特撮もアニメもやめちまえ」ってだけです。

映画会社としては、映像ソフトとして発行したDVDを焼増し販売されたり、上映中に盗撮されて複製販売されたりしては困るけれども非営利のコスプレなんか誰も問題視してないのです。

また、アニメ制作会社などは、若い人にキャラクターを好きになってもらって、おおいに真似して描いてもらい、次世代のアニメーターとして成長してほしいのです。

先輩の絵を真似して描ける人が誰もいないなら、アニメという技法そのものが成り立ちません。

また、既成の物語の続き・行間を考えてみることが悪いのならば、シリーズ番組というものが成り立たなくなります。第1話の設定を活かした第2話を考えてはいけないというのでは、脚本家が育たないということです。

だから、インターネットにあふれる有名キャラクターの似顔絵や、続篇・番外編的物語、「ニコニコ動画」を成り立たせる嫌儲活動を、削除祭りにする必要はないのです。若い人は自由に自分を鍛えていいのです。

かつて自分もそのようにして成長してきた漫画家たちも「ド素人のくせして生意気な! 誰にも俺の絵の真似はさせん!」なんて言っていないのです。

だから、一般SNS利用者などがコスプレイヤー・同人活動を目のかたきにする必要もないのです。とくに「目ざわりだから、つぶせ」という差別意識・私刑の正当化になってしまってはいけないのです。これには法律家も賛成してくださるでしょう。

と、このへんで勘違いする同人がいる。

【やめる自由もあります】

「じゃあ売らないアニパロなら描いてもいいっていうんですか!? でも私たち売るために描いてるんですよ! 誰もキャラなんか好きじゃないですよ!」ってね。

やめりゃいいじゃん、って言われるだけです。

有名キャラが好きじゃないなら、オリジナルを描いてプロになればいいのです。なぜアニパロ同人活動にこだわるのですか? そういう人がいるから、みんなが迷惑するんでしょって言われるだけです。

また、同人が「誰も原作なんか気にしてませんよ! ただのエロですよ!」と言うなら?

「じゃあそういう作品だけ規制しろよ」って言われるだけです。「原作者に失礼だろ」ってね。同人が何をえらそうに自分が一番の被害者のような顔をしているのか。

同人ってのは、売るためにパロディという技法を用いるという点では、プロの仲間という顔をしていられるのです。また、オリジナルキャラクターが活躍する話の途中に時々パロディの要素を混ぜるというのではなく、有名キャラクターをダイレクトに利用する点では、ファンアートの一種という顔をしていられるのです。

逆にいえば、どちらの皆様からも「あれは我々の仲間ではありません」と言われないように、おとなしくしていなければならない存在です。

同人みずから「じつはどちらでもありません」と白状するなら、そういう連中だけピンポイントで規制しろと言われるだけです。

「今回は山田さんが頑張ってくれたからよかった」ではないのです。もともと騒がなくていいことを自分たちのほうから騒いで、少なくともインターネット上における世論を激怒させてしまったんでしょって話なのです。

自分がグレーゾーンにいることが分かっていますか? なんでも暴露すれば、女の子だから大目に見てもらえると思っていますか? もう40代なのに?

政府に対して「横暴な法律を作らないでください」と言いたいなら、ツイッターで威張ってないで、政治家に向かって嘆願書でも書けばいいです。

一般国民の皆様に「横暴な法律が成立してしまう後押しをしないでください。我々の窮状をご理解ください」と言いたいなら、なによりも重要なのは、丁寧な言葉使いです。

同人が問題視されるのは、態度が悪いからです。少なくともその一部が、公共交通機関利用のマナーを守らない。SNSへ暴言を流す。新宿二丁目で人権侵害する。それが「女の子だから大目に見てもらえる。特別に配慮してもらえる」などと勘違いしている。

世論が動けば政府が動くのが民主主義です。国家に対して「表現の自由を侵害するな」と言うぶんには、今なお、世界中の左翼系知識人が味方してくれると言えるでしょう。

けれども、一般国民が「同人というのは目に余る連中だ」と思えば終わりです。

国家が国民の言動を規制するとき、大義名分になるのは「危険だから」です。若い人が真似すると困るから、です。

【お薬を飲んで寝ましょう】

文字数制限のあるSNSは、断片的な情報が流れてくるので、勘違いしやすく出来ています。だからこそ冷静であることが重要です。とくに夜間は副交感神経が優位であり、感情的になりやすいといえます。

とくに、通常の限度を超えて興奮しやすいことを自覚している人は、お薬を飲んで寝るといいです。

当方は、もともと「冷静でありましょう」と呼びかけるものです。誰の味方というよりも、論点がズレている・どうも話がおかしいということが気になる人です。「問題をすり替えるな」と言いたい人です。(最近自分でも気づいたのです)

今回、著作権保護強化の件に関しては、ひと段落ついたということもあって、自分なりの理解をまとめて書いてみました。読んでくださった方は、またそれぞれにご自身で判断なさってください。興奮する必要はありません。怒りの感情を捏造することは、権力争いごっこでしかありません。

それは、劣等感を持っている人が陥りやすい心の罠ですから、自分で気をつけましょう。母親のトラウマは存在しません。

なお、本当に鬱になってしまうと、受診のために自宅を出ることもできなくなってしまいますから、早期発見・早期治療が重要です。

対人関係でまったく傷つかないということは、基本的にあり得ません。(参考:『嫌われる勇気』岸見一郎・古賀史健)

だからこそ、すでに傷ついたことによって病気を発症してしまった人は、傷つく可能性を回避することが必要です。それは、アルコール依存症から更生するとき、まず禁酒するのと同じことです。

躁うつ病はもちろん、アダルトチルドレンを自称する人も、他人の発言を自分にとって悪いほうに・悪いほうに考えてしまう、自分だけ個人攻撃されたような気持ちになって興奮してしまうという症状を自覚しているものです。

わざと自分を興奮させるような他人の発言を求めて、タイムラインに張りついている必要はありません。刺激を求めるという行動の裏には、単純な寂しさがあることも多いです。もし可能なら動物を飼ってみましょう。

【またアニパロを書いてみましょう】

ぬいぐるみ・着せ替え人形なども、本来、人間の「かたしろ」であり、人が何かしら思い入れ(感情移入)をもって抱きしめたり、飾り立てたりするものです。それを二次元化したキャラクターというのも同様です。

有名キャラクターを利用した漫画や小説を描くことで自分が「癒される」と思うなら、そうさせて頂きましょう。著作権者が文句いって来たら、その時点で話し合えばいいです。いきなり収監されることはありません。

むかし同人やっていたのに、いまは全くやっていないという場合、もともと創作活動そのものが人生の目的だったのではないのです。人前で意地きたなく「カネ、カネ」と騒ぎながら、いまは自分では売っていないというなら、本当の目的は同級生と一緒にコミケへ行くことそのもの。おしゃべりしたり、コスプレした人と一緒に写真を撮らせてもらったりして、お祭り気分を楽しむこと。

さらには、やっぱり特定のキャラクターに感情移入することによって、青春期特有の「異性の交際相手がいない・同性の友達が少ない・そのことによって周囲から笑いものにされているような気がする・将来が不安である・勉強のできる子について行けない・親の期待に応えられる気がしない」といった寂しさ、自信のなさとか、そういうものを癒していたのです。

それは、二次元コンプレックスだから悪いということではありません。すべての創作物の基本機能は現実逃避です。たとえ実際にあった戦争や公害を題材にした深刻な物語でも、それを鑑賞している間は、自分自身の課題から眼を背けていられるのです。

それを自分で否定すれば、もうなにも残らなくなる。実在の他人に依存する他なくなる。かえって、不適切言動が多くなるのです。

アニパロで癒されるなら、またアニパロを描いてみましょう。コミケへ搬入することが諸般の事情によってむずかしいなら(抽選制ですしね)、ダウンロード販売などの方法もあります。それが禁止されないためにも、常日頃の言動を慎みましょう。

念のため、現役同人ってのは時代の変化を肌で知っているので、わりと控えめです。もう中学生気分ではありません。SNS発言の際も気を使っています。奇妙な強気に駆られ、自慢話をするのは、終わってしまった人です。赤字を出して撤退し、いまだに不良在庫を抱えている人です。劣等感があるから、優越感を取り戻すために、わざと怒りっぽくなっているのです。本人も周囲も気をつけましょう。

若い人は、自分が中年になった時、やっちまわないように気をつけてください。30年後・50年後の社会と、法律の変化と、自分をイメージしましょう。人間は「まねぶ」動物であり、眼で見たものをそのまま真似してしまうように出来ていますが、悪しきお手本を真似する必要はありません。

おとなになるということは、わざと悪いことをすることではありません。テレビニュースなどは、それ自体が「数字」を取る必要がありますから、わざと若い人がルール違反・マナー違反をして騒いでいる姿を報道し、こういう人が増えているという先入観を煽るものです。引きずられる必要はありません。自分で判断できる成人になってください。



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