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1953年3月、溝口健二『雨月物語』大映

でも、もう、あなたは私のものになりました。

原作:上田秋成 脚本:川口松太郎・依田義賢 作詞:吉井勇 撮影:宮川一夫 録音:大谷巌 照明:岡本健一 美術:伊藤喜朔 音楽:早坂文雄 音楽補佐:斉藤一郎 風俗考証:甲斐庄楠音 能楽按舞:小寺金七 陶技指導:永楽善五郎 和楽:望月太明吉社中 琵琶:梅原旭涛

王者大映がその真価を全世界に問う最大の野心巨篇。(予告篇より)

1953年度イタリーヴェニス国際映画コンクール最優秀外国映画賞栄冠獲得。第一部、蛇性の淫。第二部、浅茅が宿。

映画は大映。敗戦から8年。独立回復して時代劇が撮れるようになって間もなく、戦争と身分差に翻弄される庶民の男女を生々しく描いたら金獅子が獲れました。がおーー。

冒頭に『雨月物語』を下敷きにした「新しい物語」である旨の挨拶文が表示されます。1953年は日本映画の歴史上では決して古い区分ではありませんが、まだ無声時代を引きずっていたような印象です。

予告篇はおおきく出ましたが、その意気込みのままにリアリズム重視のものすごいセットが続きます。物語は同じ村出身の男女四人の人間模様として、可能なかぎりシンプルにまとめましたが、エキストラは唖然とするほど多いです。人件費が安かったんだろうな……と色気のないことを考えつつ。

一炊の夢に高揚する男の独善性が軽薄なら、我ひとりの幸せを追求する女の独善性は、京マチ子演じる姫君ばかりでなく、ほかの女たちも「蛇性」の執念深さを持っている。

そのいずれをも愛憐の思いをこめて美しく描き出した物語は、明確な二部構成ではなく、一人の男に起きた身の上と心境の変化として連続させ、額縁構造の一種であるとともに、戦乱に巻き込まれた女性の悲劇という教訓的主題を掲げて一貫させたわけで、これは見習いたいです。

怪談に着想を得つつ、じっくり描きたかったものは生きた人間同士の哀歓。お姫様も時代の犠牲者なのです。

1953年当時は、まだ小松・筒井などが駆け出しで、SF的発想が一般的ではなかったと思われますが、幽霊ものは「過去から会いに来た」という時間旅行ものでもあるわけで、昨今流行の若者ロマンスの原型といってもいいのかもしれません。

労働者を賛美し、職人仕事を丁寧に描くという1950年代らしい意識と、物語当時のリアリズムを綿密に考証する点で『山椒大夫』(1954年)と同じ技法ですが、あちらの荒削り感に比べて、制作年の早いこちらのほうが、むしろ洗練されているように思われます。

というわけで、森雅之は珍しいほど底辺的庶民の役。わざとダミ声を発して、よく役作りしております。黒澤『白痴』・木下『善魔』に通じる「人のよすぎる色男」という特性が活きております。

田中絹代の実在感を逆手に取った幻想描写がいじらしく、好対照に神秘的な京マチ子は時折ぽっちゃりと愛らしい「小面」の表情を見せます。

能面の小面は、当時の結婚適齢期である十六歳くらいを表しており、まだ幼児的な肉づきを残した部分があるのです。その可憐さの陰から、生まれてはじめて男を知った愛欲の喜びが妖艶な花となって溢れてくる。

映画監督というのは、撮影班と組んで、他人の顔をカメラで撮ってるだけなんですけれども、不思議と「これは(ストレートの)男の人にしか撮れないな」というところを見せてくれるものなのでした。

和洋の楽器を駆使する早坂音楽は、やや鳴りすぎですが、雅楽でもなく琵琶だけでもなく能楽囃子でもなく長唄でもなく西洋音楽でもなく、印象的な混合となっております。

ひちりきが鳴りっぱなしなのは『山椒太夫』でもやってたような気がしますが、監督の好みなのかもしれません。たぶん本職にアドリブで吹かせているのでしょう。たぶん。

照明はたいへん気が利いており、お姫様が身悶えするような仕草で蛇らしい本性あらわす場面は女の怖さと哀れさを美しくかたち作っております。

能楽師が見たら「俺だったらこういうお姫様をこういうふうに演じるな」と意欲を持つのかもしれません。逆に映画監督は、華族の手を離れて一般化を進める能楽の実演を見ながら「俺だったら女優を使ってこういうふうに撮るねっ」と構想をふくらませていたのかもしれません。

戦後の男たちには、敗戦の仇を文化面で取るという動機が燃えていたにちがいなく、矢継ぎ早に古典を掘り起こしては新しい手法を試していた人々の躍動感が、このようにアクションの無い作品からも伝わって来ることです。

なお、以前にも書いたんですが、網野善彦が「中世の女性は処女性を重視されなかったので、一人でお伊勢参りに行って(木賃宿で雑魚寝して)も恐れることはなかったのだろう」というんですが……

女性が最も恐れるのは、こうして旅の途中で引きずり込まれることなわけで、それがなかったのなら、網野が見た画像資料当時の男たちは、よほどジェントルマンだったに違いありません。


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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部勘違い同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。