Misha's Casket

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1981年10月、篠田正浩『悪霊島』

現代人の失っているもの。それは静かで激しい拒絶だ。

製作:角川春樹 原作:横溝正史 撮影:宮川一夫 脚本:清水邦夫 美術:朝倉摂 照明:佐野武治 音楽監督:湯浅譲二 挿入歌作詞・作曲:ジョン・レノン/ポール・マッカートニー

前時代的父権に翻弄される女性の悲劇を戦後の知性である金田一が「神」の視点から解明する市川路線に乗っかって、嫁さん撮らせたら世界一な人をひっぱり出したら、懐かしい既視感たっぷりな篠田的耽美世界になりました。

ジョン・レノンの訃報が集客効果という以上に企画・制作陣と観客に共通する「ひとつの時代が終わった」という感慨をもたらしたもののように思われ、額縁構造的ハートブレイク・ジャーニーな映画全体が1980年代への拒絶であって、1960年代へのオマージュに満ちているようです。

耽美ってのは、美にふけるですから、もとよりあまり良い意味ではないのです。だからこそ、描ける人が貴重なのです。

これは観客がコメディを期待してしまう兵ちゃん金田一では出せなかった味わいで、あちらはあちらでその耽りすぎないところがいいんですが、鹿賀丈史(1950年生まれ、31歳)は独特の間と陰影を持った芝居で篠田的ブツ切り編集にもよくマッチしております。

金田一が映像的に凝った夢を見るという、ややテレパシー的な能力を持っているかのように描かれているのも独特かつ効果的。脚本の説明的な部分が若干こなれておらず、事件が起きるまでの間がやや素人っぽいのを救っております。

いっぽう、室田日出夫演じる磯川警部ひきいる捜査陣の実直な仕事ぶりを描く刑事ドラマの一種でもあって、この意味でもコメディ色は排されております。

佐分利信が登場すると、存在感の重厚さに押し倒されるように終幕までストーリーがだいたい見えてしまうわけですが、だからこそ、あとは映像美学と監督夫人の美しさに酔いましょう。なお、音楽も1960年代的前衛を意識しており、なかなか良いです。

1980年代らしさは『楢山節考』(今村昌平のほう)などと同じく模型の出来栄えの良さに表れているかと思われます。なお、序盤の岸本加世子の双子描写が特撮の一種だと思われますが、これも見事です。

すり替えトリックに無理があるのが金田一シリーズでもありますが、これは最も巧みに設定されたものでしょう。篠田映画は時々前衛的すぎて「どーしてこうなった」ということがありますが、本作では観客が金田一の調査に沿って謎の本質に気づくことができるわけで、フェアプレーな描き方になっていると思います。

同時に、原作自体が最後の長編であったことからしても、女性・母性の(いろんな意味における)聖性に寄りかかった作品づくりの最後だったようにも思います。

コメディリリーフ的な脇役女性の造形に映画制作年当時の世相が表れるということがあって、マキノ『ごろつき』や、市川版金田一における坂口良子が好例ですが、1981年的女子は、ツーテール眼鏡だったようです。(翌年『アニメージュ』などが創刊されて、時代はサブカル路線に突入)

そして、人の世界で何があっても、空と海の色はあるがままに、変わらないのです。


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