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創作ファンは国民の一部にすぎません。

1960年に20歳で、シュプレヒコールったりジグザグったりしていた人は、今年77歳です。(!)

1990年代には50歳代でしたから、大学教員としてゼミ生に影響力をふるっていた可能性があります。そのゼミ生が、いまや40代です。マルクス主義的発想・口調が無反省に受け継がれちゃってる可能性は、けっこうあります。

いま20代のゼミ生がBLを研究題材に取り上げると、自分の指導教員をすごい勢いで批判することになる可能性もあるので留意しましょう。

先達を批判し、超克することによって学界が進歩するのですが、ゼミ全体が気まず~~い雰囲気になる可能性は、あります。




1980年代・90年代のフェミニスト(その一部が社会学の研究者)というのは、自分自身が大学で出世できないことに悩んでいたので「いまや世界中の少女が男同士を見物することを通じて男女の結婚に反対している」という話に落として行くことが都合がよかったのです。世界同時革命ごっこの一種です。

けれども創作物というのは、あくまで創作物です。他人の想像を「記号」で表記したものにすぎません。そんなもん必要ないと思う人も大勢います。

たとえノーベル賞・芥川賞・直木賞・小学館漫画賞を受賞し、創作家自身が紫綬褒章を頂戴したとしても、全国民が読むわけではありません。

じつはテレビ視聴率10パーセントというのも、国民の一割が観ていることを意味しません。モニターの一割です。モニターやってない国民は誰もテレビを観ていない可能性だってあるのです。

全国民がおなじ時間にテレビを観ていて、そのうちの一割にモニターを依頼すれば、あとの九割のチャンネル選択行動を推定できると信じることのできた幸福な時代があったのです。

フェミニズム批評的BL論というのも、そういう時代の産物です。

大学という特殊な組織における男尊女卑に悩む女性が「私=みんな」と信じることができた。げんにプロ創作家である女性たち・プロをめざして修行にはげむ少女たちは、学者の仲間だといえたかもしれない。

けれども、それは日本人一億人以上のうちの、百万人にも満たない。

出生数の多かった時代にも、その成長後の大学進学率は2割です。200万人として40万人。半数が女性として20万人。200人収容の大教室で講義を受ける教養学部生の中に「同人やっている」人は何人いますか?

「人間200人いたら、3人は性的マイノリティだと思え」という話があります。ゲイ・レズビアン・トランスなどかもしれないということです。

同人やっている学生というのは、もっと少ないかもしれないのです。

それが創作家をめざしているのに「早く結婚しろ」と言われるのであれば、これは「自由のために闘う」という女性になるでしょう。けれどもBLでなくても自立はできます。

ごく普通の少年スポーツ漫画を描けばいいのです。塀内夏子という実例があります。竹宮恵子『地球へ…』は性的描写のない普通のSF漫画です。印税が入ります。忘れた頃に映画化・演劇化の話があって、臨時収入になるかもしれません。同人誌の自転車操業より将来性があります。

ほんとうに自立を望む少女なら自虐してまで二次創作BL同人活動にこだわる必要はないのです。プロなら自虐したことは一度もないのです。プロが自虐して作品を公開しなかったならば、その影響下に成立したというアニパロ同人活動もあり得なかったのです。

最初から成り立たない話をこじつけていたフェミ達は、自分が出世したかっただけです。

女性が職業と育児を両立させるために男性の倍以上働いても評価されないことは深刻な問題ですから、出世したいこと自体はいいのです。

でも、そのために事実を歪曲し、他人の名誉を傷つけたのであれば、研究史の恥部なのです。

【途中で逃げたフェミ】

アニパロ同人活動というのは、そのままではプロデビューにつながらないので、たんに学業成績を低下させるだけで、むしろ女性の自立のさまたげになるのです。

学生・生徒時代に同人活動に足をつっこんじゃった子というのは、自分自身を「腰かけ」と考えていた(結婚を機会に引退するつもりだった)か、自分自身を無資格な派遣労働者・パートタイマー候補として労働市場の底辺に位置づけてしまったのです。

「少女が社会進出しても出世の望みがないことに絶望し、モラトリアム化している。家庭という社会の最小単位の再生産の道具・シャドウワーカーたる運命に対して、サボタージュ、ストライキを試みている」

と説明するならば、そういう少女こそ、きちんとプロデビューし、男性編集者によって書きたくないものを強制されることなく、堂々とBLだけを描き続けられるようにサポートしてやるのがフェミの義務のはずです。

つまり、いつまでも二次創作させといちゃいかんのです。または少女自身が「一生アニパロで食って行きたい」というなら、彼女が絶対に告訴されないように、政府にかけあって、著作権法を改正させるのがフェミの仕事です。

そして、うら若い女性に言論上の公開リストカットのようなことをさせておかずに、「あなた達が自虐する必要はない」と教えるべきであるはずです。

あなた達を差別する社会をわたし達が変えてみせるから、若い人は堂々と描きたいものを描いて、それを誇らしい名前で呼び、一人で生きていっていいんですと教えるべきであるはずです。

二十四年組はそれをやったのです。なのに研究者によって「山も落ちもない」と呼ばれ、プロまで一緒になって自虐していたと言われ、価値をおとしめられたのです。

何やってたんですか? どこを見ていたんですか?

じつは、フェミ自身がふてくされていただけだったのです。大学で出世させてもらえないことについて彼女たち自身が厭味を言いたかっただけなのです。そのために「少女」を利用したのです。

本来、同人は本気で著作権問題を回避するために「二十四年組とはレベルが違いますから注目しないでください」と言っていたのです。同人は開き直ってなどいないのです。

ギリギリで1983年夏までの「ジャンル」はテレビオリジナルSFアニメであって、著作権問題の相手は個人プロデューサーまたはテレビ局です。漫画家同士だから大目に見てもらえるだの、編集部が間に入ってくれるだのという甘えは通用しないのです。同人は本気で逃げ隠れしたかっただけです。

それを「開き直っている」と解釈した人は、じつは同人のことではなく、自分自身の心を語っていたのです。

それはまさに女性的なのであって、男に負けない・男になりたいと言いながら、どうせ私なんかという自己憐憫に引きこもっていくのです。不幸自慢によって周囲を支配するという倒錯的権力欲なのです。

それをまた同人のほうで真に受けて、いまだに「女の子は弱者特権があるから大目に見てもらえる」とか思ってるようじゃ困るのです。

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Misha

Author:Misha
スマホ時代にさからう評論系長文ブログ。冷静に通読できる大人の読者様を想定しています。

「若い人」に直接呼びかける文章は、18歳以上のヤングアダルト対象です。高校生は受験を最優先してください。

書く人は、新旧とりまぜて映画とアニメを見ながら文芸書に取りくんでみたり、昔の漫画を思い出したり、お国の先行きを心配したりしております。

記事中の色つき文字は、映画中の台詞・挿入歌からの引用です。あらすじは、あまり申しませんので、楽しみに御覧ください。取り上げる作品は、暴力・エロスなど特殊な要素を含んでいることもあります。

ときおり、耽美・BL・同人・LGBTに言及します。いずれの分野からも、偏見と差別と自虐がなくなるといいと思っております。

「二次創作の責任を二十四年組に押しつけるな」「実在同性愛者に甘えるな」が基調です。

全体として、二十四年組ファンが社会学者に物申すという珍しい構図。一部同人を叱責することによって全体を守るという意図もあり、ときにかなり辛口です。

記事は時々予告なく手直し・削除・分割しております。保存は個人的閲覧の範囲で、お早めに御随意に。転載・改変利用は固くお断り申し上げます。

解題


Casketとは、玉手箱。

でも検索すると棺桶がならびます。来世まで持っていきたい好きな作品の記録帳とご理解ください。